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陽子ちゃん

この世に生を享けて
わずか十三歳で発症した陽子ちゃん
光輝く太陽の子
突然の不治の病に襲われて
外の世界とのコンタクトを奪われ
横たわる太陽の子

「陽子ちゃん、息してる?」
とお母さん
胸がかすかに上下して安堵する
『植物人間』の宣告など
どうして信じられようか

咽喉の深奥に与えた冷刺激に
ツーとひとすじの涙を流した少女
偶然なのか
残された反応なのか
願望の投影にすぎないのか
医学的な根拠があるのか
母の、父の、祈るような願いに
心を重ねて
口腔領域への刺激とケアを
続けた人たち

命のあかしか
歯周粘膜は反応して
健康な色をとり戻す
歯間ブラシのケアは
炎症の部位にさしかかると
痛みがあるのか
手がピクッと動く
それさえ嬉しい

「お母さん、この表情はどうですか」
冷刺激を与え
味刺激を与え
かすかな反応に目をこらし
かすかな表情の動きを読む

望みのない願いかもしれない
それでもどこかに
陽子ちゃんとのコンタクトの入口がないか
頬粘膜を丹念にさぐる
口唇の周囲には
かすかだが確かな反応がある

ピアノのおけいこをしていたこの部屋
お誕生会もあっただろう

この街の屋根の下に
こんなにも過酷な運命を
生きている人たちの暮らしがあった
家族の思いに伴走した
歯科医療を
歯科サービスを
今日も模索し続ける