ベーオウルフとセルマが初めて話すシーン。

俺はベーオウルフだ。
知ってるわぁ、英雄でしょ。

・・・ってとこ。

セルマは、パパがウュルヴィング族に殺されたと言う。
ベーオウルフは、自分の父も、と言いかけて、いや殺されたんじゃないけどウュルヴィング族との争いが元でここへ来たんだ、と言う。

そりゃいいんですけど。 原詩を知ってる人ならそれでいいけどさ。
その何とか族とゴタゴタあって、デネの国に来た。・・・って、それって、今の話?・・・と誤解する人がいるかも。きっといるな。
映画の初めの方、ベーオウルフは故郷の王さまと何か話してて、怪物をやっつけに行ってきます、って言ってなかったっけ? って感じで、わかんなくなるかもしれない。

ヘオロットに着いた時、フロースガールはベーオウルフを見て、おぉ、こんなに大きゅうなって、昔は小さかったのにのぉぉ、と言う。 どこの国でも、いつの時代でも、大人っていうのは、久しぶりに会った子が大きくなってるとそう言うんだろう。

原詩の第6節、ベーオウルフが来たと聞いたフロースガールは、あの子が小さいときを知っていると言う。だから、おぉ、こんなに大きゅうなって、というのは原詩通りなのだ。

ただし、ベーオウルフが何歳から何歳までデネにいたのかは、わからない。原詩には書いてない。

映画では、フロースガールと別れたときは、8歳だったという。でも、いつからいたのかは語られない。
サトクリフの本では、ベーオウルフはデネで生まれたことになっている。

ベーオウルフのパパのエッジセーオウは、昔、ウィルヴィング族の何とかっていうおじさん(お兄さん?)を殺しちゃって、指名手配となった。

イェーアトに逃げ込もうとしたけれど、イェーアト側としては、エッジセーオウを匿うと、ウィルヴィングVSイェーアトになってしまうのは目に見えてるし、面倒なことに首を突っ込みたくはないので助けてくれない。冷たい。

そこでパパは、デネに亡命する。当時、王になりたてほやほやだったフロースガールは、エッジセーオウをウィルヴィング側に引き渡したりはせず、人道的処置ってことで、どどんと宝物を山積みにして賠償金としてウィルヴィング族に払ってやって、この件は落着する。ベーオウルフ一家にとって、フロースガールは大大大恩人なのだ。
これは原詩の第7節にある。

・・・という成り行きがある。
だからベーオウルフがセルマに言ってるのは、自分も小さいときにここにいたけど、それは父親がウィルヴィングとゴタついて、それでここに来たんだよ、ってことだ。同じウュルヴィングを敵に回した僕らはお友だちだね、って感じだ。

で、これだけ読むと、ベーオウルフのパパはイェーアト人、のように見える。ところが違うらしい。
パパは、ウィルヴィング族らしい。うそ〜

これは山口版の解説にある。この部分は、写本の原文の韻が普通じゃなくて、いろいろ説があるらしい。どう補足するかで解釈が変わるのだな。

で、エッジセーオウはウィルヴィングの人という解釈も成り立つらしい。うそ〜

うそ〜と言いつつ、考えてみればそうかもしれない。他国との戦いで誰かを殺したとする。そんなのいちいち追っかけて捕まえようとしていたらキリがない。そうではなくて、同族内の争いで相手を殺しちゃったわけだ。追放になったのかもしれない。指名手配じゃないのかもしれない。

岩波の巻末の解説では、ここは違うことになっている。エッジセーオウはイェーアト人で、故郷も助けてくれなかったということになっている。

普通は岩波版で読んでる人が多い。グワもそうだから、その解釈が染みついてた。
だから、山口版を読んだときは、驚愕だった。うそ〜


ま、何にしろ、パパは困ってイェーアトへ行こうとしたけど、イェーアト側は受け入れてくれなかった。
そこを助けてくれたのがフロースガールだったのだ。なんていい王さまだろう!王さま、充分天国に行けますよ!そんなに悩まなくても大丈夫です。うさんくさい神父の言うなりにならないでください。

それでさ、だからさ、パパがウィルヴィングとすると、同じウィルヴィングを敵に回した僕らはお友だちだね、みたいな感じで話をする映画のベーオウルフはどうかしてるのだ。
セルマの父親を殺したというウィルヴィングは、あんたのパパの出身地ではないか。
いくらパパが放り出されたからって、うっかりそんなこと言ったら、もう口を利いてもらえなくなるぞ。


表記は、岩波の忍足版ではウュルヴィング族、研究社の苅部版ではウィルヴィンガス、泉屋書店の山口版ではウィルヴィング族、となっている。

ウィルヴィンガース!ってカッコいいな。ウィルヴィングにアスがついてウィルヴィンガスになるんだよね。エオリンガスと同じ作りだ。

しかし、なぜ、パパを助けてくれなかったイェーアトにベーオウルフはいたのか?

というのは、ママがイェーアトの姫君だからだ。ベーオウルフのママは、王のヒィエラークの妹で、要するにベーオウルフは王さまの甥っ子になる。どっかで聞いた話・・・そう、セオデンとエオメルみたいなもんだ。そして行く行くは、ヒィエラークが死んで、その息子も死んで、他に誰も継ぐのに適当な人がいなくて、ベーオウルフが王になる。


どの説にしろ、ベーオウルフは、ママの故郷に戻って大きくなり、昔パパを助けてくれたフロースガールを助けるため、またデネにやってきた、というのは同じ。

情けは人の為ならず、ですね、王さま。


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