海外ドラマで実写のゲドがある。米国 Sci-Fiチャンネルで放映された。

公式サイトもある。楽しい。
トップの右の方にある「>」をクリックすると、地図が出てきてちょっと遊べる。原作者のインタビューなどもあるけど、何言ってんのかさっぱりわからない。(^^;;) わかる人、教えてください。

これは、2007年3月28日まで、ヤフーでタダで見れるよ。どうぞ。前編後編
 高画質にすると、少し大きめ画面で見れます。

女っ気、ありすぎ。(爆) それも初めっから。(爆) おいおい、頼むよ、ゲド。
DVD も出てる。

どういうドラマになってるかというと、つまり、

来週のこの時間は、
「火曜サスペンス劇場 殺意の神殿 〜 海峡を超えた愛」
どうぞご期待ください!!!

って感じ。(爆)

その結果、原作者のル=グウィンさんは、あんなもんアースシーではありません、とのことで認めてないという。あらららら

でもねぇ、これは、ジブリ版と比べれば、まだ許せる。原作通り・・・いや、原作通りじゃないけど。あは。
あは、なんて言ったらル=グウィンさんに怒られるけどさ。
アースシーの熱烈ファンも、お怒りらしい。たいへんだ。

でもグワは、これはこれで嫌いじゃない。そりゃ、ひんしゅくであるのはわかる。充分わかる。でも、まぁ、ひとつのドラマとしてはよく出来ている。
基本的設定が原作と違うところもあって、???になるけどね。でもオープニングで、何がどうなってて、ここはどういう世界なのか説明があるから、なーんにも知らない人でも楽しめると思う。

本の通りのシーンがたくさんあって、わぁ♪(^o^) わぁ♪(^O^) って感じで、1冊目と2冊目を同時進行させるというやり方で、だから2冊目は本とはずいぶん違う。1の決着のつく場所も本とは違う。
ゲドとハイタカの名前が逆だし、え?え?なんでそうなるの?え?キミがここに出てくるの?ってとこがたくさんあるけれど、話の筋としては、とりあえずは一貫してる。
あの2冊を、無理矢理とはいえ、よくまとめたと思う。
ただし、原作を知っていると、おい!おいおいおい!って感じであることは否定しない。なんつったって、火曜サスペンス劇場だもん。
原作知らない方が楽しめる面もあるかもしれない。でも、本の通りのシーンで、わぁ♪(^o^)っていうのはわかんないよね。やっぱ読んだ方がいいな。

ゲドは、原作のゲドの、メリメリと軋みながら成長するような、あの強さと勢いは感じられない。初めのシーンから同じ俳優さんだから仕方ないとこもあるけどね。なかなか現代風。

トンネルの中は、真っ暗だと撮りようがないから、ああなるのは仕方ない。

ちょっとなぁ、と思うのは、テナーの描き方で、うーん、ちょっとなぁ。だいぶかなぁ。テナーは全然テナーじゃないな。ただの寄宿学校の優等生みたい。
だからテナーとの関わり方としてのゲドも、ゲドじゃなくなっている。アチュアンは、なかなか開放的な場所になっている。学祭にはみんなで遊びに行けちゃう感じ。

まぁ、映画的にはああいうのも仕方ないのかもしれない。
あれを原作風テナーにして、アチュアンを隔絶された場所にしたら、アメリカでお気楽にテレビで流すにはちょっと合わないんだろうし。なーんて言ったらル=グウィンさんに怒られるし。(^^;;) あぁどうすりゃいいんだ・・・

Editorはアラン・リー。へぇ。

ル=グウィンさんは、ゲドたちが「白い」のを見て、えらくお冠らしい。人種問題だけでなく、話の内容にもカチンときたんだろうけどね。
でもジブリ版と比べれば、あっちは色の問題なんて遥かに越えて、もっとすごいことになってるから、こっちの白いのは、まぁガマンできる。なーんて言ったら、怒られるわな。(^^;)
ジブリ版と比べたら、ほぼ原作通りと言っていいくらいだもん。ちがうけど。(^^;)
だからその、ジブリ版がひどすぎるのだ。比べれば、こっちの方がずっとましだと思う。
アマゾンのレビューを見ると、逆にジブリの方がいいという人もいる。世の中いろいろだ。

まー、たしかに、「みんな」して、「白い」ねぇ。ちょっと塗ればよかったのにな。
でも、ゲドを白人が演っても別に・・・ダメなのか。
でも、アースシーの物語が大好きで、どうしてもゲドを演じてみたい!っていう俳優さんが白人だったら、どうするか。塗るしかないか。青い目だったら・・・コンタクト入れるしかないのか。メイク、大変そう・・・

でも絶対原作通り、褐色ぽくないとダメ、とか言ってたら、例えば、プッチーニの蝶々さんはアジア系しか出来なくなってしまう。世の中、上演のときには青い目の蝶々さんの方が多い。黒人の蝶々さんだっている。問題が違うのかな。
アフリカ系の俳優や歌手はたくさんいる。白人の役を黒人が演じても文句は言われない。バトルのツェルリーナは最高に可愛かった。
では、有色系の役を白人が演じてはいけないのだろうか。それで非難の声が挙がるのは、逆の人種差別にならないのかな。
心が伝われば、見た目が原作と違ってもいいんじゃないかと、鷲は思うのだ。社会的に隅っこにいる人は、白かろうが黒かろうが黄色かろうが赤かろうが、色なんか関係なく、たくさんいるし、逆に社会の上の方にいる人だって白人だけじゃない。

でもやっぱダメなのか。シェークスピアのオセロは白人が演るときは黒く塗るもんね。ムーア人だから。
そうだ、白い人は、塗れば有色系に変身できるのだから、どんな見た目にもなれるのだ。

ル=グウィンさんが言うには、いい人役は白人で、黒とか褐色とかの人はそれだけで悪役、っていう悪しき慣習を打破したかったのだと。アメリカ大陸の原住民に心寄せる原作者は、やはりゲドは褐色の肌で描いてほしかったのだ。
人種ということに重きを置いているものは、視覚的にもそうでないといけないんだろう。
あぁ、やっぱちょっとでも塗ればよかったんだ。

でもね、オジオンは白くないんだよ。だから却ってすごく目立つ。あの中で一番上の存在のオジオンがただひとり黒人だっていうのは、白人至上主義じゃないってことになるんだから、悪くはなかったんじゃないのかな。見た目だけで、オジオンのインパクトはすごくあると思う。
白いゲドは、黒いオジオンに助けられ、外に出てからも、困ると黒いオジオンのところへ逃げ帰る。そしてあなたはわたしの唯一の師匠だと言う。

製作側の立場に立って見ると、ハブナー側を色つき、カルガド側を白としたら、原作を知らない人には余計わかりにくくなるように思う。いくらオープニングで説明があるとはいえ、それだけでアースシーの地理がわかるわけでもない。ドラマを観ていて、そんなに無茶苦茶遠くもないような場所なのに、有色系と白系が分かれてるのは、不思議に見えるだろうし。

かといって、いろいろ混ぜこぜにすると現代の米国のようになって時代的に変だし、全部白系にして、オジオンだけを黒人系のダニー・グローバーにしたのは、それはそれで、1つの、考えた方法だったと思う。
あれで、他の役柄の誰かが1人だけアフリカ系だったとしたら、それはすごく変だ。何も考えてないキャスティングになる。
オジオンだから、意味あるものと感じられる。
そりゃ、原作者としては、ゲドが白くて、アチュアンがあれじゃ、頭にもくるでしょうが。

ま、ファンとしても、ゲドは、頭の中のイメージのままであってほしかったのは確かだ。

原作を知ってて、頭の中で、ゲドもカラスノエンドウもみんな有色系でイメージが出来てる人がこれを観ると、みんな真っしろしろしろで、はぁ?って感じにはなる。
あなた、誰?はぁ?ゲドちゃん?うっそー、白いじゃん。それに、それって、おおっぴらに言っていい名前だったっけ・・・・
で、あなたは誰?はぁ?カラスノエンドウさん?漂白剤の中にでも飛び込んだのか?あ、魔法で白くみせてるんだ!そうでしょ?!で、しばらく白いまんまでいたら、元に戻れなくなっちゃったんでしょ?その術は戻れなくなって危険だから使うもんじゃありません、って習わなかったのか? え、居眠りしてて聞いてなかった?・・・そうですか。

白人になりたい、とか言って、現代医学を駆使して白くなってしまったマイケルじゃないんだからさ。やっぱ塗ればよかったんだよなぁ・・・

ただねぇ、ゲドの1作目が書かれた時代と比べると、現在では人種の格差のイメージは縮まっていると思う。ル=グウィンさんが言うほど、白人=ヒーロー、黒・褐・黄=悪人、っていう感じはない。
グワが思うに、今では却って逆のような気もする。白人=悪役、みたいな。

黒人が主役の映画も多いし、政府機関でも上の方にアフリカ系の人がずいぶんいるし、国連のトップはガーナのアナンさんだし、タイガー・ウッズがチャンピオンでも何の不思議もないし、時代の流れと共にだいぶ変わってきていると思う。
ドラマでも米国のテレビでは、かなり昔から有色系がちゃんといい役をしている。60年代でもそういうのはある。イコール悪者ではない。全然ない。

そういうのんきなことを言えるのは、日本でのほほんとしているからなのかもしれないけど、でもやっぱり昔とは状況は変わっていると思う。

だからル=グウィンさん、あんまりキリキリ言わなくても、世の中は大丈夫ですよ。と思う。とか言うのはやっぱりのんきなのだろうか。

もっと時代が進んで、ずっとずっと未来、黒だの白だの赤だの黄色だの、もう全然関係なくなって、そのうち全部混ざっちゃって大体みんなが同じような色になるような時代が来たら、このル=グウィンの意図は、そういう時代があったんだねぇ、それで、この人の作品はそれを打破する1つの力になったんだねぇ、って言われるのかもしれない。

しかし、慣習の打破ということを別としても、そりゃ原作通りの見た目の方が、観る方は観やすい。舞台の演劇と違って、映像化というのは、そんなにしょっちゅうあることじゃないからね。

グワとしては、演じる際、あまりに人種にこだわると演じる役の幅が狭まるし、まぁいいんじゃないか、という気持ちと、やっぱり原作通りのイメージで観たかったという気持ちの両方がある。
アニメは別だよ。どんな色にでも描けるんだから、余程の意図がない限り、原作通りにするのが当たり前だ。


このドラマは、やっぱアメリカらしくて、すっきり軽くて、原作の奥深さはとりあえず置いといて、観るのが楽。悪い奴は単純に見た目も意地悪そう。見た瞬間に、あ、こいつは悪役、とわかる。エンターテイメントとしては、まぁいいと思う。映像もきれいだし、上手く撮っている。

テナーの違いはともかく、ゲドの影に関しては、その事件発生から解決まではちゃんとなっている。

カラスノエンドウも妹もちゃんと出てくる。

オーム・エンバーがワルそうでなかなかいい。(^^) 仲良くなれそう。(←ちがう)
しかし何でそこでアンタが出てくるんだ・・・・・??

あ、ロークの学校は男女共学、男女平等。そりゃそうだ。現代アメリカ風だから。

途中で笑いをとるシーンもあって、楽しい。笑ってる場合じゃないとこだけど、ネズミがかわいい。
ヒスイを除き、みんながゲドを愛していて、ゲドを見る目は温かい。ゲドの父さんもいい感じ。原作では、ゲドは血のつながった家族とは縁が薄かったから、ああいう父さんがいるのもいいもんだと思う。

ハンバーガー、宅配ピザのようなお手軽なエッセンスが入ったアースシー。って感じかな。
でも映像は、ちゃんと時代は昔で、船もいい感じだよ。
初めの地図もいい。あー、島だ、島だ!ってうれしくなる。
船のシーン、海のシーン、島も街も人々もなかなかいい。テレビドラマとしては、かなり気合いが入って作られたものだと思う。劇場公開の映画でもよかったくらい。しっかりした作品になっている。

改変しても、筋はきちんと通っている。なかなかものすごい改変なんだけど。
そして撮影も、あー予算がなかったんだなとか、あーチャチだなとか、そういう印象がない。
だから、これはこれでちゃんと楽しめる。

オジオンとのやり取りも本の通りでうれしかった。そう、ゲドの真の先生、ゲドの源はオジオンなんだから。

しかし、終わりの方の展開は、どうも疑問で、あれで容疑は晴れたのかどうかは、かなり疑問。←この意味は観ればわかる。

そして最後は、すごーくハッピーエンド! 
あぁ、どーして最後にそこでそーなる?!! ←この怒りは観ればわかる。


じゃ、ジブリ版