Taste of India



第6話 粒と粉、スパイスの奥深さ



 もとがおなじだからどちらか一方、とくに、つぶしたり挽いたりする手間が省ける分パウダーで用意しておけばいいのでは、とお考えの方もいらっしゃるだろうが、そうはいかないのがスパイス使いの奥深さである。

 実際のところ、ホール・スパイスをその場その場の一回ごとにすりつぶしたほうが、最初から粉末になっているものを使うより香りは断然いい。芳香の持続性、食品としての保存性においてもホールのほうが上だ。
 しかし、とっさの状況でパウダー・スパイスを使いたいとき、ホールしかないと困る。ホール・スパイスを粉末状にまで微細かつ均一に挽くには、ことスパイスの種類によってはかなりの時間と手間を要するのだ。
 パウダー・スパイスの必要性のひとつはここにある。

 インド亜大陸の料理では、調理の最初にホール・スパイスをオイルといっしょに鍋に入れて熱し、スパイスの風味をオイルに十分移してから、たまねぎやにんにくを加えて炒めはじめるというテクニックがある(テンパリングとかタルカ、チョーンクなどと呼ばれる)。
 この手法は拙著等でも頻繁に登場するが、ホールの代わりにパウダーを使うことはできない。
 粉末のままオイルに入れればこげてしまうし、粉末を後で加えると繊細な風味が生まれず、濃度だけが増したり、スパイスくささだけが目立ってしまう(多くのインド料理でクローブのパウダーがめったに使われないのが好例といえる)。
 ホール・スパイスで初めて生まれ出る香りのよさ。これぞインド亜大陸ならではの調理術の真骨頂だ。

 中には、挽き方の粗さ細かさで、風味に違いの出るスパイスもある。クミン、コリアンダーなどのほかブラック・ペパーもそんな典型だ。
 インドのほかフランスやイタリア料理の洗練された技法でも、粗挽きから微粉末までスパイス・ミルで臨機応変に調整しつつ、ブラック・ペパー独特の挽きたての香りと辛さを皿に添えていく(いうまでもなく粗挽きは香り高く辛さは控えめ、逆に細かいほど辛みが立ってくる)。

 結果的には、プロのインド料理人の場合、スパイスの種類によって一部はホールかパウダー片方(ホールのままが大半)、ほかはホールとパウダー両方を用意しつつ適材適所で使い分けていく。

 昔はターメリックも含め、もっぱらホール・スパイスだけを用意しながら、石でできたすり鉢やすり板、すりこぎなど使いつつ、毎食の調理ごとに挽いたりつぶしたりしていたインド家庭の主婦も、今や利便性や経済効率を考慮に入れつつ、パウダーで使うものはもとから粉末状のものを購入する。どんな料理も時代とともに変遷するのである。
                
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