指輪が火の中に落っこちて、めでたく世の中は平和となり、ミドルアースではそれ以後、その日、3月25日は一年の始まりの日と定められた。
このグワイヒアのサイトも3月25日にスタートした! めでたいっ!! ヽ(^o^)/


さて、なぜ3月25日か。
9月、ビルボとフロドの誕生日にスタートした旅は、途中いろいろありすぎて、本は延々と長く、次の年の3月に使命達成したなんて、なんか短すぎるようにも思える。
でもやっぱり3月25日でなければならなかった。あれが2月とか4月とかじゃいけなかったのだ。

なぜなら、その昔、ヨーロッパでは、3月25日は一年の始まりの日だったから。
裏を返せば、この指輪の旅によるミドルアースのカレンダー改正が、その後ずっと尾を引いて、近世ヨーロッパまで影響があったのだ・・・というトールキンのいたずらがこういうところにもある。いたずらと言ってはいけないかな。もすこし真面目な話かもしれない。

とにかく、フロドの旅が発端なのだ、っていうことにしてしまったのは面白い。
面白いだけでなく、この日付にまつわるさまざまなことがわかると、あの指輪消滅の日の意味がより一層大きく感じられる。


3月25日は、クリスチャンなら知っているでしょうが、マリアさまの受胎告知の日。これは英語の辞書にも載っている。Annunciationを引いてみよう。3月25日って書いてあるはずだ。Annunciationは、綴りからもわかるようにアナウンスの類語。知らせるから。

この日、天使のガブリエルさんが出てきて、赤ちゃんが生まれますよん、とマリアに言った。え〜、わたくし、そんな覚えはありませんわ、とマリアが答えると、天使は、それは聖霊と神の力によってどうのこうのと説明する。という話になっている。
そして、それから9ヶ月後の12月25日にイエスが生まれるというスケジュールなのだ。

しかし聖書のルカ伝には3月25日とは書いていない。外伝には載ってるのかな。どこから出てきた日付かわからない。誰か知ってたら教えてください。
イングランドやウェールズでは、この日もクリスマスもquarter dayの1つでもあって(あとの2つも宗教絡み)、貸し借りにおいての支払日。 取り立ての日かぁ。なんかロマンがないな。
ま、とにかく、3月25日は特別なの。

しかし、3月25日はキリスト教のスケジュールが発端となっているわけではない。もっと前からこの日は特別だった。

3月が一年の初めというのは、そんなに珍しい話ではなく、元々一年は春から始まる。
昔々は、春分の日が年始、っていうのが自然で、それが普通だったみたい。
そりゃそうだ。当たり前の感覚なら、春がスタートの時期だもん。なんでさむーい最中に新年なのか、よく考えてみれば、今の方がおかしい。
雪景色のお正月に慣れちゃってるから、それが当たり前になってるけどさ。

今の日本は、4月が新年度で、春真っ盛りの中、新しい生活がいろいろと始まる。これはとても自然で、古代からの人間の営みに沿ったことだ。アメリカの真似して9月を新学期にするべ!って話があったりするけど、何でもかんでも真似しなくていいと思う。


暦というのは、世界各地でバラバラで、いつを一年の初めとするかもバラバラで、1ヶ月って単位でどう分けるかも地域によってバラバラで、今では一応統一されたように見えるけれど、国によっては結構違う。
今では、日本では、暦を受け入れた当時、大国がぞろぞろと並んでいたキリスト教諸国に右倣えして同じになってる。でも、他の宗教の国では新年は西洋のJanuaryの1日目ではなかったりもする。イスラム諸国も違うしね。お祭り騒ぎ、テレビで見たことあるでしょ。イスラムの新年は2月で、日付は毎年違う。
アジア諸国も旧暦のお正月がメインで、西暦のはどうでもいいみたいだし。
そういうのと比べると、日本は旧暦も残ってはいるものの、ほとんど欧米追従になっている。


地球さんがピシッとわかりやすい数でくるくる動いてくれてれば、暦ももう少し統一されてるんだろうけど、1年は365とちょっと、っていうびみょーな日数で、たまに閏年を入れなきゃならないというびみょーな動き方で、地球さんは、ゴチャゴチャと表面に貼り付いている人間なんていう生き物の都合は考えずに毎日くるくるしているのだ。
住まわせてもらってるんだから、あまり文句は言えない。自分たちでわかりやすいように工夫するしかない。

で、どこから一年をスタートさせるかは、日本の言い方だと1月じゃないところからだとすごく変に感じる。でも日本だって、如月とか弥生とか言えば、どこから始めてもおかしくない。こうして見ると、1、2、3、っていうのは、なかなかつまんない呼び方なのだ。


暦というのは、大昔から、各地ではいろいろ考えられていたわけだけれど、割と最近のでよく聞くのは、ユリウス暦とグレゴリウス暦。 グレゴリオ暦っていうのが、今現在の太陽暦。
ユリウス暦っていうのは、ユリウス・カエサル、つまりシーザーが制定したやつで、でもシーザーが作ったわけじゃなく、当時、欧州より天文が進んでいたエジプトの暦を真似て学者に作らせたもの。エジプトの暦ではナイルの洪水の時期がとにかく重要で、それを察知するにはシリウスの動きが重要で、一年のサイクルが早くから解明されていたのだ。
で、それを真似っこしたユリウス暦が昔のヨーロッパでは主流だった。しかし真似っこしたとき、閏年の設定をちょっと間違えたりしたから、ずれて面倒なことにもなった。


元々一年はMarchから始まる。Marchが1月。
順を追って見てみると、むかーしのローマでは、冬は寒いし冬ごもりで、日にちなんかなくてもいいや、ってことで、暦は10月までで、1月までしばらく暦はなかったそうな。なんとアバウトなことだろう!あんまりきっちり決まってるより、のんびりしてて暮らしやすそうだな〜 

しかしやっぱり10ヶ月しかないと何かと不便で、2ヶ月足りないから、後ろに付け足した。
今のJanuaryとFebruaryを足して12ヶ月となる。ヤヌアリゥスとかフェブルアリゥスという名前だった。
多かったり少なかったりする調整は、一年の終わりのFebruaryで行った。そりゃ、一番最後の数をいじるのが一番自然だもんね。

ところで、いきなり話は飛ぶけど、音楽で7重奏はセプテット、8重奏はオクテットという。
septetのsepは、Septemberのsepで、octetのocは、Octoberのocだ。セプテットが7重奏で、セプテンバーは9月。 オクテットが8重奏で、オクトバーは10月。これは覚えるときにわかんなくなって困る。
しかしこれは、何もSeptemberさんやOctoberさんが悪いのではなく、ほんとはSeptemberさんは7月で、Octoberさんは8月なのだから、これでいいのだ。
Novemberのnovはnineで9月で、Decemberはdecemはdecadeみたいな類語からもわかる通り10のことで、10月。

その後、今のJulyは元々5月っていう名前の月だったのにシーザーの名前のユリウスに変えてしまい、次のAugustも元々は6月って名前の月だったのに、アウグストゥスの名前に変えちゃったのだ。
おまけにほんとはそのAugustは30日で、31日と30日が長短長短で、かわりばんこになるようにんなってたのが、シーザーより自分の月が短いのはヤだから、っていう単なるワガママで、アウグストゥスはJulyとAugustを続けて31日にしてしまった。
なんであいつの方が俺より多いんだ、ヤだな、って思って我慢してると体に悪いからね。ま、許してあげよう。でもこれは改訂をしたとき議会が気を遣って変更したという話もある。それはそれで、周りが気を遣わなきゃならないほどエライのも何だかイヤだなぁ。と思ったりもする。
それにそんなくだらないことにこだわるのも何だかなぁ・・・ 仮に1ヶ月の価値が同じとすれば、日数が少ない方が、1日当たりの価値は多くなるわけで、30日でもいいではないか。どうしていい方に考えられないんだろ。

で、Septemberさんは7月で、Octoberさんは8月で、Novemberさんは9月で、Decemberさんは10月だったのに、最後にいたはずのJanuaryとFebruaryを、なんと初めに移動したもんだから、2つずつずれちゃって、7月が9番目、10月は12番目、っていう、名前的にすごく変なことになった。
それなら、数字的名前のついたやつは、合うところへ名前を付け替えればよかったではないかと思うけれど、そうはしなかったんだねぇ。付け替えればよかったのにねぇ。

そして、閏年の調整はそのままFebruaryで行って、2番目の月でするというハンパな事態が今でも続いている。
しかし、そのJanuaryとFebruaryが移動しても、3月が一年の始まりというのは、ずっと気分的には変わらず、だから閏年の調整が2月に入ってもおかしいとは感じず、閏年で日数が変わるのは最後にするべ!と言ってDecemberの日数を増やしたり減らしたりしようという話は出なかったらしい。

3月が一年の始まりというのは、ずっと気分的には変わらず、というのは、英国でもそうで、なんと18世紀までイギリスの新年は、3月25日にスタートしていた。これは当然トールキンもわかっているわけだ。

昔のローマ暦では春分の日が25日なのさ。
古代ローマの勢力はブリテン島まで及んでいたから、当然ローマの暦を使っていた。
ローマ暦から移行したユリウス暦では当初は25日だったのが途中で21日に変わったはずなんだけど、イギリスでは元々の25日を固守していたらしい。
21日に変わったのは、教会が決めたことで、イギリスとしては関係なかったんだろう。

そして世の中がカトリック教会の提唱でグレゴリオ暦に変わっていったときも、イギリスは追従しなかった。他の国と日付が違うと何かと不便だろうに、頑として変えなかった。こういうところがイギリスらしい。
イギリスはカトリックじゃないから、ヴァチカンの言うことなんかきかなくていい、ということだったのだ。わたしはわたし、あなたはあなた、グレゴリオ暦?そんなの勝手にすれば、ってことだ。
1752年にようやくユリウス暦からグレゴリオ暦に移行して、Januaryが新年になった。ほんの最近だよねぇ。
作曲家のヘンデルさんはドイツ生まれだけどずっとイギリスで暮らしてて、亡くなったのは1759年。ってことはこのMarchスタートの暦が当たり前だったんだなぁ・・・・ なんか不思議。晩年になって改正されて、ヘンデルさんは新しい暦になかなかついていけずにいたかもしれない。でも若者風にすぐ慣れて、外国と連絡取るときにも便利だし、嬉しかったのかもしれない。
皆さん、調子のいい鍛冶屋を耳にしたら、Marchスタートが当たり前だったヘンデルさんに思いを馳せましょう。

ヘンデルさんの話が出たから、バッハさんの話もしよう。この2人は生まれた年が一緒で、よく比べられる。
バッハはたくさん教会音楽を書いていて、枝の主日用の曲っていうのもあった。枝の主日っていうのは、復活祭前の日曜日で、でも長年彼が本拠地としていたライプチヒでは、枝の主日はどんちゃんせずに静かに過ごしましょ、ってことで、演奏はなしという取り決めになってて、せっかく作っても演奏出来ない。
しかし、復活祭というのは、毎年日にちが違う。ってことは、枝の主日も毎年違う日になる。
これがうまい具合に3月25日とぶつかってくれると、堂々と演奏出来ることになる。3月25日はマリアさま受胎告知のお祝いの日で、枝の主日じゃなくてそっちのお祝いだということでどんちゃん出来るのだ。教会のカンタータはどんちゃんって曲じゃないけど、気分的には似たようなものだ。

3月25日っていうのは、いろいろなかなか特別な日なのである。


さて、それでだ。
3月25日、3月25日、と聞かされて、3月25日が新年と言われて、おかしいと思わないだろうか?
3月が年の初めなら、3月1日が新年なのではないだろうか? 鷲の説明はよくわからない・・・
・・・と思った人はきっとたくさんいることだろう。

そーです。新年はちゃんとMarchの1日だった。
もう一度、順を追って、この点をよく見てみよう。
ちなみに、こういう暦の変遷はややこしく、書いてある本などなどによって言ってることは多少違ったりもする。

さて、むかーしは、春分の日が年初で、月初めだった。

次、後ろに付け足されたはずのJanuaryが年の初めとなったのは、Januaryはヤヌアリウスで、これはヤヌスっていうローマ神話に出てくる神さまのことで、ヤヌスは顔が2つあって、2つあるってことから始まりと終わりの神となり、つまり入り口の神であり、だから名前的にもハンパなところに置いとかないで、Januaryを初めにしよう!ということになった。

しかし、ヤヌスが入り口の神だから、ってことはどうも建前で、実は当時のローマの行政のサイクルに合わせて変えたっていう理由もあったらしい。
日本で言えば、4月が移動で年度始めで、便利なようにそれに合わせて新年にしちゃったみたいな話。

それで、単純に2ヶ月を初めに足すとその辺りの事情がうまく収まらず、元旦は今の元旦付近ということになり、春分は3月の25日とされた。そして延々と「春分=3月25日」の公式となって続いていく。
春分はとにかく3月25日なのだ。

ユリウス暦制定のときも、これはそのままだった。 春分は何が何でも3月25日!!おー!
これが近代イングランドまで続いていたということだ。


そこまでは、まぁよかった。しかし、その頃のユリウス暦は、閏年を入れるにあたって、あんまり細かいことを考えずに4年に1度、ポンポンと入れていた。ほんとは、そんなに単純じゃなくて、それだとほんのちょっとだけずれてしまう。
細かいことはいいから4年に1度ぉ!、を長年繰り返しているうちに、暦の上での春分の日は、どんどん実際の春分の日とずれてきた。

で、そのずれが大きくなってきたんで、やっぱちゃんと直そう!という話になる。
そして教会の会議で、春分の日は「Marchの21日」、とした。ハンパだなぁ。

これは、イエスの割礼の日を新年としよう、という理由もあったらしい。
その頃になると、もうイエスの誕生、磔、復活は済んでいて、今度は行政上の理由じゃなく、宗教的理由が絡んでくる。
ユダヤでは神との契約で割礼が行われる。ユダヤ教徒男子の生涯を始めるにあたっての一大イベントとなる。
受胎告知は3月25日で、これは決まっているから変えるわけにはいかない。受胎告知の9ヶ月後の12月25日に誕生でクリスマス、その一週間後に割礼、イエスさまのイベントの日が新年!よし、これでいこう!という都合があった。
だから、春分の日は、わかりやすくMarchの1日にしたり、それまでの「春分=3月25日」の公式を継承して他をずらして季節と合わせることは出来なかった。春分を25日にすると、今度はクリスマスと新年がハンパなところにずれてしまう。

で、それから1000年以上経って、また困ったことになってきた。
春分の日は25日だったのを21日にしたとき、ぜったい21日!と決めちゃったもんだから、またずれてきた。
ずれてきたから直したのに、ずれた元凶である「細かいことはいいから閏年は4年に1度」を直さなかった。なんでかねぇ。面白いな。そこら辺がのんびりしてていいんだけどさ。
で、だからまたまたずれてきた。

キリスト教では、春分の日のあとの満月のあとの日曜日が復活祭、イースターなのだから、いつが春分の日かというのは大事なのだ。暦の春分の日と、本物の春分の日がずれてると困る。

そして、そこら辺の細かいことを何とか調整出来るようにしたグレゴリオ暦の登場となり、今に至る。 あーやれやれ、よかったですねぇ。


ということで、むかーしむかしは、一年の始まりは、春分の日、25日だった。

そして、地域、国、時代によって、暦の移行時期も設定も異なるから、昔の記述を読むときには、簡単に日付の特定は出来ない。実際は同じ日でも、国が違うと違う日付になっている。

逆に言うと、同じ日付でも、実は違う時期のことなのかもしれない、ってことにもなる。これはよくよく気をつけねばならない。違う国でなくてもこれは普通にあることだ。
イエスが生まれたのは冬ではない、という研究もある。でもこれは暦の上での混乱なのかもしれない。
赤穂浪士の討ち入りだって、12月になるといつもテレビで特集があったりドラマがあったりするけど、今の暦では、ほんとは1月30日なのさ。12月14日は旧暦でのことで、でもやっぱり12月14日っていう名前が大事で、新暦でも12月14日が討ち入りの日とされる。なんか変だよなぁ、と思う。
東京で、っていうか江戸であんな雪が降るのは、やっぱり1月末だったからなのだ。でも名前的には12月14日を変えるわけにはいかないらしい。
なんか頭が混乱してくる。


春は一年の始まりだ。
そして、イースターがある。
イースターって、元々は北欧の、春の再生を祝うお祭りだったのが、再生→イエスの復活ってことにつながって、キリスト教のお祭りになった。Easterのeastとは、辞書を見ると夜明けのことで、夜明けってのは始まりで、だから春の芽吹き、イエスの復活を表すには夜明けという言葉が一番なのだ。東のeastは、夜明けが東だから。
イースターは春分の日後の満月の次の日曜日。イエスが磔になったのは、古いキリスト教では、3月25日とされてたそうで、3月25日は、冬のあとの春分、マリア受胎告知、イエスの十字架から復活、イースター、夜明け、東!

モルドールは東だしね。ミドルアースの夜明けも東からやってくる。
北欧の春を祝うお祭りだったイースターは、ミドルアースの再生のお祭りの名残なのかもしれない、という雰囲気も生じてなかなかよろしい。


一年の始まりをどこにするか、月の名前はどうするか、っていうのは、ほんとは別にどうなっていても構わない。
歴史的に文化圏が北半球に集中していたから、北半球に合わせた暦になっているけれど、北半球の夏真っ盛りが新年でもいいし、秋の収穫祭が大みそかでもいいし、閏年なんてなくて、毎年ちょっとずつ時間を追加したっていい。それが使いやすければ別に困ることはないもんね。
ただ、くるくる太陽の周りを動いて、その周期と合っていればいいだけの話。

重要なのは、夏至や冬至や春分や秋分がきちんと特定されているかどうかで、それに沿って人間の営み、歴史の積み重ねがある。
クリスマスは冬至のお祭りの付近で、受胎告知は当時の春分の日だ。 実際いつ生まれたのか、そしてゴルゴダの丘の磔がいつだったのかは研究者によって言うことが違うけれど、キリスト教初期のさまざまな設定は、この四季に合わせてのことだったんだろう。
古くから、春分は3月25日という日付にされ、一年の始まりであった。それにつれて、いろいろな伝説も付随した。

3月25日は特別な日だ。
天文学的にどうこうというより、3月25日という名前が特別なのだ。討ち入りの12月14日という日付が重要なのと同じ・・・ちょっと違うかもしれないけど。


ここまでずらずら書いたの読まされた皆さん、あの指輪棄却の日が3月25日なのはとーぜんなの、ガッテンしていただけましたでしょうか? ガッテン!ガッテン!ガッテン! (←無理矢理ガッテンさせる)


こうしていろいろ見ると、他の日じゃどうしてもおかしいんだよね。しっくりこない。
この日付は、トールキンにとっては、アップルパイにリンゴが入ってるのと同じように、当たり前のことだったのだ。
ゴンドールの頃にはここが新年だったのだよ、これが本当なのだ、あったりまえなのだ、ということだ。
モルドール崩壊のあの日、悪は打ち砕かれ、フロドは怪我を負い火の中で望みを捨てた。しかしサムは火に囲まれても明日を信じて空を見上げた。そして鷲がやって来る。全ては生まれ変わり、生き返り、新しい時代が幕を開ける。
古代ローマの時代より遥かに遠いフロドとサムの旅は、長い歴史の中で他の言い伝えに形を変えているにしろ、3月25日が巡ってくる度に始まりと再生の伝説として思い起こされるのだ。

映画のサムは、その肝心な時に女の話でべそべそしてて、蹴っ飛ばしてやりたいくらいだったよねぇ。思い出してもイライラするな。

ルイスの書いたナルニアの、キリストを象徴するというアスランが、春の夜明けに復活するのも、とーぜんなわけ。神学バリバリだったルイスは、いろいろ承知の上で、ああいう展開になってるんだろう。あの石舞台の騒ぎの日は、3月25日なのかもしれない。


そして、我がミドルアースでは、その後、3月25日にサムの娘のエラノールが生まれる。
次の世代の誕生はやはりこの日であるのが自然だろう。
それもサムの第1子だ。サムは、あの絶体絶命のときにも望みを失なわず、そしてフロドの跡を継ぎ、フロドが失った活力を持ち続けた。その初めの子であるエラノールがこの日に生まれるのは、当然のことなのだ。
エラノールは、サウロン消滅後の、ミドルアースの再生の象徴なのかもしれない。
あの暗い時代を知らない新しい世代が生まれ、輝かしい第四紀が進んでいく。そして、それを受け継いでいるのは、我々の時代なのだ。





戻る

トップページ