Taste of India


第10話 インドカレーの色


 よくいわれることではあるが、通常カレーが黄色いと考えられるのは(実際に黄色く見えるかは別の話だ。詳しくは後で)ターメリックというスパイスによる。日本でも「うこん」という名前で、繊維を黄色く染める際の染料やたくあんの色づけなどにも使用されてきた。意外にも日本人の食生活になじみの深い香辛料である。
 昨今日本で食べられる固形ルーのカレーは黄色があまり目立たず、むしろ茶色系の仕上がりになることが多いが、それでもちゃんとターメリックは入っている。

 一方、本場インドのカレーの色を総じていえば、現代日本のカレールー同様に茶色系がメインといえる。 きれいな黄色のインドカレーというのはむしろ少ない。
 実際のところ、ターメリックもインドカレーのトーンを構成する重要な要素ではあるのだが、クミンやコリアンダー、ガラム・マサラといったスパイス類やたまねぎを炒める行程など、全体を茶色っぽく染め上げる食材や調理法が色彩的に勝ってしまうからだ。

 余談だが、インド料理が写真などビジュアル的にどうも今イチなのも茶色い料理が多いせいだろう。

 日本で出版されたインド関連の書籍には「ターメリックを使ったインド料理がカレーであって、どんなカレーにもターメリックが使用される」と書かれたものもあるが(NHK出版の『人は何を食べてきたか カレー、醤油』など)、これは完全に間違いである。ターメリックがまったく使用されないカレーもインドに行けば山ほどある。

 最近は日本でもほうれんそうのカレーがポピュラーになったため、緑色のカレーを見てもあまり驚かなくなったが、インドには、ほうれんそうを使わないのにきれいなグリーンのカレーもある。大量の青唐辛子やコリアンダー・リーフ(香菜)、ミントの葉などをすりつぶしてカレーのベースに混ぜるからだ。
 とくに南インドでは、こうした生ハーブ類や青唐辛子をココナッツとミックスすることでクリーム色がかったライトグリーンのカレーをつくる。心なごむ美しさだ。

 やたら赤いカレーもある。トマトをベースにした場合は当然赤くなりやすいが、中には大量の赤唐辛子のためレッドカラーになっていることもある。食べるのに少々勇気が要るかも。

 インド式バーベキューの代表がタンドゥーリ・チキンだが、日本ではやたら真っ赤なものをよく見かける。あれは唐辛子のほか食紅の使用による発色だ。ちなみに本場インドの良心的な料理店では、こうした色づけを不自然なものとして排除する傾向にある。日本のインド料理店は遅れているようだ。

 白いカレーもある。ヨーグルトや牛乳、生クリーム、あるいはココナッツの果肉の白いしぼり汁をたっぷりとソースに使ったもので、たいていは色味をより鮮やかにするため、あえてターメリックは少量しか加えない。ただし白くても辛いことが多々あるので、注意が必要だ。

 赤と白がミックスされて、きれいなピンク色になっていることもある。たとえばデリーやボンベイ(現ムンバイ)の一流ホテルのレストランで、タンドゥーリ・チキンのひとくち切りをトマトと生クリームのミックスソースで炒め煮にした「バター・チキン」というカレーをオーダーすると、鮮やかなピンクのカレーが出てきて感動したりする。ナーンやローティ(全粒粉の生地をタンドゥールで焼いた滋味深いパン)で食べればバカウマだ。

 むしろ少数派ではあるものの、さすがに鮮やかな黄色のカレーも存在する。ただしこの場合、ただターメリックを増量すればいいということではないので、話がややこしい。
 材料の配合や調理のやり方次第で、カレーの色は冴えもするしくすみもする。実際ターメリックを入れすぎるとかえって汚い色になるし、できたカレーも粉っぽかったり変な苦みが出たりする。
 一般的傾向として、シンプルな材料でスピーディに仕上げたカレーが鮮やかな色調をもたらす。だから、チキンやマトンをじっくり煮込んできれいな黄色に仕上げるのは至難の業だし、逆に短時間でできる野菜やシーフードのカレーにきれいな黄色が多い。ターメリックの代わりに高価なサフランを用いて美しいイエローを演出したカレーもある。

 カレーではないが、野菜のコロッケをカルカッタの露店で売っていたので、さっそく買って食べようとふたつに割ってみたら、中味が赤紫色でのけぞったことがある。ボルシチの色づけなどに活躍するビーツが具に使われていたのだ。インド亜大陸でビーツはきわめてポピュラーな野菜である。

 食べたものの色がわからないこともある。
 現地に行かれた方ならば心当たりがあるだろうが、インドのレストランや食堂の場合、異常とも思えるくらいに店内の照明を低下させて、ほとんど真っ暗に近いような状態で食事させる飲食店がある。こうしたところで食べるカレーを、私は「闇カレー」と呼んでいる。

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