Music Academy

極私的インドとロック パート10

空前絶後のロックバジャン「マイ・スウィート・ロード」

『ジョージ・ハリスン』の巻

現在、私はインド料理研究家を名乗っているが、じつはインドとの関わりは音楽の方が圧倒的に早い。何しろ小学生だった1971年、発売されたばかりのジョージ・ハリスン(公式サイトからしてインドっぽい)のメッセージ・ソング「バングラデシュ」をデタラメ英語で口ずさんでいたくらいである。

 生涯を通じインドへのオマージュを貫き通した故ジョージ・ハリスンの最高傑作をあえて1曲だけ挙げるとしたら、ビートルズ解散後に発表されたソロアルバム『オール・シングス・マスト・パス』(タイトル自体がガンガーの流れのようにインド的。「すべては過ぎ行く」である)に収録された大ヒット曲「マイ・スウィート・ロード」にとどめを刺す(ロードはROAD道路ではない。神様のLORDである)。

 キャッチーでおぼえやすいメロディ(盗作騒ぎに巻き込まれ、しかも敗訴というオマケもあるが)。
 聞いている方が恥ずかしくなるほどに真摯な神への愛をシンプルかつ高らかに歌い上げた歌詞。
 ジョージのトレードマークともいえる独特なクセを持ったスライド・ギター(聞きようによってはシタールやヴィーナのような響きがするのも、さすが)などの他、ハーモニウムらしき音も聞こえる、カラフルで温かみのあるサウンド。
 まさにバクティでデボーティなインド精神いっぱいの名曲である(バクティは神へのひたすら献身的な愛、デボーティも神への奉仕を意味する)。

 とりわけ圧倒的なのは曲の後半部だ。
 クリシュナ神をメインに、ラーマ、ビシュヌ、ブラフマー、マヘーシュワーラー(シヴァ)といったヒンドゥ神の名が延々と連呼される。
 おなじメロディやフレーズを延々繰り返すことが心地よく感じられる瞬間が、音楽にはある。
 こうした反復の美学(いわゆるリフの魅力)というのはカッコいいロックの常道であるとともに、まさにバジャンの手法でもある(バジャンは、インド独特のヒンドゥ神賛歌。シンプルな歌詞と覚えやすいメロディを持つものが多い。有名な歌手によるレコーディングも多いしインド映画に使われることもある。インドのヒンドゥ庶民はお気に入りのバジャンを口ずさむことができるのがふつう)。

 
とにかく、これだけヒンドゥ教の神様が多数連続して登場するポップなヒット曲は空前絶後だ。「ゴヴィンダ(クリシュナ神の別称)」といった曲のあるクーラ・シェイカーにしても、まだまだ甘いなという気がしてくる。

「マイ・スウィート・ロード」はめでたく全米全英ともヒットチャート第1位を獲得した。
ヒッピームーブメントやフラワーでサイケな時代を経てインドに親しんだ欧米の若者たちの耳に心地よく、また聞き覚えのない単語の連発(もちろんヒンドゥの神様のことだ)に興味を抱いたマジメな人々はきっと辞書や文献を漁ってインドに親しんだに違いない。

日頃バジャンなどけっして耳にしない時代から日本のラジオでも頻繁にオンエアされている唯一の例外的なロック・バジャン、それが「マイ・スウィート・ロード」である。


                                    (「インド通信」原稿を一部改変しました)


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