Taste of India

第18話 主食について@〜小麦粉の活用



 インドを訪れ、野菜、ダール、豆、マトン、チキン、魚など各種素材のカレーを、ご飯にかけたり、パンにつけて食べてみる。
 当然ながらそれだけでおいしい。
 一汁三菜など、まるで要らない。カレーと主食のふたつだけで食事が成立する。これがインドの食事の基本形態のひとつである。

 カレーだけがおいしくてもダメなのだ。カレーと主食の素敵なコンビネーションがあってこそ、インドの食卓ならではの喜びがある。

 つまり、ご飯やパンといった主食にしても、カレー同様、やたら多彩なのが本場インドの状況である。

 ここからは、ベジとノンベジの区別なく、カレーにマッチしたインドの主食について、かんたんに説明してみよう。

 まずは小麦粉でつくるパン類について。
 インドの小麦粉は、ふすまをとらないいわゆる「全粒粉」と、精白したもの(日本でいえば中力粉程度のことが多い)の二種に大別される。
 これらを別々に、またはミックスしながら、いろいろなパンをつくるわけだ。

 パンといっても、多くはぺったりと平べったくて、フワフワとはしていない無発酵タイプ。イーストや酵母は使わないということである。粉と塩、水、そこにせいぜい少量の油脂をミックスするだけのことが多い。
 西洋や日本のパンとはまるで別物だが、かみしめるほどに小麦の滋味が口いっぱいに広がる感じで、慣れればとてもおいしいものだ。

 こうした無発酵パンの代表が全粒粉からつくる「チャパティ」。
 ペッタリと薄くて見た目は少々貧相だが、味の深さはインド小麦食の王道というにふさわしいもの。東西南北、インドの至るところで食べられている。

 ちなみに日本で圧倒的によく知られている「ナーン(ナン)」は本場ではまったくの少数派だ。
 主に北インドのムスリムの人々が食べるが、逆にほとんどのヒンドゥ庶民、とくに南の人々はまったくといっていいほど口にしないか、せいぜい「外食」で食べる「ハレの日の料理」である(ナーンは卵を使用するのでノンベジのパンだ。インドにある菜食料理店のナーンは実際にはナーンでなくローティのことが多いし、日本の場合ならば、本場流にいえば完全に掟破りのパターンとなってしまっている)。

 ナーンを大好きなムスリムの人たちにしても、家庭では焼かずに、タンドゥール窯のあるベーカリー、つまりは「ナーン屋」に行ってアツアツのを買ってくることがほとんど。インドのパン=ナーンというのはまったくの勘違いなのである。

 粉をこねるときには水を使うのがふつうだが、中にはまったく水を使用せず、代わりにミルクだけを使うリッチなものもある。ムスリムのパンである「シリマル」がその代表だ。「ナハリ」や「パヤ」という、骨付き肉のダシがたっぷり出たスープ状のカレーといっしょに食べると至福のおいしさである。

 パン生地を成形加工するテクニックにもいろいろある。
@シンプルに、麺棒や手のひらで薄くのばしていく(チャパティ、プーリ、ローティ、ナーン、クルチャ、シルマルなど)
 これらは当然として、さらに
A練って、まとめて、さらに薄くのばしてから、もう一度折り込んだり、ねじったりする(「パラタ」や「パロタ」などと呼ばれる、クロワッサンやパイ生地のような薄い層のあるパンになる)
Bまるでピザのように生地を空中高く何度も放り投げながら、極薄に仕立てる(イスラム食堂で食べられる「ルマリ・ローティ」という大きなチャパティ風の薄パンがまさにこれ。ルマリとはハンカチやスカーフのことらしい)
C「カレーパン」とはいわないまでも、じゃがいもの香味炒め、大根の香味炒め、インド製カッテージチーズであるパニールなどを中味の具にして詰めるというか、はさんでから、麺棒や手でのばす
D日本のインド料理店でも食べられる「ガーリック・ナーン」「カブリ・ナーン」「オニオン・クルチャ」のように、にんにく、たまねぎ、香菜、トマト、ナッツ、レーズン、ココナッツの果肉、ゴマなどをトッピングする。これまたピッツァの趣きでもある
 といった凝った手法もよく使われる。
 日本でよく食べられるナーンのみならず、多彩なおいしさに満ちているのが、インド式パンの奥深さだ。

 最終的な調理法もさまざまで、
@分厚い鉄板の上で焼く(チャパティやパラタ、ローティなど)
Aたっぷりの油でプックリと風船のように揚げる(プーリ、バトゥラ)
B土釜であるタンドゥールの内側に貼りつけて焼く(ナーンやローティ、パラタ、シルマル、クルチャなど)
C中には、いったん焼いたパンをちぎって、カレーといっしょに炒めたり、ごはんといっしょに炊き込んだりこともある
という具合。

 チャパティやナーンといった薄型の無発酵〜半発酵とは趣きを異にするパンの代表が「パオ」。小さな四つの山に分かれた山型食パンとバンズの中間みたいなもので、原則ひとつずつにちぎって供される。
 インド全国、路上のカレー屋台や庶民派スナック系食堂でよく見られるが、家庭や高級レストラン、ホテルなどで供されることはまれだ。
 砕いたジャガイモとトマトのトロトロ・ガーリック煮込み「バジ」といっしょに食べる「パオ・バジ」は、ボンベイ発の今やインド全国区の人気ストリートフードである。

 もちろん、インドにも西洋式のパンはあり、よく「ダブル・ローティ」と呼ばれる。

 地方やコミュニティによっては小麦だけではなく、米、大麦、とうもろこしや各種雑穀など、さまざまな穀類を挽いて無発酵の平べったいパンをつくり、カレーと合わせて食べたりもする(南インドの軽食として有名な「ドーサ」「イドゥリ」なども、考えようによっては、米や豆でつくった「パン」である)。
 その多くの発祥は良質の小麦や米の収穫しにくい地域での苦肉の策に由来するが、第三者的には、単純にも大地そのままの深い滋味に感動することしきりである。

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