映画、モリアでフロドはゴラムを見かけ、ガンダルフにそのことを言います。
あんなやつ、ビルボが殺してくれればよかったのに、というフロドをガンダルフは諭します。

映画でのセリフです。実際とは細かいところが違うかもしれませんが。 ま、こんな感じ。

Frodo
It's a pity Bilbo didn't kill him when he had the chance.

Gandalf
Pity? It was pity that stayed Bilbo's hand. Many that live deserve death. Some that die deserve life. Can you give it to them, Frodo? Do not be too eager to deal out death in judgement. Even the very wise cannot see all ends. My heart tells me that Gollum has some part to play yet, for good or ill before this is over. The pity of Bilbo may rule the fate of the ring.

ほぼ原作のままの文です。下の原文で、この映画のセリフになっているところはむらさき色にしてあります。大事なところを上手く抜き出しているのがわかりますよ。


このやりとりは、原作では物語のはじめ、まだ旅に出る前の袋小路屋敷でなされます。映画では、袋小路屋敷のシーンには入れるヒマがなかったから、モリアに移したんだね。場面を変えてでも入れなきゃならない大事な会話。

ほんと、すごく大事なやりとりです。ゴラムの重要性、そして何よりも命の重みと、生き物はみな何か役割を持っているということをガンダルフは語ります。
そして、その役割は、第3部への伏線となってくる。


ではトールキンの原文です。The Fellowship of the Ring、第2章。
ガンダルフは指輪の起源、サウロンやイシルドゥアたちのこと、そしてゴラムの生涯のことなどをフロドに話し、指輪がホビット庄にあることを敵がかぎつけたかもしれぬ、と言います。ゴラムはこの時点では捕らえられてエルフたちが見張っています。
フロドは指輪をめぐる歴史に驚き、モルドールの話に震え上がります。

"But this is terrible ! " cried Frodo. "Far worse than the worst that I imagined from your hints and warnings. O Gandalf, best of friends, what am I do? For now I am really afraid. What am I to do? What a pity that Bilbo did not stab that vile creature, when he had a chance ! "

「だけどなんて怖ろしいんだろう!」 フロドは声を上げた。「あなたから気をつけるように言われて考えてたのより、ずっと酷いよ。あぁ、ガンダルフ、あなたは僕にとって一番頼れる人なんです、僕はどうすればいいのでしょう? ここへきて僕は心底怖くなりましたよ。どうしたらいいんです? そんなけがらわしい奴、ビルボは刺せるときに刺してしまえばよかったんだ、なんて惜しいことを!

"Pity? It was Pity that stayed his hand. Pity, and Mercy: not to strike without need. And he has been well rewarded, Frodo. Be sure that he took so little hurt from the evil, and escaped in the end, because he began his ownership of the Ring so. With Pity.".

惜しいだと? その命を惜しむ気持ちがビルボの手を止めたのだ。情け、慈悲の心というのは、必要もないのに刺したりしないものだ。だからビルボは報われたのだ、フロドよ。 よいか、ビルボが悪の力を大して受けぬままに遂には逃れられたのは、指輪を持つことになったときにそういう心があったからこそだ。慈しみがな」

"I am sorry," said Frodo. "But I am frightened; and I do not feel any pity for Gollum."
"You have not seen him,"
"No, and I don't want to," said Frodo. "I can't understand you. Do you mean to say that you, and the Elves, have let him live on after all those horrible deeds? Now at any rate he is as bad as an Orc, and just an enemy. He deserves death"

「ごめんなさい」 フロドは言った。「だけど怖くて。それに、僕はゴラムに慈悲の心なんて感じないし」
「ゴラムには会ったこともなかろうが」
「ありません。会いたいなんて思いませんよ。あなたの仰ることだってわかりません。あなたは、それにエルフたちも、ずっとそんなひどいことをしてきたゴラムをそのまま生かしておいてるっていうんでしょう? なんにしたって、ゴラムはオークと同じくらい悪い奴ですよ。敵そのものですよ。死んだっていいですよ」

"Deserve it ! I daresay he does. Many that live deserve death. And some that die deserve life. Can you give it to them? Then do not be too eager to deal out death in judgement. For even the very wise cannot see all ends. I have not much hope that Gollum can be cured before he dies, but there is a chance of it.

「死んだっていいだと! あるいはそうかもしれん。大抵の生きとる者は死んだっていいやつだ。死んでゆく者の中には生きているべき者もおる。お前は死んでく者に命を与えられるのか? そうでなければ死の審判をしたがるものではないぞ。飛び抜けて賢い者にとっても、先々がどうなるのか見抜けぬものだ。ゴラムが生きているうちに立ち直るだろうなどという望みはわしとて持ってはおらんが、あり得ないとは言えんだろう。

And he is bound up with the fate of the Ring. My heart tells me that he has some part to play yet, for good or ill, before the end; and when that comes, the pity of Bilbo may rule the fate of many - yours not least. In any case we did not kill him: he is very old and very wretched. The Wood-elves have him in prison, but they treat him with such kindness as they can find in their wise hearts."

それにゴラムは指輪の運命と結びついておる。わしの中で告げるものがあるのだ。この件が片づくまでに、それが善か悪かはともかく、ゴラムにはまだ役割があるとな。そのときが来れば、ビルボの憐れみが多くのものの運命を決することになるかもしれんとな。とりわけお前の運命をな。とにかくわしらはゴラムを殺さなかった。彼はひどく老いてひどく惨めだった。森のエルフたちは彼を牢に入れておるが、ゴラムには、エルフの賢き心に宿る思いやりの限りを尽くして接しておるのだよ」
さて、こんな感じです。
よくよく読み込むとわかりますけど、上の引用部分、無駄な文がひとつもありません。トールキンは凄い。

ここのキーワードはpityなのですが、これは和訳するにあたって非常に困る。何が困るかというと、ここのpityはふたつの意味を使い分けているのです。フロドの言ったpityとガンダルフの言ってるpityはちょっと違うんだよね。

ガンダルフはフロドの言ったpityを引ったくって、「Pityだと!そのPityがあったからこそ、なんたらかんたら・・・」と言ってるのです。このPityPityはその指す意味あいが違うのです。
ガンダルフはpityを逆の意味に使ってフロドに言い聞かせてるのです。
フロドはゴラムを殺してしまうということを肯定するのにPityを使っていて、ガンダルフはゴラムを殺さないということを肯定するのにPityを使っています。

フロドの言ったPityは、〜でなかったのが残念だ、ってことで、ビルボがゴラムに会ったとき、殺しておいてくれればここまでひどいことにはならなかったのに、なんて残念なんだろ、ってこと。 ゴラムを刺しちゃうのを肯定してるPity
残念なこと、遺憾なこと。ちなみに可算名詞。

ガンダルフの言ったPityは、慈悲、憐れみ、情け、という意味。ゴラムを刺さないのを肯定してるPity
こっちは不可算名詞。

原文、What a pity と It was Pity 。 
映画の方も、It's a pity と It was pity。
ね、aがついてるのとついてないのと。学生の皆さん、こういうのは、aで見分けがつきますよ。書くとき、話すときにも気をつけましょう。

だから、
Pityだと!そのPityがあったからこそ、なんたらかんたら・・・」
これを普通に日本語にすると、
残念だと! その情けがあったからこそ、なんたらかんたら・・・」となる。
いまいち意味不明。 流れがなくなる。言葉が変わっちゃうからね。

同じ字にしないと、ここは文の流れがつながらないわけ。
出来れば字だけじゃなくて、読み方も同じにしないと。

で、評論社の訳本、瀬田さんの訳では、「情けない」と「情」、になってます。
「ビルボがあの機に、あの下劣なやつを刺し殺してくれればよかったのに、なんて情けない!」
「情けないと? ビルボの手をととめたのは、その情なのじゃ」
(瀬田貞二さん訳   天国の瀬田さんごめんなさい、勝手に引用しました)

さすが、ちゃんと日本語になってますね〜。
まぁ、ちょっと、情けないっていうと、遺憾という意味より、なさけないやっちゃ、というニュアンスが加わったりするから、フロドがビルボのことを言うにはそぐわないかとも思います。
「なさけない」と「じょう」だと、耳で聞いたときに、つながらないから、「情」でなくて「情け」の方がいいかも。
でもやっぱり読んだときのリズムは、そのなさけなのじゃ、より、そのじょうなのじゃ、の方がいいよね。さすが瀬田さん。

あと、pityのとこじゃないですが、the endまでにゴラムはまだすることがある、のくだり、瀬田訳では、ゴラムが死ぬまでに、となってます。でもこれは、この指輪のゴタゴタが決着するまでに、ということですね。次の文のwhen that comesがこれを受けていることからわかります。違うかなぁ。ま、どっちでも同じだけどさ。(←未読の皆さん、これは忘れましょう)
このthe end は、映画のセリフではthis is overになってます。thisは指輪のゴタゴタのことですよね。
(グワイヒアの持ってるのは旧版です。新版では変わってるかもしれません)

話を戻しましょう。
ええと、pityですが、訳本と同じ「情」だと芸がないので、上の試訳では、グワイヒアは「惜しむ」を使ってみました。
でも「惜」だと、次の流れがちょっと無理があったりもしますが。いちいち「命を惜しむ」にするとしつこいし。

うーん、他に何かないか・・・?

その1
「ビルボがゴラムを刺さなかったなんて、心残りだなぁ」
「心残りだと? その心があったからこそ、なんたらかんたら・・・」

↑なんか変。


その2
「ビルボがゴラムを刺さなかったなんて、これは痛いことをしたなぁ」
「痛いだと? 痛ましいと感じたからこそ、なんたらかんたら・・・」

↑意味的には正しいけど、ちょっとわかりにくいかな。


その3
「ビルボがゴラムを刺さなかったなんて、そんなアホな!」
「アホだと? そのアホなことをしなかったからこそ、なんたらかんたら・・・」

↑すいません・・・
でもさ、こんな感じなんだよ。使い方としては。
はじめのアホは、殺さなかったのがアホだと言ってて、
ガンダルフの言ってるアホは、殺しちゃうのがアホだと言ってる。

だけど、これだと次が困るし。
「アホな心というのは、必要もないのに刺したりしないものだ。だからビルボは報われたのだ、フロドよ。 よいか、悪の力を大して受けぬままに遂には逃れられたのは、指輪を持つことになったときにそういう心があったからこそだ。アホな心がな」
ね、困るでしょ。トールキンさん、ごめんなさい。アホな訳でした。

やっぱ瀬田さんの選んだ「情」が妥当なとこなんでしょうね・・・


映画のこのシーン見ながら、省略前の原作の内容、だーっと頭の中に浮かぶとGoodですね〜 あの短い時間内ではすごい忙しいけど。

グワイヒアはね、ガンダルフがフロドに言い聞かせて、フロドが I am sorry って言うとこが好きなんだよ。
映画では I am sorry 、なかったもんなー。ちょっと残念。 It's a pity.


映画の訳では、字幕も吹き替えもフロドのPityは訳してなかったようでした。仕方ないです。時間制限と字数制限の中でのことですから。
全部訳してたら、すごい長くなるでしょ。


ま、要するに、こういう展開をするところを外国語に直すのは、無理があるのですね。
例えば、不思議の国のアリスなんて、あれは訳すのは本当は不可能なんだよね。言葉遊び的要素が入ってると、もう無理。

はい、ということで、aがついてない方のPity は、指輪を通してのキーワードかもしれません。
ガンダルフの内なる声の通り、多くの者の運命を左右するPity。

こういう精神が本当の賢さなのですよ。 きっとね。 テストで100点取れなくてもいいんだよ。そりゃ取れた方がいいけどさ。(あ、危ない・・・話がそれる・・・! それたら最後、延々と・・・)

とにかく、慈しみ。トールキンが大切にしていたものなのでしょうね。
上で引用した部分は、読めば読むほど優しさと賢明さが感じられます。

そうです、本来の賢明さとは、こういうことであって・・・(話がそれる〜〜!)




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