小馬亭に着いたホビッツ。やれやれ。 あぁ、よかった。ごはんにもありついて、とりあえず落ち着きます。集会室へ行ってみてはいかがでごぜえますか、とのバタバーの言葉にフロドたちは他の客のところへ顔を出しに行く。でもメリーは一緒に行かない。単独行動のメリー。


Merry said it would be too stuffy.

メリーは、そっちはひどく息苦しいだろうと言った。


そりゃね。煙もくもくだし。映画の集会室も換気悪そうだったな。怪しげなのがたくさんいるから尚更。


'I shall sit here quietly by the fire for a bit, and perhaps go out later for a sniff of the air.

「僕はもうちょっとここの火の前でおとなしく座ってるよ。あとで外の空気を吸いに行こうかな。


おいおい、ナズグルがうろうろしてるのに、外に行くのかい? せっかく安全そうなところに着いたのにねぇ。ブランディバックの坊ちゃんは、何考えてんだろう。
air っていうのは、空気は空気でも外気ってニュアンスがある。
メリーはとにかく、ゴチャゴチャと人がいるところじゃなくて、きれいな外の空気で一息つきたかったんだね。


Mind your Ps and Qs, and don't forget that you are supposed to be escaping in secret, and are still on the high-road and not very far from the Shire!'

何をするにも慎重にね。僕らは密かに逃亡中ってことになってるのを忘れないで。まだここは街道筋で、シャイアから大して離れちゃいないってこともね」


用心しろ、って言っといて、自分はふらふら散歩に出かけるなよな、とか思うけどさ。でも、ナズグルがその辺にいた、っていう報告をする展開にしなきゃならないから、誰か外に出さなきゃならなかったのだ。
フロドを行かせるわけにはいかないし、サムは鈍くさそうだし、ピピンは先頭切って捕まりそうだし、やっぱりここはしっかり者のメリーでなきゃいけなかったんだろう。

原作ではメリーは旅支度も全部調えて、みんなの世話をする。フロドはメリーがいなかったら出発するのもままならなかったはずだ。メリーは頭が良くて、フロドから見ればだいぶ年下なんだけど、年下なりに周りに気を配って仕事をする。大所帯のブランディ館で育てば、いろいろ人付き合いも鍛えられるんだろうな。ピピンも大所帯で育ったはずなのだが・・・ま、持って生まれた気質が違うわけで。(^^;;)


さて、ここからが本題。
Ps and Qs、これは普通は点つけて、p's and q's 、P's and Q's って書く。トールキンは点は挟んでない。点なしで済ませることも多いから、これは別に構わない。

p's and q's は、クリーシェでもありスラングでもある。でもスラング辞典でなくても普通の辞書にも載ってる。


mind one's p's and q's
または
watch one's p's and q's


直訳すると、p と q に気をつける。

そしてこの意味は、「言行によくよく注意する、思慮深くする、行儀良くする」、となる。


なんでこんな意味になるのかというと、p と q の字が左右反転で似てるから、昔は印刷の活字を組むときによく間違えたらしい。だからこの言い方が現れたのは、17世紀以降のことで、言い回しが定着したのはもっと後のことで、とすると、第3紀のミドルアースで言うのはどうもおかしくはある。

それから語源として他の説では、居酒屋の主人が勘定をつけるとき、飲んだ量、パイントpint を p 、クォート quart を q と略して書いて、それが書き間違いやすく、見間違いやすいから、っていうか書く以前にどっちかわかんなくなりがちだから、というのもある。
1パイントは、アメリカでは0.47リットル、英国では0.57リットル。
2パイントで1クォート。 クォートって、クォーターの類語で、要するに4分の1のこと。何が4分の1かというと、1ガロンの4分の1。だから、1パイントは8分の1ガロン。

で、だから、p と q は、間違えると勘定が倍になったり、半分になったりする。バタバーならよくやりそうだ。楽しそう♪

ということで、小馬亭で言うセリフとしては、p's and q's は正にピッタリなのだ。
気をつけろ。請求を倍にして吹っかけられないように。(爆) 酔っぱらってたら気がつかないもんねぇ。
それにpintだ、quartだ、それもう一杯!ってやってると、言行によくよく注意できなくなるわけだから、ほんとに p と q には気をつけねばならない状況だ。


映画では、原作と違って、メリーは外に行かずに集会室にいるけれど、この語はちゃっかり登場する。
メリーが持ってきた大きなジョッキにピピンは大喜び。

ピピン What's that?  それは?
メリー This, my friend, is a pint. 友よ、これはパイントさ。
(パイントさ、わが友だ、としてたら、ぞっこんさんが直してくれました。my friendはビールじゃなくてピピンのことだ。そのとーりです!どうもありがとう。(^^) 訳すとすれば、友よ、だね)
ピピン It comes in pints? I'm getting one. パイントがあるの?貰ってこよう!

pint って、量だけじゃなくて、それが入るだけの器も指す。そして、pintと言うだけで、beerと言わなくても、1パイント分のビールという意味にもなる。
0.57リットルって、缶ビールの大きいサイズくらいだね。調子こんで何杯も飲んでると酔っぱらうぞ。


とにかく、mind one's p's and q's のニュアンスとしては、言ったり、したりすることがキチンとしてないと、ほれほれ、p と q が逆にならんようにしろよ、っていう注意の仕方をするわけだ。
p と q を間違えないように気を張っているくらい細かく、言行をピシッとするのだ。
行儀よくする。
うるさい目上の人に睨まれないように、きちっとしてる、って感じ。
とにかく慎重に。だらけていてはいけない。
集会室じゃ馳夫さんが見張ってる。


さて、p's and q's は peas and cues とも書く。今度はビールではない。

発音が同じ単語に書き換えてある。peaはエンドウ豆のこと。peas、豆料理は田舎宿には付き物だろう。本文には書いてないけど、テーブルには豆料理が載ってたかもしれない。
peaはエンドウ豆くらい小さい物という意味もあるから、考えすぎると、指輪なのかも、という連想にもなる。

ついでに言えば、ピーズっていうのは昔は元々単数形で、peaseって書いたんだけど、ズで終わると複数みたいだし、複数も同じ形だったし、それでズを取ったpeaを単数として使うようになった、という経緯がある。

この古い形のpeaseは、今でも生き残っている。マザーグースの歌のPease Porridge Hot、あつあつの豆のお粥に見られる。せっせっせみたいにして遊ぶ歌ね。

Pease porridge hot,
Pease porridge cold,
Pease porridge in the pot
Nine days old.

Some like it hot,
Some like it cold,
Some like it in the pot
Nine days old.
あつい豆のおかゆ
さめた豆のおかゆ
おなべの中の
9日たった豆のおかゆ

あついのが好きなひともいる
さめたのが好きなひともいる
おなべの中の
9日たったのが好きなひともいる

9日も入れっぱなし・・・(^^;;) マザーグースってわけわかんない歌がたくさんあって面白い。
peaseで自分の両手を合わせて、porridgeで相手と右手同士を合わせて、hotでまた自分の両手、次の行はporridgeで今度は左手同士、とかって叩いていくのさ。両手、右、左の順番は、自分たちで決めればいいの。ひざを叩いたり、耳にさわったり、腕を丸くおなべの形にしたり、いろんなの混ぜてもいいしね。
それで、ゆっくり始めて、何回も繰り返して、だんだん速くしていくと、そのうち間違える。それが楽しい。誰かつかまえて、やってみよう。

んなこと言われても歌知らないもん、ってひとは、グワ製の楽譜をどうぞ。こちら。

んなこと言われても楽譜読めない!って人は、グワがバサバサ弾いたのを聞いて歌ってみよう。こちら。どんどん速く!口まわるかな? ちなみにグワイヒアは口がまわらない。(爆)

歌って遊んだら、もう pease は忘れない。(^_^)v

もう一方の cue はキュー。日本語でも使うよね。キューを出すって。何かを始めるときの合図とか指示とかさ。
辞書を見ると、「俳優の登場や発言、照明、擬音などを入れる合図になるきっかけのせりふ、仕草、合図」とある。進行開始!ってやつだ。

そして、ここからは深読みしすぎかもしれないけれど、なぜここでp's and q'sが出てきたのかというと、豆とキューには気をつけろ、ってことでもあるのかもしれない。

指輪を填めちゃってフロドが消えて、そして大騒ぎになる。
はい、ここから大騒ぎですよ、それ!というキューを出したのはフロドだ。
みんなの大騒ぎだけじゃなく、悪い奴らもこそこそ動き出す。あの事件は、その後の展開の方向を変えるキュー、きっかけになっている。

また、キューとは、元はキューを出すことではなく、役者の登場のことを言った。フロドという役者の登場の仕方、どういう役割で集会室の他のお客の前に出るのか、よくよく気をつけねばならない。

そして、テーブルに乗って、いよいよ本格的な出番となる。フロド・オン・ステージである。キューそのものである。

フロドがテーブルに乗るハメになったのは、ピピンが調子に乗って喋りすぎたためで、だからフロドの出番のキューを出したのはトゥックのバカ息子ということにもなる。気をつけろよな、ってメリーに言われてたのにねぇ。
と、いろいろ考えが巡る。

p's and q's が peas and cues 、って、p がpea になるのはいいとして、q は q なのに、c を使ったcue にしてしまうのはいかがなものか、とも思うが(思わない?思ってください)、cueは元々q なのだ。だからこれでいいの。
元はラテン語系の quando で、これは when のことで、台本に、はいここで出番ですよ、ってところで、頭の q だけ書いたのをクァンドじゃなくてキューと言うようになって、しまいにcueって綴りになってしまった。

クァンドと聞いて思い出す歌がある。声楽を習いに行って、いろいろ練習曲をこなして、初心者が必ず歌わされる古い時代のイタリア歌曲もたくさんやってると、そのうち大抵、トスティの歌曲集を買ってこいと言われる。トスティもイタリア人。
で、その中にTormentoというのがある。出だしがこの「Quando 〜♪」で始まる。別れた女のことをいつまでも考えている男の、なかなかしつこいイタリア的愛の歌で、日本的感覚の鷲としては訳を読んでしまうと「はぁ?何ですかぁ?」とか思って歌えなくなるから、ろくに勉強もせず、マルさえ貰えればいいやといういい加減な覚え方をしていた。
しかしquandoの文字を見るとあの歌を思い出す。quandoは他の歌にもバシバシ出てはくるけど、いつもてきとーな覚え方で取りあえずレッスンを乗り切っただけの鷲としては、出だしの歌詞しか覚えていない歌が多くて、やはりこの歌を思い出す。これも歌詞はクァンド、リコルディロ〜♪という初めのところしか覚えてない。(^^;;)
君を思い出すとき、って歌詞の「とき」のところがquandoなのさ。
愛は普通に日本的な愛で充分かと思いますが・・・どうなんだろう。

ま、イタリア的愛と小馬亭は関係ない。話が逸れすぎた。
フロドの場合は、君を思い出すときじゃなくて、テーブルに乗ったとき、指輪に指を突っ込んだとき、だな。


話を戻して、まとめ。

「Mind your Ps and Qs」は、言動に気をつけてという表の意味の下に、パイントとかクォートとかキューとかいろんな意味が見え隠れし、ビールが目の前にチラチラし、小馬亭のあの場面で発せられるにはピッタリのセリフなのでした。
トールキンがどういうつもりでこう書いたのかはわからないけれど、でもやはりこれは面白い。

メリーは、宿屋の酒場に行く仲間に Be careful みたいな普通の言い方はしなかった。

p's and q's は、上でも言ったように「思慮深く、行儀良く、慎重にふるまう」というニュアンスがある。ただ気をつけろというのとはちょっと違う。集会室では、正に慎重にふるまわなくてはならない。

それに加えて、p's and q's という言い回しは、言葉の背景が小馬亭にピッタリなのだ。
この的確な、かつ楽しい言い方で「気をつけて」と言われたフロドは、ニヤリとしたに違いない。メリーはやはり頭がいい。

これは訳してしまうと、いろんな連想が消えてしまう。やはり原文の「Mind your Ps and Qs」で後ろにある諸々のものを感じるのが楽しい。

面白いクリーシェが、文中に面白く入っている。



☆ 追記 ☆

その後、Mind your Ps and Qs に関する、掲示板での追加情報です。

p と q は何から来てるのか。

Please and Excuse me 礼儀正しく話しなさい、ってことだね。
Please's and Thank-you's  これも上に同じ。
pieds and queues これはダンスの話。フランス語でよくわからない。
ヨーレスのオババさまが解説してくれました↓ どうもありがとう。(^^)

piedは「足」です。足首から先の部分。
queueは「しっぽ」

要するに、「ステップするときは、相手の足やしっぽを踏んづけないように気を付けなさい」ということだと思います。
人間にはしっぽはないけど。

フランス語版では「気を付ける」という意味のいたって普通の動詞が使われてます。

辞書のpied(s)とqueu(s) の項目調べても、そういった慣用表現は載ってないし、ネットで適当にそのあたりの単語をちりばめて検索してみても何も出てきませんでした。

だからpies and queuesに気を付けるというのは、(フランス語の単語を使っているけど)英語の表現らしいです。
面白いですね。


・・・ということで、説いろいろ。 読んでて、あのシーン、Ps and Qsを目にしたら、思い出してニヤニヤしてください。



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