ハンドベルの彼女


「お疲れ様です。」そう言いながら事務所のトイレのドアを開ける。

鏡を見て歯磨きをしている女性と目が合った。

「お 疲れ さま です」会釈をする彼女は

初めてみる顔。

白いジャケットを着て

赤のリボンを胸にしている。

あれ?この格好。さっきも見かけたなあ。団体さんかな?

私は「今日は何かのイベントですか?」と声をかけた。

すると歯磨きをしながら彼女は

「はい。あ。こんにちはです。

お仕事、ご苦労様です。」と

改めて挨拶をしてくれる。

高校生くらいだろうか?小柄でセミロングの黒の髪。

今にも落ちそうなメガネをかけている。

でも、金属フレームの奥から私を見つめるその目は

とても純粋な輝きをしている。

「ハンドベルを、披露に 団体で 来ました。

3曲しますので、お姉さんも、見にきてください。」

ぎこちなく話しをする彼女は

幾分個性的な女性に見えた。

今日はクリスマスの前日。店の企画で来てくれたらしい。

さらに「去年も呼ばれてハンドベルを演奏した」話や

この彼女の「お母さんが、此処の店に働いている」事や

「ハンドベル仲間はみんな仲良し」と言う内容を私に

積極的に話してくれる。どこか子供みたいな人だった。


「3曲も演奏するんですか!どんな曲ですか?」

私はトイレに入るのも忘れて、彼女と話をする。

「はい。
荒城の月と、と、きよしです。」

「きよし!?ズンドコきよしですか!?」

「あははは。ごほ。(←歯磨きしていてむせる)

違い ます よ。

きよしこの夜の、きよし です。」

「そうですよね。失礼しました^^時間みて見に行きますね。」

こう言っておいたものの

私も休憩時間が終わると

売り場に戻らないと行けないので

社交辞令になってしまうような気がしていた。


私はトイレから出て、

MMと約束をしていた交換のクリスマスプレゼントを買い、

今夜はコスプレパーティーに参加するから

キャッシュコーナーにも寄らなければ!と

自分の用事を済ませていた。

そして、売り場に向かって歩いていると

目の前には、ハンドベルの準備をしている白ジャケットの集団が居た。

ええ?私は驚いた。

真正面には、先ほどの彼女が立っている。

1m離れた観客コーナーには

すでに客が居て、椅子に座って演奏を待っている。


「演奏時間は13:00」

私は時計を見た。あと3分で始まる。

私の休憩時間の残りはあと5分。

もしかして、トイレで交わした通り、

見る事が出来るのではないか?

ズレ落ちそうなメガネをかけた彼女は

私を見つけて嬉しそうに手を振ってくれた。

そう。私は彼女に「来たよ」と言いたかったので

彼女と向き合うような位置に立っていたのだ。

すると彼女は、指導者の先生を捕まえて

私を指差して説明している様子。

先生は私を見て、遠くから会釈をしてくれた。

私も会釈を返した。もう会話の内容は見えている。

きっと
「ズンドコきよしを演奏するの?と

言った人 来てくれた〜」だろう。


私の後に来た、

観客の50代くらいの女性二人は

「○×ちゃ〜ん!来たよ〜!」と大声で手を振っていた。

どうやら、○×ちゃんとは、私が向き合っている彼女の事らしい。

彼女は笑顔で手を振り返していた。

人気者なのだなあと思った。

そして、私は今やっと

この目の前に並んだ20人くらいの集団の

ハンドベルの方達が、

ハンディー・キャップをお持ちだった事に気づいた。

トイレで会った彼女は、普通に話しも出来るし

その様な感じには見えなかった。

透き通る様な目をしていたのは

心がキレイだからなのだと気づいた。



13:00。

時間になった。指導者の先生が挨拶をした。

1曲目は「きよし」だった。全員が集まって1曲を完成させる。

一人一人の思いが、キレイな音色となり、

重なり合って曲になる。

彼女は「ド」の担当だった。ハンドベルを鳴らす時は

(ひいき目かもしれないけど) しっかりしていて

堂々としていて、一番目立っていた。

一番可愛かったし、ベルを鳴らす音も響いていた。

私はバッグからケータイを取り出し

ズームアップにして彼女を撮った。



もしかして、私

彼女の「絶対ハンドベル聴きにきてね」と言う

強い思いに導かれて、此処にたどり着いたんじゃないかな?

だって、私には「絶対に見るから!」と言う強い意志はなかった。

見れたらいいな、くらいにしか思っていなかった。

だけど、こうして正面で彼女を見ていると・・・

音をみんなで合わせるのだって

簡単な事ではないでしょう。頑張ったね。と伝えたい。

ハンディー キャップをお持ちの方々の

一生懸命 演奏している姿に

なんだか励まされた。

そして、彼女の「本当に来てくれてありがとう」と言う

思いが、ベルの音色で私に伝わるのです。

子供みたいだと思った、あの澄んだ目は

人を憎んだり、自分の人生を恨んだりしていない

心のキレイな女性の勲章なのだと思った。

私は、器の小さな自分が恥ずかしくなった。

そして、ハンドベルを聞いているだけで

心が洗われているような気分になった。

トイレで出会えたメガネの彼女に伝えたい。

ありがとう。一瞬の出会いで、私の心を

切り替えてくれて。


本当に素敵なクリスマス プレゼントでした。