カレーな食材図鑑

第10回 いぶし銀のヨーグルト

 のっけから個人的なことで恐縮だが、こと北インド流のチキンやマトンカレーだったら、トマトをベースにしたものではなく、ヨーグルトベースのレシピでつくったものの方が好きだ。味の奥深さとコク、酸味の具合など、ついついヨーグルトベースに軍配をあげたくなる。
 日本はインドほどヨーグルトが食生活に浸透していない。料理への活用度も低い。そうしたわけでもなかろうが、ヨーグルトベースのチキン・カレーに力を入れているインド料理店は日本できわめて少数派。やはりトマトの方がわかりやすい味つけで、またつくりやすいのだろうか。

  ところで、日本人から見るとかなりおかしなというか、たいへんとっつきにくいムードの料理というものが、本場インド亜大陸には少なからずある。それらの多くがヨーグルトを使ったもの。たとえば以下の料理、みなさんはおいしそうに感じるだろうか。

@ヨーグルトとココナッツ・ミルクで野菜を煮たシャバシャバで酸っぱいカレー。
Aゆでたじゃがいもをヨーグルトで和えたもの。
Bヨーグルトをミックスしたご飯。
Cたまねぎのてんぷらのヨーグルト煮込み。

  @は、南インドで「アビヤル」や「カラン」などと呼ばれる野菜カレーだ。ヨーグルトの酸味とココナッツの甘味のコンビネーションが、さわやかでコクのある風味を出してくれる。
 色は白だったりきれいな黄色のことが多いが、グリーンがかった色のときもある。パラリとしたインディカ米のご飯といっしょに食べるのとおいしい。

 Aはヨーグルトと野菜の和え物である「ライタ」というメニューの一例。ライタはインド全国で食べられる。ふつうはトマトやきゅうり、たまねぎなどを具にすることが多いのだが、日本に住むインド人家庭でゆでたじゃがいもを入れたライタを食べさせてもらった。この一見意外な組み合わせ、じつはとてもおいしいのである。

  Bは「カード・ライス」や「ダヒ・ライス」と呼ばれる南インドの名物メニューのひとつ。実際に食べてみると、文面からイメージされるほど奇異な感じは受けないはず。ちなみにAのライタもインド人は平気でご飯にかけるし、食事の締めにプレーンヨーグルトをご飯にかけて食べる人も多い。

 Cは再びカレーである。「たまねぎのてんぷら」というのは、実際にはゴルフボール大の丸い形の揚げものことが多い。中に刻んだたまねぎや青唐辛子などが入っている。これをヨーグルトとスパイスなどでつくった酸味のあるカレーソースでサッと煮る。「パコラ・カディ」というカレーで、これもご飯といっしょに食べるのがふつう。具のたまねぎのてんぷらが「パコラ」、ヨーグルトのソースが「カディ」だ。
 もともとインド西部の代表的なカレーだが、今では、具は揚げもののパコラだけではなく、生トマトの乱切りやオクラ、ゆでたじゃがいもなどの野菜類にしたりして、インド全土で供される。

 いかがだろうか。いずれも、かなり「通なメニュー」という感じがするのではなかろうか。

  こうした極端なものを別にしても、さまざまな手法でカレーをはじめとした各種料理にヨーグルトを使うのはインドでめずらしくない。日本でも手づくりカレーにヨーグルトを入れる方がいるかと思う。おそらくカレーの仕上げに加えてなじませるみたいな使い方ではなかろうか。一方インド・カレーでは、もっと手前の過程でヨーグルトを活用することが多い。

 たとえば、先にトマトのところでも紹介したカレーベースのマサラづくり。
 たまねぎとしょうが、にんにくを炒めたところにホールトマトを加えて、さらに炒めあわせる。ここでさらにヨーグルトを少し加えて、トマトやたまねぎとミックスするといい。ヨーグルトがコクとまろやかさを与えてくれる。気をつけたいのは、ヨーグルトを加えるとき火が強いとヨーグルトが分離したような感じになり、酸味やコクがとんでしまうことだ。火をグッと弱めるか、鍋を火から降ろしてヨーグルトを加えよう。

  先にお話ししたヨーグルトベースのチキンカレーでは、マサラに使うトマトを全量ヨーグルトに代えてつくるのが基本。たまねぎ、しょうが、にんにくを炒めたところにヨーグルトを合わせ、さらにスパイス、塩と鶏肉を入れてから、適量のお湯か水を加えて煮込む。たっぷりヨーグルトを使うのでできあがりはかなりの酸味かと思われるが、実際はそれほどでない。むしろ酸味はかくし味程度、材料全体から生じたコクがまさっている。伝統的な調理法では、たまねぎのスライスを大量の油で黄金色に揚げたいわゆるフライドオニオンを使うが、日本人にはちょっと難しいかも。

 ヨーグルトはインドカレーの世界ではトマトほど目立たない。しかし、渋い仕事を随所で確実にこなしている。いわば、いぶし銀の仕事師だ。


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