カレーな食材図鑑

第11回 うまみとコクの演出者たち

 本来、だしやスープストックを使わないインドカレーにうまみとコクをもたらそうとするとき、トマトやヨーグルトは欠かせないアイテムだ。しかし、ほかにもこうした役割を担った食材はいくつもある。日本で手に入れやすいものについて、使い方のポイントともども紹介してみよう。

【生クリーム】

 トマトやヨーグルトをベースにしたカレーを、よりリッチでマイルドに仕上げるとき、便利なのが生クリームである。ほんのひとたらしでカレーの表情を見事に変貌させてくれる。

 どんな国の調理法にも共通であろうが、生クリームは仕上げに使うのがいい。これはインドカレーにもあてはまる。
 たとえば、トマトをきかせたエビのカレー。仕上げに生クリームをさっとまわしかければ、すぐにゴージャスなムードのおもてなしカレーに変身する。
 やはりくトマトベースのマサラでつくるほうれんそうのカレーも、仕上げに生クリームをかけるとほうれんそうのクセが消え、うまみとコクが浮かびあがってくる。トマトと生クリームは相性がいいのだ。
 このようにトマトベースのカレーに生クリームをひとたらしすることで、コクのあるリッチなタイプのカレーに変身させることができる。マイルドかつ辛味を抑えた味になるので、辛いのが苦手な方やお子様にカレーを食べさせるとき、生クリーム仕立てにすればいい(辛味を抑えるのにヨーグルトをカレーにかければいいともいわれるが、実際、できあがり後のカレーにただヨーグルトを加えると、多くの場合、風味のバランスが崩れる)。

 おなじ乳製品ということもあって、生クリームはヨーグルトとも相性がいい。
 ヨーグルトベースのカレーにひとたらししても、トマトベースのときと同様、リッチでコクのあるカレーへと変身させることができる。ただしあまりに便利なため、日本のインド料理店の中には、あらゆるカレーに生クリームを加えて悦に入っているところがある。こうなると、何を注文してもおなじ味になってしまい、かえって逆効果。ワンパターンには注意しよう。


【カシューナッツ】

 本場のインドカレーでは、生クリーム同様、カシューナッツをカレーソースに加えてリッチでコクのあるタイプにすることがある。ただしそのまま煮込むわけではない。
 カシューナッツをカレーに入れるときはよくすりつぶす。
 具体的にはカシューナッツに少量の水を加えてミキサーにかけ、なめらかなペーストにしてからカレーに入れる。あまり水が多いとコクが出るまで時間がかかるので、あくまで水は少なめにしてポテッとした感じに仕上げるのがコツだ。水ではなくヨーグルトや生クリームをミックスしてペーストにすることもあるし、カシューナッツを水に浸けてふやかしたり、いったんオイルでカラッと揚げてからペーストにすることもある。


 ペーストを鍋に加えるタイミングとしては、カレーベースのマサラをつくる際に入れるのがふつう。より細かくいえばパウダーのスパイス類を入れる前後に加えることが多い。生クリームのように仕上げに入れることはまずない。

 ところで、カシューナッツに限らず、ナッツという食材はどれも油脂分が多く、高カロリーでコッテリとした風味を持っている。こうしたナッツ類をペーストにしてカレーに入れると食べ口の重たい料理にもなりそうだが、実際重たくなることが多々ある。
 とくに、いにしえのムガル帝国宮廷料理の流れをくむといわれるムガル料理(ムグライ料理)では、ヨーグルトや生クリームのほか、カシューナッツ、アーモンド、さらにはピスタチオといった各種ナッツのペーストを豊富に使う。だからできたカレーもついヘビーになりがちだ。

 ムグライ料理を得意とするインド人料理人を何人か知っているが、異口同音に口にするのは
「胃にヘビーだから毎日毎食は食べられないし、自分としてもそう頻繁には食べたくない」
 という意外なセリフ。
 実際、彼らがプライベートにつくったカレーをごちそうになると、材料の持ち味を生かしたアッサリ系の料理ばかりだから、余計に納得してしまう。

 なお一部のインド料理では、ナッツ類のほか、ピーナッツやけしの実、ごまなどもトロリとしたペーストにして、カレーのコクとトロみづけに活用する。

【ココナッツ・ミルク】

 トマトに生クリームをプラスすることで、カレーにコクがたっぷり加わるのだが、これは北インド的な手法である。おなじようなコク出しを白いココナッツ・ミルクでやれば、南インド風の、よりトロピカルなカレーになる。

 最近は日本のスーパーでも質のいいココナッツ・ミルクが手に入るようになってきた。これを利用しない手はない。日本のインド料理店ではそのごく一部でしか提供してしない、ご飯によく合う南インドカレーを手軽に家庭でもつくることができる。カレー調理の初心者でもかんたんを味がまとめやすい点では、トマトと生クリームの組み合わせより、トマトとココナッツ・ミルクのほうがはるかにすぐれものといえそうだ。

 日本の店頭にあるココナッツ・ミルクには大きく分けて二種類ある。
 ひとつは袋入りの粉末になったもので主にタイ製、手元にある製品のパッケージを見ると1袋60グラムで、大きなココナッツひとつ分に相当するココナッツ・ミルクが粉になっているという。もうひとつは缶入りになった最初から液体状のもの。こちらの方が量も多いが値段も高い。中味はドロリとして、ミルクというよりは生クリームのような濃度がある。このまま使うより水で割った方が使いやすい。


 私は使い勝手や保存性を考えて、袋入りをおすすめする。缶は最初から液体になっている点で一見便利ではあるが、いかんせん量が多すぎる。4人分のカレーをつくるのに、1カップあればたいてい十分だから、使用後かなりの量が残る。すぐにほかの料理に活用できればよいが、たいていはそうもいかない。しかも困ったことに、液体のココナッツ・ミルクは保存性がわるい。冷蔵庫に入れておいてもすぐに傷む。結局、使い切れずに無駄が多くなるわけだ(ここまでの展開がびん入りのトマト・ピューレに似ているとお感じの方は、かなりの料理好きと見た)。袋入りなら、1袋全部を1カップのぬるま湯で溶けば4人分のカレーに十分な分量となる。一度に使い切らないのなら、粉のまま袋を閉じて保存すればいい。

 次にココナッツ・ミルクの標準的な使い方について説明しよう。
 ベースのマサラづくりは完了、主たる素材を入れてミックスし、いよいよ煮込みに入るところ。4人分程度のカレーの仕込みなら、ここでお湯か水を2カップほど加えるのを、その半量から全量を水溶きココナッツ・ミルクに置き換えればオーケーだ。何回かトライしているうち、ココナッツの濃さや量について好みの加減を見つけられれば、より楽しい。
 高等テクニックとして、このときココナッツ・ミルクを少しだけ残しておき、仕上げにそれをさっとまわしかけて火を止めるというやり方がある(生クリームをまわしかけるのとおなじだ)。こうすることでココナッツの風味がより濃厚になる。


 ごくふつうのカレーがいっぺんにトロピカルモードに突入する点では、ココナッツ・ミルクは抜群のパワーを持っている。反面、生クリームとおなじく、やたらに使うと味が単調にもなりかねない。そんなときは、トッピングとしてみじん切りのトマトや香菜をあしらうといいだろう。
 先にもいったが、ココナッツを使ったカレーは南インドに多い。南のカレーは北のカレーより辛味がアップしているのがふつうだ。ココナッツの甘味に唐辛子や胡椒の辛さがよく似合うということである。


 最後に、ココナッツを使ったインド式ではないカレーを、番外的に紹介しておこう。
 市販しているカレー粉を使って(固形ルーではない。あくまで粉末のカレー粉を使う)、肉や野菜を具にしたサラサラのカレーをつくってみる。このとき水の代わりにココナッツ・ミルクを入れると、手軽にエスニックテイスト満載のカレーができあがる。インドカレーではないがたまにはこんなのもいい。味つけにナンプラーなどの魚醤を加え、なすやたけのこ、ピーマン、トマト、ベビーコーンなどを具にすれば、さらにおいしくなること間違いない。


【ししとう】

 本場のインドカレーでは青唐辛子が大活躍している。
 青唐辛子というと、日本人のカレー観からは除外されやすいが、辛さだけでなく香りを生かした風味づけで、本来カレーづくりになくてはならない食材である。


 ところが、日本で辛くて香りのいい青唐辛子はなかなか手に入れにくい。だからこの際、ししとうを大いに活用しよう。通常は辛くないので、辛いのが苦手な方でも安心して食べることができる点でも、日本人向けだ(それでもたまに辛いししとうに当たることがある。これを密かな楽しみにしている激辛ファンもいることだろう)。

 日本のインドカレーにおける、ししとうの基本的な使い方は2通り。
 ひとつはカレーのベースとなるマサラをつくるときだ。たまねぎをしっかりと炒めてから、にんにくとしょうがのすりおろしを加えると、すぐにいい香りがしてくる。ここで小口切りにしたししとうを4、5本入れ、炒め合わせる。それからトマトやヨーグルト、スパイス、塩、少量の水といったものを加え、油が表面ににじむまでさらに炒め煮すれば、カレーのベースとなる「マサラ」のできあがりだ。できたマサラをさっそく一口試食してみれば、フレッシュな味と香りの中にししとうの力を感じるはず。


 もうひとつは仕上げに入れるやり方。
 カレーのできあがり前に、やはり小口切りにしたししとうを数本加えて、ひと煮立ちさせる。これでオーケー。香りと彩りが、ともにグッとよくなる。


 それまでにない独特の風味をカレーに与えてくれる。しかも香菜などと違って、どこでもかんたんに手に入る。これがししとうの大きな利点だ。気軽にいろいろなカレーに試してみればいい。
 それでもなお、本場流の辛い青唐辛子が手に入るなら、ししとうの半量程度に換算して使ってみればいい。存分に底力を発揮してくれるだろう。


 野菜としてではなくハーブや調味料の一種として、ししとうや青唐辛子をカレーに使ってみる。新しい食の世界がグッと大きく広がるはずだ。

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