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極私的インドとロック パート4 〜今も新鮮なラーガ・ロック〜

 今回はこれまでとちょっと趣向を変え、ジョージ・ハリスンやレッド・ツェッペリンとはまったく別のところで、「インドっぽい」ユニークな音を出していた、往年の名バンドをご紹介しよう。

 インドっぽいと書いてはみたが、ご本人たちの本音としては「勝手な想像の元に東洋的なサウンドを模索しているうち、気がついたらオリジナリティたっぷりに仕上がってしまった」というくらいなのでは?
 要するに、偶然の産物的な気配も濃厚な、かなりアヤしい作品を生み出した個性派である。

 1966年といえば、アメリカ西海岸を中心としたサイケデリックやヒッピー・ムーブメントの爆発前夜である。クリームはようやく結成されたものの、ジミ・ヘンはソウルやR&Bのバック・ミュージシャンとして、まだドサ回りをしていた。

 この年出された、白人ブルース・ロックの超名盤がポール・バターフィールド・ブルース・バンドの『イースト・ウェスト』だ。

 一般的には、全盛期のエリック・クラプトンに対抗できた数少ないアメリカの白人ブルース・ギタリスト、マイク・ブルームフィールドと、やはり黒人真っ青のブルース・ハープ奏者、ポール・バターフィールド(映画「ラスト・ワルツ」にも出演。名演奏が見られる)による名作と呼ばれているが、アルバム最後に収められたタイトル・トラックがブルースとはあまりに無関係で、限りなくエセインド的。謎の名曲なのである(ちなみにふたりともドラッグ絡みで故人。合掌)。

 本来はブルース専門のはずの黒人ドラマーが、タブラっぽいビートを創り出す。同じく黒人のオッサンのベース・ラインも変だ。そこに、マイク、そしてこれまた白人ブルース・マンとして超一流のエルビン・ビショップのギター、ポールのハーモニカが、いずれもブルースとは無縁の妙な音階によるソロを延々と回す。マイクは音色も含め、かなりシタールを意識しているし、ポールのハーモニカも笛やラッパのような音色で迫ってくる。
 そこから生み出される音楽は、中途半端にインド、アラブ、北アフリカ的で、聞き様によってはかなり気色わるい。

 これが一時期、全世界のロック界を風靡した「ラーガ・ロック」の夜明けである。

 ラーガというのは、本来インド古典音楽のメロディ面を規定する用語。
 単純に音階と訳すにはあまりに複雑な規則性があるのだが、やはり超複雑なリズム面を規定するターラまたはターラムという語とともに、インド音楽といえばまず「ラーガとターラ」といわれるくらいに、重要な要素である。

 このラーガという語を戴くロックとは、どんなものか?
 確固たる定義はないのだが、かんたんにいえば「自分だけインドっぽいつもりの奇妙なメロディや中近東風なギターソロに支配されたダラダラとした演奏」がその最大の特徴である。本物のインド音楽のような複雑な論理性などない。心の赴くまま、手指の動くまま、衝動に従って音が奏でられる。
 つまりは稚拙さや悪趣味と紙一重の音楽表現なのだが、人によっては、独特のアヤしさ、アヤうさが「カッコいい」とも感じられる。とくに最近の「キッチリとした」音づくりに慣れたリスナーには、かえって新鮮かもしれない。

 ドアーズのファースト・アルバムに収められた「ジ・エンド」(ロック史上、心底暗いロックの代表曲でもある)、一時期のグレートフル・デッド、あるいはジェファーソン・エアプレインの「ホワイト・ラビット」などもラーガ・ロック的な作品といえる。同時代のブリティッシュ・ロックでいえば、シド・バレット在籍時のピンク・フロイドなども同傾向を感じとれる。
 
 インド音楽にも興味がある一方、スティーヴィ・レイ・ボーンやブルース・ブラザーズを敬愛する、あるいはフィッシュなどに代表されるジャム・バンドが好きという音楽ファンはぜひ一度「イースト・ウェスト」をお聞きになるべきだろう。

 ラーガ・ロックの名演奏をもうひとつ。
 最近はテレビCMのBGMにも「ミスター・タンバリン・マン」や「ターン・ターン・ターン」といった代表曲が使われた、アメリカのフォーク・ロック(このジャンル名も考えてみれば奇妙だ)の雄、バーズに「霧の8マイル」という名曲がある。
 邦題タイトルからして、ジミ・ヘンの「紫の煙」並みにサイケだが、この曲のギターが正真正銘のニセインドぶり。さわやかなフォーク・ロックというよりは、あまりにパンクで奇妙な演奏である。
 ロジャー・マッギンというリーダーが弾いているのだが、この人はほとんどの曲を12弦ギターで演奏するから余計に不思議な音になった(ジミー・ペイジはここからダブルネック導入のヒントを得たフシがある)。
 インドというより中近東というか、かなりチャンプルーなギター・サウンドでもあり、これまたインド好きのロック・ファンは必聴だ(ちなみにこの「霧の8マイル」をモチーフにした、オールマン・ブラザーズ・バンドによる20世紀ロックの最高峰「マウンテン・ジャム」〜『イート・ア・ピーチ』に収録。1曲で40分弱〜でも、天才デュエイン・オールマンが一瞬だけラーガくさいソロを弾くところがある。恐るべしラーガ・ロックである)。

 日本人はちょんまげを結って、生魚を食べている。
 これと同じようなイメージをインド音楽に適用し、存分に勘違いした音作りが結果としてインパクトたっぷりなものになったというのが、おそらくラーガ・ロックの正体である。

 こうしたキワモノは衝撃が大きい分、飽きられるのもあっという間だった。
 その証拠に「ノルウェイの森」や「黒くぬれ」は今もよく知られているが、「イースト・ウェストが大好き」という人には今やめったに出会わない。
 マイナーかもしれないが、私は大好きである。
  
 

とてもじゃないがインドっぽさなど微塵も感じられない、むさ苦しい男衆。東京だったら高円寺あたりにいそうなムード。
でも音は心底カッコイイ。


バーズの代表曲が網羅されたベスト盤。
ジャケットはけっこうサイケだが、音は全般的にさわやかで、ときに切ない。
「ミスター・タンバリン・マン」1曲でも心なごむ。


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