法話
 

「お大師様と共に」



昨年二つの出来事が報道され話題になりました。

一つは小学生の児童を持つ母親が学校に対して「給食を食べる時「頂きます」と言わさないで下さい。家の子には給食費をきちんと払っているのですから」との投書でした。後にこの意見が正しいかどうかでマスコミを通じ論議されました。
今ひとつは、週刊誌に報道された記事ですが、幼児を抱いた若いおかあさんが交差点で立ち止まり信号待ちをしていた時、脇に立ち止まった年配のご婦人が、「可愛いお子さんですね、何歳ですか」などと母親に語りかけますと、そのお母さんが真顔で「ガキを連れてるとババアがうるさい」と大きな声で返答したと言うのです。
この二つの出来事は今の世相を表現する出来事でした。

今問題とした人々を育てた環境は日本経済の大きな変革発展の中、心より物、仏壇、神棚のない核家族、心をお金であてがわれて育った年代です。その結果自分の立場をダイレクトにしか見ることが出来ず、「お金を払っているから、「いただきます」を言わなくても良い」「何処の誰とも分からない他人に、一々返答しなくても良い」と親たちが無言の後ろ姿の中で教えた結果です。

携帯電話やパソコンを上手に扱うことが出来るけれど、神仏を通じて今生かされている自分の命の流れ、立場を見ることの出来な子供に育ててしまいました。

「宗教と教育は後ろ姿で教えるもの。」とはよく言ったものです。わたしの今の年代になると思い出されるのは、両親が何時も仏の前で祈り続けていた姿であり、「お大師様、皆様のおかげで」「人様にご迷惑掛けないように」との言葉でした。そうした何でもないような日常の出来事が何十年経って今心の指針になっているのです。 

今年も自分の為に、愛する人々の為に,気張らず静かにお大師様と向き合う信仰生活を送りたいと願っています。