シーロブちゃん。クモさん。フロドをつかまえてぐるぐる巻きにする。
映画ではエアレンディルの瓶を蹴っ飛ばし、ひんしゅくを買った。

シーロブにとっては恐ろしいはずの清浄な光を蹴飛ばすとは何事か。
でもあれは映画の小道具で、本物のエアレンディルじゃなかったから、「きゃ〜〜〜!」って逃げる演技を忘れてしまい、ついつい、「はい、そこ、じゃま!」って足が出てしまったんだろう。
ああいう小さいものは、その辺に転がってると大きいものより危なかったりする。うっかり踏んづけて変な風にコケて足を挫いては大変だ。撮影終了後、サムに湿布を貼ってもらったりして。ちがうっ、その足じゃなくて、こっちだってば! (爆)

えーと、名前の綴りは Shelob で、she + lob だ。
指輪の訳本ではシェロブになってるけど、発音的にはシーロブ。

she とは、ごく一般的なsheそのもので、彼女と訳すことが多いけれど、ここでは「雌」ってことだね。

she-cat なら雌ネコだし、she-rabbit なら雌のウサギ、she-goat なら雌ヤギ、she-bear なら雌のクマ。雄のクマなら he-bear になる。

だから、she な lob なら、雌のロブ。

じゃあ、ロブってなぁに?

これは指輪だけじゃなく、ホビットにも出てくる。
ホビットの冒険、第8章、ビルボが森でクモを相手に戦うところ、ビルボはクモたちを馬鹿にして歌を歌う。やーい、やーい、あっかんべぇ!って感じ。

その中に、

Lazy Lob and crazy Cob ♪

というのが出てくる。 レイジーなロブで、クレイジーなコブ♪

のろまのロブ、くるったコブ。
やーい、やーい、ここまでおいで! つかまんないよーだ!!
・・・って感じで歌うビルボは余裕なようでいて、実は必死。 クモ、たーくさんいるからねぇ。大変ですよ。

そして、ロブもコブもクモのこと。
注釈版のホビットに説明がある。lob は、古英語ではloppe とか lobbe で、中英語ではloppe, lop, lob で、クモを表す。cob は cobweb のコブ。コブウェブって、クモの巣のこと。

だからもしかして、どうかするとシーロブちゃんはシーコブちゃんになってたかもしれない。ちょっと可愛くなっちゃう?
cob の発音はコブというよりカブっぽくもあるし、じゃあシーカブになってしまう。白カブみたい。カブは漬け物も美味しいけど、お味噌汁に入れるのが好きだな。
でもトールキンはGuide to the Names の中で、 Shelob という名の響きは、あのクモに合っていると書いているから、やっぱ白カブはなしだったんだろう。


で、どーして She-lob でなく、Shelob なのか。普通はハイフンでつなげるのにさ。
息子のクリストファさんへの手紙(1944年5月21日)の中にこれが出てくる。

44年はまだ第二次大戦中のことで、クリストファさんは空軍所属で、パイロットになる訓練のために南アフリカにいた。父上は息子を心配しつつ、指輪を書いてる途中だった。父上は手紙に、今日は指輪をここまで書いた、フロドがこうなってああなって、ファラミアが出てきてどうのこうのといろいろ書いて息子に送っている。指輪の原稿もアフリカに送られて、クリストファさんは指輪の第2部の世界で初めての読者となった。

で、シーロブについても、その数々の手紙の中にチラっと出てくる。

Do you think Shelob is a good name for a monstrous spider creature? It is of course only 'she+lob'(=spider), but written as one, it seems to be quite noisome.....

シーロブって名前はクモの化け物に合うと思うかね?そりゃsheとlob(クモ)を足しただけだがね、でもくっつけて書くと、なかなか嫌な感じが出ると思うんだよ。


ふーむ、そうか。
she-cat も she-dog も、普通、くっつけて書かない。 she-lob とするか shelob とするかで、雰囲気が変わるのだな。字面、見た目の印象が変わるのだ。こういう話の相手をしてくれる息子がいて、トールキンは幸せだったよね。


さて、トールキンはShelobを訳せとは書いてないから、訳す必要はないのだけれど、もしこれを日本語にするとなると難しい。
雌猫も雌犬も、くっつけて書く。これ以上くっつけようがない。

じゃあ逆に離してみるか。
雌-犬。あ、なんか普通じゃない雰囲気になる・・・かな。ちょっと別次元の生き物みたいな。
トールキンが「ひとつにすると嫌な雰囲気が出る」って言ってるのは、そういう感覚のことなのかもしれない。

だからShelobは、この方式で訳すと、「雌-蜘蛛」となる。「メス-クモ」だとまた違う感じ。「めす-くも」もまた違って見える。「おんな-くも」になると怖い怖い。鬼太郎の世界っぽくなる。(爆)
ただ、またここで難しいのは、日本語ではくっつけると、クモはクが濁ってグになるのに、離すと濁らなくなることだ。まぁいいか。点々つかない方が怖いかもね。

と、ここまで書いて気がついた。続けると濁点がつく。離せば濁点はつかない。じゃあ何もハイフンを挟むことはない。日本語はハイフンは使わないんだし。濁点がつくはずのところで点々をつけなければ、離したのと同じ効果が出るんじゃなかろうか。

漢字で書くと「く」だか「ぐ」だかわかんないから、「めすくも」「メスクモ」「おんなくも」、このどれかだな。濁るはずのところで濁らないと、受ける印象が違う。
うん、なかなかいやらしい雰囲気が出るではないか。うわ、なんかヤだな、っていう感覚というのは、言葉ではうまく表現できない。母国語でないとわかんないんだろうし。

ということで、

英語で 「 she-lob → shelob 」となるところを、
日本語では「 めすぐも → めす-くも → めすくも 」として、

いや〜な雰囲気が出るかどうかの変換実験をしてみました。みんなはどう感じるかな?


ってことで、Shelob は、メスの蜘蛛って意味でした。 そのまんまじゃん。ちゃんとした意味のある名前じゃなくて可哀相だったりもする。
そしてカレシはたぶん、Helobくん、かな。ヒーロブかぁ。なんか間の抜けてるような雰囲気がするかも・・・


Charlotte's Web のシャーロットは、同じクモでもちゃんと立派な名前で、シーロブとはえらい違いだ。性格もいいし。あの映画は話がわかってて観たから、グワはオープニングのタイトルが出る前から涙ボロボロだった。シャーロットはすばらしい。
でもトールキンの世界ではクモはいい性格に成り得ない設定だから、ネーミングが立派じゃなくても仕方ないのだな。

ま、シーロブちゃんは、それなりに満足だったことだろう。古語に連なる由緒正しき語が入った名前をつけてもらって、それなりの雰囲気になってるんだから。

でもやっぱり、シーコブちゃんも捨てがたい気もするな。






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