Taste of India

第15話 「豊穣なる菜食カレー」&「インド人は豆が大好き」



豊穣なる菜食カレーの世界

 日本の食生活では、鶏、牛、豚のスープ・ストックや、かつおぶしや煮干しなどのだしを調味のベースにした料理が圧倒的。だから、本来的なベジタリアン・ライフを実践するのはたいへんに骨が折れる。が、これがインドであれば話はぜんぜん別となる。

 インドでは野菜や穀類、豆類、乳製品といった菜食食材が質量ともにじつに豊富だ。だから無理をしなくても、野菜や穀豆類、乳製品だけで十分にぜいたくともいえる食卓を囲むことができる。
 インド国内の研究発表でも、同国のベジタリアン食文化が今日まで連綿として維持発展されてきた理由として、宗教戒律のような精神性の影響より、食材と調理法が豊富であるため肉や魚を口にしなくても満ち足りた食生活を実現できる現実性を指摘している。

  たとえば、野菜カレーの豊富さだけでも生唾ゴクリだ。
 ちょっと思い浮かぶだけでも、じゃがいもやにんじんといった日本人にもなじみの深いものから、大小さまざま、色もふつうの藍色だけでなく白いものなどもあるインド原産野菜の代表なす、日本ではきゅうりのほかはあまり食卓に上らなくなってしまったうり類、オクラ、ゴーヤ、いんげんなど各種の豆、だいこん、かぼちゃ、たまねぎ、長ねぎ、カリフラワー、ピーマン(というよりは大きな青唐辛子)、トマト、コールラビ、ビーツ、ほうれんそう、からし菜、つるむらさき、アマランサス、青いバナナ、パパイヤ、ジャックフルーツ、れんこん、バナナの茎、そのほか日本にないものも含めて、ありとあらゆる野菜と果物を、季節、体調、気分などに合わせて、汁のあるシャバシャバのカレーからトロッとした煮物、さらには汁なしのスパイス炒めまで、これまたありとあらゆる調理法で口にする。パイナップルやマンゴーを具にしたスウィートなフルーツカレーだってあるくらいだ。

 スパイスの使い方や主材料はもちろん、調味用の副材料の組み合わせをも自在に変えながら、ほとんど無限ともいえるバラエティを創出しているのがインドの野菜カレーである。


インド人は豆が大好き

 インド人のベジタリアン・ライフ、いや、ノンベジを含めインド・カレーを代表する食材と料理を語るとき絶対に欠かせないのが、豆類の存在である。

 中でもインドのみそ汁にもたとえられる国民的カレーが、各種挽き割り豆の香味煮込み「ダール」だ。ちなみにダールという語は「挽き割り豆」という食材自体を意味すると同時に、そうした挽き割り豆を主材料にした「挽き割り豆の煮込みカレー」という料理名をも指す。

 食材としてのダールには多くの種類がある。代表的なのは以下の通りだ。
ムング・ダール…日本ではもやしに使われる緑豆のこと。皮つきだとグリーン、皮をとるときれいな黄色になる。タイやベトナム、中華料理ではお汁粉風のデザートなどにして供されることも多い
マスル・ダール…欧米でレンズ豆やレンティルと呼ばれるものにほぼおなじ。平べったくてきれいなサーモンピンクだが、煮ると黄色になる。ムングとマスルのダールはくせもなく、比較的食べやすい
チャナ・ダール…ひよこ豆やガルバンゾーと呼ばれる豆の一種を挽き割りにしたもの。ほかのダールに比べて食べ心地がやや重い。挽き割りにしないひよこ豆のカレー、チャナ・マサラとも味は異なる
ウラド・ダール…表皮は黒だがダールにすると白くなる。南インドでは煮込んでカレーにして食べるより、すりつぶしてから発酵させてパンやスナックの生地にすることが多い
トゥール・ダール…これを使ってつくる野菜と豆のカレー「サンバル」は南インド人にとってみそ汁のような存在。見た感じはチャナ・ダールによく似ている。ほかのダールは日本でも手に入れやすいのに対し、入手がかなり難しい

 もちろん、各種ダールを使用した煮込みカレーのレシピにしても、インド津々浦々いろいろなやり方があって飽きない。
 たまねぎすら入れず、ただひたすらトロトロと煮たダールを塩とクミン・シードだけで味つけしたシンプルきわまりない煮込みから、にんにくやしょうが、たまねぎなどの香味野菜、さらにはトマトなどの副材料を適宜加えたもの、果ては数種類のダールを合わせて煮込んだり、バターと生クリームをたっぷり加えて仕上げたリッチなものまで、ダール・カレーのバリエーションはインド全国じつに豊富だ。

 ノンベジであれば、ダールといっしょにマトンやチキンを煮込んだカレーもあるし、お米とダールをともに煮込んだおかゆなんて料理もある。場所によっては、わざわざダール用の豆を発芽させてもやしにしてからカレー味で煮たり、サラダ風の和え物にしたりもする。

 インドの人々は、挽き割りでない、つまりはそのままの形をした各種の乾燥豆も、水につけて戻してからさまざまなカレーにする。日本のインド料理店でも人気のチャナ・マサラはその代表格だ。カレーにする豆の種類、レシピのバリエーションたるやダール・カレー同様、日本の煮豆どころではない。豆の形をしっかり残してきれいに仕上げたカレーもあれば、原形をとどめないまでじっくり煮込むものもある。汁気たっぷりのシャバシャバからトロリとした濃厚なものまで千差万別なのも、ダール・カレーとおなじだ。

 大都市から田舎の村まで、インド中どこのマーケットにも必ずダールを含めた乾燥豆を売る店がある(スパイス屋が同時に豆を扱っていることもあるし、豆だけの専門店のこともある)。ダールと各種豆類を合わせて、少なくとも常時10種以上はズラリとそろえているはずだ。

 インドの家庭に行くと、いわゆる圧力鍋の普及ぶりに驚かされる。ダールを含めて、水につけた豆を短時間に軟らかく煮上げるのに使うのだ。冗談ではなく、食事の支度時間に合わせてインドの住宅街を歩くと、そこかしこから「シューシュー」「ピーッ」という圧力鍋独特の蒸気抜きホイッスルの音がけたたましく聞こえてくる。

 ベジ、ノンベジの食卓ともに大活躍することや各種栄養が豊富なことからすれば、野菜カレー以上に、ダールに代表される豆類はインド人の食生活にとって重要な存在といえよう。

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