歌集 五

早朝の畑の中より声がする
         分譲農地の野菜の影より
手を上げて吾子はマラソン私は速歩
         行き交う時の何時ものサイン
タイ米を不味い等と文句を言うな
         木の芽も食みた遠きひ思えば
延々と菜の花畑がつづく道
         蝶を追いつつ幼なに還る
心地良く畦に佇みさみどりの
         早稲田の苗に風吹き渡る
茶湯してご先祖様と対話する
         子にも孫にも伝いおきたく
母親の萎みし乳房をくわえたる
         ソマリアの児等の瞳は虚ろ
捨て苗を貰いて畑に植えにけり
         咲く花描き水を与える
サポータと手袋はめて書く文字は
         指頼りなき初夏の風にも
亡き父の五十回忌の供養にと
         五百巻の写経を終える
陽照りの赤きトマトを一つもぎ
         水撒きしつつ丸ごと齧る
きんさったか優しき言葉を頂きて
         年齢追う程に故郷恋し
握手したその手に残る温もりを
         母の如くに想いて眠る
日毎の悲しき事に合う度に
         父母亡き事を有難く思う
今の世とあの世を繋ぐ掛け橋を
         渡りそめずに今在る生命