Taste of India

第17話 「たまねぎひとつの奥深さ」〜「チキンカレーのバリエーション」



たまねぎひとつの奥深さ

 カレーづくりの決め手は何といってもたまねぎの炒め方にあるというのが、日本の料理書の常套句。もっとも、正確には「炒め方」というより「炒める度合い」のことだろうが。とにかくこがさないように、しかもあめ色になるまでよく炒めましょうというわけである。

 ところが、インドカレーの世界では、いきなりこのセオリーに反した過程から調理が出発することもある。何しろたまねぎを炒めないのだから。

 チキンカレーにおけるたまねぎを炒めない調理法には、次の3種に大別される。

@たまねぎを薄くスライスしてから、大量のオイルで揚げる。できあがりがきれいな黄金色になるよう、ちょうどいいタイミングで引き上げるのがコツだ。それをヨーグルトといっしょにミキサーにかけドロドロのペーストにしてからチキンと煮込む。
「フライドオニオン」と呼ばれるムスリム料理の高等テクニックだ。
Aたまねぎを半分から1/4に切り、それをそのまま沸騰した湯でゆでる。たまねぎが軟らかになったらミキサーにかけてペーストにして、チキンやスパイス類と煮込む。こちらはボイルドオニオン・ペーストという手法(はっきりいって、私はこのやり方はあまり評価していない)。
Bたまねぎそのものを使わない。そんなレシピの代表がコレ

 本場のチキンやマトンカレーでは、これらを含め、いくつかのたまねぎ処理が料理のスタイルや料理名に応じて手際よく展開される。
 
 また、一見オーソドクスにたまねぎを炒める調理にしても、実際には、できあがりの食感やカレーソースの濃度やトロみを考慮して、たまねぎの切り方は
@みじん切り
Aスライス
 のいずれかに大別される(さらには、スライスひとつにも、繊維に沿うのと繊維をカットする場合の2通りがあったりする)。

 炒める深さも
@透明になったらオーケー
A少し茶色っぽく色づく程度
Bしっかり全体が黄金色まで
 という具合に、地域性や料理スタイルに応じて各種ある。
 ただ「あめ色に炒めればいい」ということには決してならず、その点ではけっこうややこしい。

 しかし。
 別の見方をすれば、「たかが」たまねぎのアレンジひとつから、いろいろなチキンカレーが生まれるわけだ。これこそ、インドカレーの奥義のひとつといえよう。


チキンカレーのバリエーション

 たまねぎの調理法に加え、スパイスや香味野菜など副材料にも工夫をこらしつつ、全体の味つけやソースに多彩で深い創造力を競うのもインドカレーの醍醐味のひとつといえる。

 たとえば、おなじみのチキンカレーにしてみれば、トマトを主体にした味つけが日本のインド料理店では主流だろう。

 しかし本場は違う。
 トマト以外の食材を駆使しつつ、ひと味もふた味も違ったテイストのチキンカレーを、いともかんたんにつくりあげてしまうのだ。

 ここでは、そんな味つけの決め手となる食材ごとに、チキンカレーのバリエーションについて説明してみよう。

@ヨーグルト…とりわけ北インドのイスラム食堂レストランでは、揚げたたまねぎ(前述の「フライドオニオン」)とヨーグルトでチキンを煮込んだカレーが多く、これがまたバツグンにおいしい(多くの日本人は、プロの料理人も含めてこの調理法に気づいていない)。コクと風味がトマトベースとは異なる。味の補助としてトマトを加えることもあるが、あくまで少量だ。
A青唐辛子と香菜(コリアンダーの葉)…ふたつをワンセットにして考えた方がいいかも。それくらいインドではともによく使用される。生ハーブ独特の香りと風味の相乗効果で断然カレーがおいしくなるわけだ。刻んだりすりつぶしたりして、たっぷり鍋にぶちこむこともある。うれしいことに、本場でチキンカレーに使う青唐辛子は、日本ではししとうで代用できる。なぜなら、辛さではなく、香りを楽しむ食材だからだ。
Bアーモンド、カシューナッツなどのナッツ類…水、ヨーグルト、生クリームなどとミキサーにかけて、ドロドロのペーストにしてからカレーに加えることが多い。アーモンドの場合はときとして皮をとる。またナッツ類を水に浸けたり、素揚げしてからペーストにすることもある。濃度とコクがグンと増すが、入れすぎるとクドくなって味つけが単調になるので要注意(日本のインド料理店には、このパターンに陥っているところが多い)。
Cミントの葉…乾燥ミントではなくフレッシュのミントの葉を刻んだり、すりつぶしてからカレーソースに入れる。ただし、チキンよりはマトンに使うとより効果的。結果、本場のマトン料理ではほとんど必需品になっている。
Dケシの実…あんパンの上のつぶつぶ、あれがケシの実。トロみとコク、さらには独特の風味のある渋い食材だ。すりつぶしにくいが、ナッツ同様にすりつぶしてから使う。
E生クリーム、牛乳…コクが増すが、しつこい味にもなる。ナッツ類と同じく、料理人のセンスがシビアに試される食材。
Fココナッツ…削った果肉を使うこともあれば、白い絞り汁を使用することもある。もっぱら南インドで多用される。
Gザクロの実…乾燥させた中味の粒をすりつぶすなどしてカレーソースに加える。北インドからパキスタンにかけてのムスリム料理人の裏ワザ。独特の酸味と香りが決め手だ。
H酢、タマリンド…どちらも酸味づけに使うが、くさみ消しや防腐効果も見逃せない。南インドやゴアのカレーに使用される。

 ほかにもまだまだあるが、これくらいにしておこう。
 こうした副材料を主材料であるチキンを各種スパイス、さらにはたまねぎなどの香味野菜とマッチさせながら、さまざまなカレーに仕上げていくわけだ。
 材料と調理法で料理名も変化するし、同じ料理名でも地域や料理スタイルでレシピ内容と出来映えは異なってくる。一般の日本人がこうした区別を瞬時に理解するのは容易ではないが、インド亜大陸に行って
「このチキンカレーには何が使われているのかな」
 と類推しながら味わうのも、本場ならではの醍醐味といえよう。

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