実生接ぎ 平尾 博 | ||
Webシャボテン誌掲示板に実生接ぎに関しての質問が寄せられた。現在ではすっかり一般化してしまった実生接ぎだが、起源は比較的新しい。私の知る限りでは1950年代の終り頃である。 東京・上野の松坂屋の近くで印刷業を営んでおられた平田藤男さんが考案されたのが最初と思う。それ以前に刊行されたサボテン関係の栽培書に実生接ぎの記事が出たことがないので、私は平田さんを元祖と信じている。氏の栽培環境はかなり悪いほうで、国電(JR)沿いの屋上フレームは電車の通過のたびに震動する。日照は朝9時から午後2時頃まで。当然、植物の生育は平均以下だから少しでも人並みに作りたい、と言うのが動機で接ぎ木の研究をはじめられたらしい。 |
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実生接ぎされたサボテン 牡丹類の実生接ぎ(接ぎ木後3月8mm) |
やり方は改めて記すまでもないと思うが、生えたばかりの水玉のような幼苗をつまみ上げて指の腹にのせ、安全カミソリか何かで胴切りし、幼苗に見合った若い台木(三角柱)の先端近くを切った断面に乗せる。 作業はそれだけであるが何せ対象が微細なので慎重さと器用さが必要である。平田さんの言葉で思い起こすのは、最適の条件にある台木の選択を強調されたことである。刃物を入れる位置も勿論大事なポイントである。カンの世界だから経験を積んで覚えるしかない。 接木作業が済んだものはどうするか。平田さんによれば風の強い日、晴天の日は押入れに入れるという事であった。穂と台木の相性について。平田さんのやり方だと外皮の固い種類のほうが成績はよい。牡丹類、精巧丸、兜など。実生接ぎ実行の最速の例は発芽3日目の帝冠と聞いた。 うまく行かない例としてマミラリアの雲峰を挙げておられた。台木が三角柱以外のものだったら事情は違うかもしれないが、私が平田さんの講義を受けた時は三角柱一辺倒だった。 丸一日もすれば活着するが、当分の間強光は避ける。外気温30〜40℃に保ち空中湿度を十分に与えることが重要である。うまく行けば驚異的な成果が期待出来る。平田さんの例では姫牡丹実生接ぎが8ヶ月で径1cmとなり開花した。 |
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牡丹類実生接ぎの開花 |
日本で実生接ぎが普及しはじめたニュースはすぐに欧米にも伝わり、どこかの国の会報で取上げられたと聞いたことがある。台木は三角柱以外のものでは、キリンウチワがいいという情報を齎らしたのは中島巌さんと記憶する。中島さんはその頃オランダに滞在し、ヨーロッパ各国の趣味家、学者等と交友していた。 そういう事もあってわが国でもキリンウチワを台木とする実生接ぎが徐々に広まって行った。キリンウチワの実力については多くの人が実感している所であるが、実験結果の詳細な発表は意外に少い。私の知人の清水秀男さん(熱川バナナワニ園)の報告の概要を以下にお伝えする。勿論ご本人の承諾を頂いてある。 |
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実生接ぎ2種(サボテンと多肉植物より転載) 団扇サボテンの接ぎ木実験 |
<台木としてキリンウチワ> 温暖期に本格的に育つと一週間で10cmも育つ。軟らかく育った先を15〜20cmに切り4号鉢に3本さし木。約2週間で発根、1ヶ月で旺感に伸び始める。その頃が接ぎ木の好期。 <効果的なつぎ方> 穂にする実生苗は発芽後3ヶ月〜半年位のものが活着率も、生育もよい。(三角柱の場合は発芽後1週間〜1ヶ月位がよい)最も効果的なのは秋に穂子をまいて翌年の5月以降順次接ぐこと。但し、台木の状態を5月にトップに持って行くには余程頑張らないと大変。 <接木のやり方> カッターナイフで新芽の先(生長点の2〜3cm下)を穂木の大きさに合わせて切って乗せるだけ。あとは棚下か室内におき直射日光をさける。高湿度の維持が大切。一週間すればOK。曇か雨の日に接ぐのが実生接ぎの常識。通常の栽培に移すにも曇の日を選ぶ。台木の水切れは禁物。 <種と相性> 近縁のウチワサボテンが最もよいが、孔雀類、刺もの、エキノケレウスなど大抵のものによい。1例・ツルビニカルプス接木後3ヶ月で開花。象牙丸は実生15ヶ月で開花。ディスコ・ホルスティーは1年で開花。月宮殿は2年で10cm。相性が悪いのは白斜子。月世界の類。 <その他の注意> キリンウチワは接がずにそのままおくと10月には生育をとめるが、何か接いであると正月でも育つ。落葉すると元気がなくなる。高温多湿で元気な太目のものを作ること。接ぎおろしは、台木が元気なうちに台木を2〜3cmつけたまま行う。トゲはかなり痛いので取り扱いに注意。 |