Music Academy

極私的インドとロック パート7〜ゴアの朝日の中で聴くロキシー・ミュージックは深く胸に染みた〜



 意外な場所で意外な音楽を聴くことにより、そのときその場の印象や記憶がやたらと強くなることがある。

 私にとって、そうした好例のひとつが、現ゴア州のカラングートCALANGUTEビーチから、ボンベイ行きの鉄道駅がある同じゴア州のヴァスコ・ダ・ガマVASCO DA GAMAという街に向かう途中、タクシーの中で聴いたインド製のカセット。それもロキシー・ミュージックと、リーダーでボーカリストであるブライアン・フェリーの代表曲を収録したベスト盤だったのは、自分でも予想外だった。

 元ポルトガル領にしてヒッピーの元聖地(ゴア・トランス発祥の地?)、サリーならぬ花柄のワンピースを美しく着飾った美人と、昼からココナッツとチリのきいたフィッシュカレーとパラパラの長粒米ライスをウイスキーのソーダ割りやビールで流し込む男たちがいるのがゴアだ。

 料理でいえば、超有名なフィッシュカレーのほか、やはりスパイシーな豚肉のカレー「ポーク・ビンダルー」、豚モツの煮込みカレー「ソルポテル」、チョリソーに似た「ゴア・ソーセージ」など、ほかのインドではご法度の豚肉メニューが充実している上、ココナッツやカシューナッツからつくられるフェニという強い蒸留酒もあったりする。
 そうした一方、厳格な菜食料理も健在なのだから、さすがインド有数の複雑多様な個性派食文化地帯だ。

 カラングートは、アンジュナANJUNAなどと並んで、ゴアを、そしてインドを代表する「沈没系(いいかえれば、ダラダラと無目的無為な長期滞在型)」のビーチリゾートである。バックパッカー、ツアー客、インド人が入り乱れ、思い思いのすごし方を満喫していることではインドにあるまじき解放感だ。

 私がカラングートに行ったのは、1990年初頭まで。それ以降は、同じゴアでも、よりバックパッカーが少なくインドっぽさが濃厚な他のエリアへと滞在地を移していった。そんな、まだインドビギナーから脱却していないころの話である。

 その日、私とつれあいはカラングートからタクシーを奮発し、ボンベイ行き長距離列車の出るヴァスコ・ダ・ガマへと日の出とともに出発した(今はゴアとムンバイ間をショートカットする新路線があるが、昔はとんでもなく大回りなローカル線、しかも途中乗り換えしつつ、のんびりボンベイに向かうしか手がなかった)。

 純インド国産車としてレトロなスタイリングがカッコイイ(と思わない人もいるだろうなあ)「アンバサダー」を操るタクシー運転手は、中年のオジさんだったと思う。とりあえずいかにもローカルな人という感じで、非インド世界との接点など何もないように思われた。
 ビーチをはずれると、そこはもうヤシの樹と水田や畑、ときに雑木林、あるいはまばらな人家といったインドの田舎ならではの田園風景。朝日はすでにまぶしいが、空気は爽快に澄んでいる。いい朝だ。
 オジさんは、自分より若いジャパニ旅行者へのサービスなのか、しばらく走るとおもむろにダッシュボードからカセットをとりだし、ボロいクルマのボロいカーステレオにセットした。インドのフィルムソングか? それともゴアの誇るロッカーで私の好きなレモ・フェルナンデス?

 そこに流れ出したのは、ロキシー・ミュージックROXY MUSICが1982年に発表したラストにして大名盤「アヴァロンAVALON」 の1曲目「モア・ザン・ジスMORE THAN THIS」。思わずふたりのジャパニは顔を見合わせてしまった。

 驚くわれわれを尻目に、「ストランドDO THE STRAND」「オール・アイ・ウォントALL I WANT IS YOU」「恋はドラッグLOVE IS THE DRUG」といったヒット曲、さらにはブライアン・フェリーのソロとして名高い「東京ジョーTOKYO JOE」などが次々オンボロカーステのオンボロスピーカーからオンエアされた。
 さんさんと車内に降り注ぐすがすがしい朝日。外には牧歌的な田園風景。そこにブライアン・フェリーのしゃくりあげるようなわざとらしい歌声、アンディ・マッケイのムーディだがどこかチープなサックス、グラマラスかつスマートではあるものの、どこかギクシャクとシラジラしいロキシー・ミュージックならではのデカダンでキッチュなサウンドが絡みつく。じつに非現実的な現実が五感を痛烈に刺激する、稀有なひとときだった。

 実のところ、ラストアルバム「アヴァロン」には「インディアINDIA」というインスト曲も収録されているし(曲自体インドっぽくはないが)、ブライアン・フェリーなどは若いころインドやネパールを旅したこともあるらしい。

 それでも、当初グラムロックの成れの果てと紹介されたロキシーであり、「ロック界随一のダンディ」としての自己演出を欠かさなかったブライアン・フェリーだ。彼らの耽美的なサウンドがインドとマッチするのはなかなか想像しがたい。
 ところがこれがバツグンなのだ。とくに猛スピードで田園風景を疾走しつつ、アンディ・マッケイのサックスがジワーッと流れだしたりすると、もう最高である。

 私の場合、ロキシーやブライアン・フェリーからは、デビッド・ボウイやT-REXのマーク・ボランにはない、独特のセンチメンタルでウェットな叙情を感知することがある。そいつが不可解な化学反応を起こしたのかもしれない。

 ともあれ、こればかりは実際に現地に行かないとわかりにくい感覚だろう。
 気になる方はロキシー関連の音源を持って、ゴアで沈没することをおすすめする。
 


1972年発表のデビューアルバムより。イーノ(左下)含め、全員が限りなく怪しい。
いったいインドとどこがオーバーラップ?という感じだ。

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