カレーな食材図鑑

第2回 ギー

 インドカレーに使う油脂というと「ギー」を思い浮かべる方は日本でも多い。
 ところが実際には、現地のカレー調理でギーが登場する機会というのは意外に少ないのである。
 
 そもそもギーとは何か。
 まず新鮮な牛乳を加熱して乳酸菌で静置発酵させてから(これがインド製ヨーグルトのダヒである)、撹拌して発酵バターをつくる(現地ではマカーンと呼ばれる)。さらにその発酵バターをしばらく煮立たせた後、澱のような沈殿物をとり除く。これが本場のギーである。
 日本では発酵バター自体が比較的高価なこともあり、無発酵の無塩バターを煮立たせ、ろ過することでギーをつくるのがもっぱらだ。
 
 グッと純度の高い溶かしバター、それがギーである。
 ふつうの溶かしバターと決定的に異なるのは、その香りだ。バターよりも軽く、うまみにあふれた独特の香ばしいにおいがたまらない。

 チキン、マトン、野菜にシーフード。インドカレーの食材はたくさんあるが、インドでこれらの調理に使われるのはギーよりむしろ植物性の油である。
 デリー、カルカッタ、バラナシなどの北インドではからし油、南インドのタミル地方ならばごま油(焙煎しない生絞りだから中華料理っぽい香りは皆無)、ケララ州はココナッツ油といった具合に地域ごとのご当地油があるほか、菜種・綿実・サフワラー(紅花)といった日本で一般的な油も普及している。

 ギーが圧倒的な存在感を発揮するのは、何といってもダルやお菓子をつくるときだ。

 ダルというインド亜大陸全土を代表するカレーの深遠な魅力については、当サイトでも折に触れて言及している。
 もともと豆類はバターと相性がいい。しかもダルのカレーは動物性のスープやだしを使わずに調理するのが基本だから、素材のうまみやコクをじょうずに引き出すコツが不可欠となる。
 そこで登場するのがギーである。
 煮込んだダルに直接ギーをひとたらしする。あるいはたっぷりのギーでたまねぎやスパイスを炒め、それらすべてを煮込んだダルにジュッと加える。そうすることで段違いにおいしいダル・カレーができあがる。

 インドのお菓子とギー。この相性のよさは、フランスなど欧米式のお菓子とバターの関係を考えれば一目瞭然である。
 インドで有名なスウィート・ショップは例外なく皆「100パーセント純正ギー使用」を謳っている。それくらいインドのお菓子にギーは付き物なのである。

 そのほかでは、肉のうまみとスパイスの芳香が見事にマッチしたムスリム流チキンやマトンのマサラ料理、ほうれんそうのカレー、トゥーラン・ダルと各種野菜をスパイスやタマリンドとともに煮込んだ南インドを代表するカレー、サンバルなど、コクやうまみをもう一段階アップさせたいときギーの力を借りることが多い。

 ところで、インドでも有数のおいしい菜食カレーを食べさせてくれるのが、ガンジー翁の出身地でもあるグジャラート州だ。グジャラートの野菜料理にはギーがたっぷり使われる。だからかどうか、ベジタリアンの比率が高い割には恰幅のいい人々もまた多いようである。
 野菜ばかりを食べているからといって、やせるわけではないようだ。ギーをはじめとした油脂類、さらには砂糖のとりすぎにも注意しよう(グジャラートの菜食カレーでは味つけに砂糖を使うものがある)。

 ※ギーのつくり方は拙著新刊『カレーな薬膳』、または既刊『誰も知らないインド料理』等にくわしく書いてある。参考にしていただければ幸いである。
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