法話
 

言うな地蔵

         
 私が石川県に布教にお邪魔した時です。地元寺院の住職に「この地区に「言うな地蔵」という、地元で大変人気があり、信仰されているお地蔵さんが有るので」と案内されました。 県境の旧街道の小高い峠の頂上に、何の変哲もない苔むした小さいお地蔵さんが立っておられました。

 そのお地蔵さんのいわれをを聞きますと、江戸時代の末期に里に泥棒が入り、その泥棒は守備よく多くの物を盗み、この峠まで逃げてくることが出来た。「ここまで来ると、追っ手は来ないであろう」と安心して、荷と腰をおろし、ふと後ろを振り向くとそこにお地蔵さんが立っておられた。泥棒はビックリして、とっさに「俺のことを見たな。誰にも言うなよ」と言ったそうです。するとそのお地蔵さんが「お前の事など誰にも言わん。でもな一番苦しむのはお前なんだぞ」と言われたそうです。
 その泥棒は利発であったのでしょう。「そうか罪を犯し、その罪を一生誰にも言わず、背負って行くことがどれほど苦しいことか」と悟り、改心し盗んだ物を里まで戻しに行った事から、誰が名づけるとも無しに、このお地蔵さんが「言うな地蔵」と呼ばれそれ以後今日まで広く信仰され愛されているとの事でした。

 全国各地にこうしたいわれを持つお地蔵さん、観音さんが沢山有ります。
 野辺に立っているお地蔵さん 観音さん等の仏さまは言葉を発せませんが、その言葉を察するのも察しないのも私達次第だと言うことです。

 仏教で最も重要とされることは、清浄であることだとされてます。何時も身心のクリ-ニングに心掛け仏さまの言葉を心に写しましょう。