指輪物語は、指輪を棄てにいく物語だ。
何万年という長い歴史の中の、大いなる年と呼ばれる指輪放棄の旅が行われた短い期間の物語。

トールキンの創造した世界は、さまざまな物語を内包している。多くの人々がいて、多くの出来事が存在する。
その中で、彼がこの指輪放棄の期間をピックアップして詳しく語ったのは何故なのか。

魔法の指輪を棄てる。魔法を棄てる。ファンタジーの世界では魔法は必需品であり、魔法を得るために主人公が四苦八苦する物語も多い。
でもトールキンの世界では、魔法を棄てる。

指輪の魔力は制御できない。魔法というものは、手に入れれば素晴らしいものではあるが、一旦制御できないレベルになると使う者を振り回し、傷つけ、滅ぼすことになる。

ミドルアースに住む不死で高貴なエルフたちは指輪が始末される時代になると、ミドルアースを去り始める。そして二度と帰ってこない。
エルフという、その存在自体が人間にとっては魔法のような種族がいなくなる。

魔法がなくなり、エルフも消える。ガンダルフも海を渡って行く。他の不思議な種族たちも次第に衰えて、やがて人間の席巻する世界へ。

そして現在、また魔法のような不思議な力は我々の周りにたくさん存在する。科学技術と呼ばれ、その進歩は爆発的に加速する。手に入れた様々な力を制御できなくなれば、それが身の破滅になるのはいつの時代も同じだ。地に足がつかなくなり、奢り高ぶり、でも自分では奢っているとは気がつかない。
力を使うのではなく使われていることにも気づかないほど虜になってしまうことは、フロドが棄てに行った指輪に魅入っているのと同じこととなる。

フロドのように棄てに行くわけにはいかなくなってしまった様々な力を、私たちは本当の意味で使いこなし、自分たちが前へ進む力としなければならない。

トールキンは、さまざまな寓意や政治的思想的、また問題提起の意図があってこれを書いたのではなく、ただ物語りをしただけと言っている。
何の意図もなく、ただ語られただけの本。でも私たちはさまざまなメッセージを受け取ることが出来る。

世界を変える旅を最後までしたのは偉大なガンダルフでもなく、英雄のアラゴルンでもなかった。権力も腕力もない、のほほんとしたホビットのフロドだった。ここが普通のよくある英雄物語とは違う。何でもない普通の存在が、実は何でもなくない。(←変な日本語)

フロドは私たちの中にもいる。ガンダルフやアラゴルンも私たちの中にいる。サムやピピンもいる。私たちはトールキンの世界を愉しむことで、自分たちの世界、現在のミドルアースを見つめ直す力を無意識のうちにも得ているのだと思う。

第三紀から第四紀にかけてのミドルアースは破滅することなく再生した。
21世紀のミドルアースもまた美しさを増していけますように。


ま、難しく考えることはないんだけどさ・・・ そういう面もあるのかなぁ、と思って。