Bag Endとは、どういう意味か。
トールキンは、bag end とは、the end of a 'bag' or 'pudding bag' で、よーするにcul-de-sacのことですよ、と言っている。
つまり、袋小路、行き止まり。

袋のend、またはプディング袋のend。 袋のどん詰まり。
プディング袋というのは、昔は動物の腸に詰めて料理していたものが、布袋を使うようになって、それをプディング袋と言うらしい。プディングって、今は甘いデザート系を想像するけれど、昔は違った。穀物とかを詰めて茹でたり蒸したりしたらしい。
何にしても、袋に入って、ずずずずっと進んで、底にあたると行き止まり。

英語で袋小路とは、いろいろ言い方がある。blind alley、dead end、impasse、cul-de-sac、などなど。そのうち、impasse と cul-de-sac はフランス語だけど、英語化している。
impasseは、im は否定で passe はpass、つまり pass 出来まへん、通れまへん、ということ。
cul-de-sac は、cul が bottom で、deがofで、sac が bag とか sack で、だから bottom of bag となる。袋の底。culはお尻ってことで、入れ物の底ということになる。
英語だけれどもフランス語を使う。

それで bag end はイコール cul-de-sac ですよ、とトールキンは説明する。
そんなら初めから cul-de-sac にしておけばいいものを、bag end となっている。

ホビット庄で喋ってるのは共通語で、共通語は英語に訳したぞよ、ってトールキン先生は仰ってるから、いくら cul-de-sac がよく使われるといっても、フランス語を使うわけないのです。共通語は英語なんです。フランス語にはしないのです。

共通語は英語! じゃあ sack にしてもいいような気もする。Sack End。 cul-de-sac の sac とお仲間だし。
袋のsack、あれは元々ギリシャ語、ラテン語から、ノルド語だの古英語だのその他いろいろな言語に入って、どこも似たような綴りで袋を表す。フランス語はラテン語系だけど、フランス語から現代英語に入ったものではない。だから sack は普通に英語だと思っていい。
ちなみにbagはラテン語系ではない。

bag と sack はどう違うかというと、sack の方が粗い地の袋ってイメージで、だから bag の方が高級な感じ。やっぱりビルボのおうちは bag の方がいい。

しかし、この名前は、英語だから何語だからという問題ではなく、高級感の問題でもなく、どうせならプディングもつけた方が面白かったんじゃないかということでもなく、Bag End は Bag End である根本的な理由がある。

Bag End は Bag End でなければならなかった。道の行き止まりって意味の言い方はいろいろあるにしても、Bag End は Bag End であるのが正しい。
袋のどんづまりの家は、どうして袋のどんづまりなのか、詳しくはこちら


とにかく、Bag Endは袋のどんづまり、ってことで、bagの意味をちゃんと訳してね、とトールキンは言っている。日本語でも行き止まりのところは袋小路と言う。ちゃんとbagの意味の袋が入ってる。

瀬田訳では、建物の名前には、建物とわかるように何かがつく。元々ついてなくても、つく。
袋小路屋敷。緑竜館。 屋敷とか館とか補っている。

袋小路屋敷は、これだけでとても立派に思える。
ビルボの家はシャイアでもピカイチのスミアルだから、屋敷というのがピッタリする。
だからちょっと立派な感じの訳語にしてあるのはいいと思う。

袋小路屋敷、この訳語は、きっとトールキン先生も花マルをくれることだろう。

映画では、行き止まりじゃなかったな。ガンダルフの馬車は玄関に向かって左から到着して、ビルボは玄関を出て左、つまり家に向かって右の方へ歩いて行く。緑竜館から帰ってきたフロドとサムも、向かって右方向から来て、じゃーね、って、サムは真っ直ぐそのまま行ってしまう。あれじゃ袋のどん詰まりにはならない。トールキン先生はペケをつけるかもしれない。 かもしれない、じゃなくて、きっとごきげんななめになるな。でも緑の丸いドアや散らかった部屋の中を見れば機嫌もよくなることでしょう。

とにかく、袋小路屋敷は、道の突き当たりにあるのが正しい。End なんだから。




左にメニューがないときはこちら