Taste of India

第11話 インドカレーの濃度


 本場のカレー未体験者がはじめて訪れたインド亜大陸で大いに驚き、ときに大いに混乱するのはカレーの色よりもむしろ形状や形態、とくに濃度についてのバリエーションであろう。
 何しろ、日本のカレーライスならばシャバシャバとトロリのふたつに大別されるところ、インドの場合、段違いに混沌たる状況なのだから。

 結論から先にいえば、日本だったら絶対にスープとしか認識されないような摩訶不思議な代物から、多くの日本人が抱く「インドカレー」のイメージとほぼ合致しそうなシャバシャバ系、さらにはドロッと濃厚なソースが具にまつわりついたものから、果てはまるで汁気のない炒め物まで、すべてが「カレー」という料理として、インドでは立派に通用している。
 つまり、それらのどれもこれもが、ごはんやチャパティのような主食にかけたり、つけたり、ひたしたりされながら、日本のカレーライスと同様、日々家庭の食卓で食べられているわけだ。まったくもって始末にわるい世界である。

 じつはカレーの汁気についてはインド料理における「カレー」の定義と相関して、日本のインド料理マニアたちの間で(そんな人たちがいったい日本にどのくらいいるか、まるで不明だが)しばしば議論となるところでもある。

 デリーやボンベイなどのいわゆる「北インド料理」では、おなじチキンのスパイス煮でも汁気の多いものは「チキンカレー」、汁気が濃くて汁自体少なめのものを「チキンマサラ」と呼んで区別する(当サイトでも随所に出るお話だが、インド関連業界では、よくインドを南北に分けて比較しながら語る。北インドの料理はレストランと家庭料理の差異が明確で、ナーンやチャパティといった小麦粉食と相性のいいカレーが多い。どちらかというと濃度のあるトロリ系が主流だ。対する南インドはお米に合う料理が主体。スープ状のシャバシャバカレーもよく目につく。ちなみに日本にあるほとんどのインド料理店が北インド流である)。野菜料理も汁の多い「野菜カレー」のほか、トロッとした濃いソースの「マサラ」、さらには汁気のない香味炒めを「サブジ」などと分類する。
 よって日本のインド料理関係者は、こうした北インドの状況に準ずる形で汁気の多いものだけを「カレー」といい、それ以外の料理と明確に区別していることが多い。

 一方、私は必ずしもそうした考えをとらない。
 むしろスパイス煮やスパイス炒め類を全部ひっくるめて、つまりは汁があってもなくても、すべてを総称してインドカレーと呼んでさしつかえないとまで考えている。
 なぜか。たとえば、インド第四の人口を誇る大都市マドラス(現チェンナイ)を中心とした南インド(通常はタミル・ナドゥ州、ケララ州、アーンドラ・プラディシュ州、カルナータカ州の四州を指す)では、肉料理におけるカレーとマサラの汁気の違いは北同様に一応あるものの、野菜の汁なし料理については平気で「カレー」といったりするのだ(「ドライカレー」と表記した料理店や料理書も少なからずある)。

 よって当サイトでは、汁のあるなしに関わらずスパイス煮込み、炒め、蒸し煮等を総称して「インドカレー」とする。
 はっきりいって、ごく一部の人たちを除いてどうでもいいことだが、チェックの厳しい御仁もいるのでひとことお断りする次第。マニアのみなさんは、そのつもりでお読みいただきたい。

 本題に戻ろう。本場にはシャバシャバからまったくの汁なしまで、じつに幅広い濃度のバリエーションがあるのだが、インド家庭の食卓では、汁なしと汁気たっぷりのカレーを最低一品ずつ用意して主食とともに食べるのをよしとする傾向がある。
 味、食感、栄養のバランス、さらにはごはんやパンとの相性からも、汁のあるなし両方を一度に楽しめるのはうれしいもの。
 できれば日本でインド風カレーをつくる際も、汁の状態を考えた複数のメニューを組めるといい。おいしさが倍増すること請け合いである。
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