Taste of India


第13話 ベジタリアンについて


 インドの食文化を語るとき避けて通れないのがベジタリアン、いわゆる菜食主義者の存在だ。
 インドでベジタリアンといったら、通常は肉、魚、卵まで食べない人たちのこと。
 それも、もともと健康面を考えてとかいうことではなく、ヒンドゥ教やジャイナ教といった宗教上の殺生に対する観念を動機として発祥しているのがもっぱらだ。つまりは肉体の健康より、精神の浄化を目指して、菜食を実践しているのである。

 ベジタリアンから見るとノンベジタリアン(通称ノンベジといわれる非菜食の人たち。彼らにしても、肉はいいがエビはダメとか、曜日によって肉類を食べないといった、日本人から見ると奇異にも映る規律を自ら課していることが多い。もっとも、納豆やのり、刺身など何でも食べる日本人の方がインド人にはよっぽど奇異らしいが)は、我慢が足りないというか卑しいというべきか、「あいつら肉なんか食べるんだぜ」という感じで、野蛮人を見るがごとく、ちょっとバカにした態度に出ることがある。

 ちなみに、日本人でしかもベジタリアンだというと、インド人は少し尊敬したまなざしで見てくれる。

 ある種の神秘性をもってベジタリアンの食世界を強調したり、たとえば、建国の父ガンジー翁がそうだったからということで、インドの人々の大半がベジタリアンであるかのような錯覚をもつ人が日本にいるが、事実は意外にもそうではないらしい。
 なんと、インド人の過半数は肉や魚、卵などを口にすることのできるノンベジであり、ベジタリアンは全人口のせいぜい三割程度とする政府の統計データがあるのだ。
 インドの街々にあふれる菜食レストランの大繁盛ぶりを見るととてもそんな感じはしないものの、菜食主義の本場でもベジタリアンは統計上少数派ということらしい。

 インドのベジタリアンの食生活を眺めていて不思議に思えることはいくつかあるが、そのひとつがケーキなどの生地に練り込まれる卵だ。

 最近は大都市を中心として、西洋式のケーキがインド人の食生活に侵入している(見てくれも野暮ったいが、さらに味が日本のとは大違い。やたらワイルドというか、洗練や繊細さという語とは対極にある代物である。伝統的なインドのお菓子同様、歯が溶けるくらいに甘いのがふつうで、こんなものを日本のケーキ屋がつくって出したら一発で即、店はつぶれるはずだ)。

 奇妙なのは、そうしたケーキをおいしそうに食べているベジタリアンがいることである。これらの生地には卵が練り込んであることがあるはず。それを平気で食べるのはどうもおかしい。部外者の旅人にはそう見える。
 菜食主義者は、カレーをはじめ、そのほかの食品にも卵が入っていると判明した場合は食べないのが当然である。日本で有名なナーンについても、卵が使われているからといって、菜食主義者は食べないのがふつうなくらいだ。

 ケーキ好きのベジタリアンのひとりに理由を聞いてみると「形が見えないからいいのだ」とのこと。ナーンだって卵の形は見えないぞ。旅人には甘味に目のないインド人の方便にしか聞こえない。

 ちなみに日本でも有名なサーティーワンアイスの店が、マドラスでオープンした際の告知ポスターを見たら、きちんと「ノー・エッグ」と記してあった。やはり、気にする人は多いらしい。

 たまねぎやにんにくはもちろん、さらには土中の虫を殺さないように根菜までも食べない厳格な「ベジタリアン」がいる一方、ケーキの卵はオーケーという「ベジタリアン」もいる。不思議な多様性にあふれているのがインドの菜食主義である。

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