暖かい。私は胡乱な意識でそれを意識する。ここはどこだろう。私は誰だろう…
とろりと蕩けそうなまどろみ。その悦楽の中に私はいた。そしてその悦楽がいつまでも続く事を知っている。なぜだか解からないがそう確信がある。
 目を開ける。ぼんやりとかすんでよく見えない。私は近眼だったのだろうか。いや、老眼だ。
私は年寄りだった。白い天井と飴色の家具が見える。高級そうだというのがなんとなくわかった。
私はベッドに寝ている。柔らかく、暖かい布団だ。だが血がついている。何度も洗われたようだが、しみになって取れていない。私の血だ。
 その時私は思い出した。恐ろしくも愛しい私の女神、いや魔女の事を。自分の名前は忘れても彼女の事だけは覚えている。なにしろ私の布団にある血の染みを作ったのは彼女なのだから。サマンサ…どこだろう。さみしいよ。一人にしないで。
「お目覚めですか。旦那様。どうしたんですかそんな顔して。私はここにいますよ。安心して…ね、いい子。さあ、お食事の前に薬を飲みましょうね…」
 顔を横に向けるとショートカットに栗毛の彼女の姿が見える。利発そうで、それでいて妖しい妖気を発する彼女。彼女は冬の朝日のように微笑むと薬を挟んだ指を私の口に入れてくる。私は舌で薬を舐め取ると彼女の指を舐め愛撫する。丹念に。昔は苦痛だったこの作業が今ではたまらなく幸福になっている。
「あっ…そう、いいですよ。気持ちいいですよ…あっんん、上手になりましたね…いい子、とってもいい子ですよ。旦那様は」
 サマンサが優しく私の頭を撫でる。私はうれしくなった。もうすぐだ。もうすぐあれが来るはずだ。
 来た。来た来た来た来た
 サマンサは私の喉奥に指をさらに突っ込む。手首まで私の口の中に入ってしまった。
サマンサの指が私の喉を引っ掻き回す。粘膜が傷つけられる。すさまじい嘔吐感と苦痛。
だが私は幸福だった。今の私にとっては苦痛は堪らない悦楽だった。呼吸が、止まりそうになる。心臓が悲鳴を上げる。いっそ、呼吸を止めてしまいたい。サマンサは私を殺したいほど愛してくれているのだ。それが実感となって伝わる。だがここで死んでしまってはもうサマンサに愛してもらえなくなる。
それに、吐いたら、お仕置きが。あの恐ろしく狂わしく甘美なおしおきが
「そう、いい子ですね。気持ちいいですか?旦那様。気持ちいいはずですよね?だってそうなるように私がちゃんと教えてあげたんですから…吐いちゃ駄目ですよ?お仕置きされたいんですか?どうなんですか?」
 私は快楽と苦痛で頭が真っ白になって答えられない。わからない。されたいのか。されたら食事がおくれてしまう。腹が減った。ああ、でも、あの、あの快楽は
 私は頷き、嘔吐した。黄色い胃液がサマンサの顔にも、シーツにもかかる。
「そう、そんなにお仕置きされたいんですか。おねだりが上手ですね。旦那様は。
でも、わかってますね?お仕置きが終わるまでお食事はありませんよ。でもその前に…」
 サマンサは白磁のような顔についた私の嘔吐物を酔ったような甘い顔で舐め取る。
シーツを取り、シーツについた分も余すところなくしゃぶっていく。
「ああ、おいしい、とってもおいしい…ああ、旦那様。旦那様の反吐…」
サマンサは私の嘔吐物を舐めとり終わるとバネ仕掛けのように飛び起き無表情になると新しいシーツを持って来るために外に出る。そしていつもの道具を持って来るために。
 いやだ。行かないでくれ。怖いよ。そばにいてくれ。
「少し待っててくださいね、旦那様。ほんの数分ですから。そんなさびしそうな顔しないで…ね?旦那様はいい子でしょう?違いますか?待てますよね?それとも私がいなくなると思ってるんですか?そんなに私を信用できませんか?そんなはずはないですよね?そうでしょう?!」
「ああ…はやく、かえってきて、サマンサ。君がいないと…」
 サマンサはマシュマロのように白くやわからい頬に笑みを浮べる。
「そう、それならいいんです。大丈夫。すぐに戻ってきますから…それまで、これで我慢しててください」
 シーツを取った私の体は両足と両手首が無かった。全てサマンサがやったことだ。
 サマンサはその足の断面に朝食用のナイフを刺す。そしてそれにスタンガンを当てた。
スイッチはONになったままの状態だ。全身に電流が走り、私の体は痙攣する。
サマンサはドアから出て行ってしまった。私は足にから全身に走る激痛に叫び声を上げる。
 痛い、全身が焼け付くようだ。だが、ああ、幸せだ。でもさびしい。早く、戻ってきてサマンサ。

 私はサマンサとの過去を思い出す。いつだったか。足を切られたのは…
最初は…私が彼女を犯した。そのために雇ったのだ。借金漬けにして手に入れたおもちゃ…だった。
今考えると笑ってしまう。私は彼女のオモチャだ。そして宝物だ。丁度子供が誕生日にもらうプレゼントのような。彼女が飽きれば捨てられてしまう。そうなったら私は死ぬだろう。怖い。とても怖い。
 初めて犯した日、彼女は笑ったのだった。くすくす、くすくすと、低く、冥府から流れてくるような暗い声で。私は彼女を殴った。恐れたのだ。彼女の底知れない心に恐怖した。それが腹立たしくて殴った。
 彼女は…殴られた後をうっとりとなでさすった。まるでわが子の入った腹を撫でる妊婦のように。
そして彼女は姿勢を正して「ありがとうございます、旦那様」と言った。
私は少し満足した。それからは昼は普通のメイドとして、夜は淫買として彼女と交わった。
 その度、彼女はうっすらと笑って私の出したものを舐めたのだ。だがその時の彼女は何も無駄な事を言わなかった。いつも事務的な事だけ言っていた。当時の私はそれをただ単に従順だととられていた。あるいは自分に惚れたのだろうと思っていたのだ。
 だがそれは半分はあっていたが、半分は違っていたのだ。彼女はその時からいまでも私を愛しているが、従順では決して無かったのだ。彼女は思いを秘めていた。狂い、歪んだ愛と独占欲を満たすための準備をずっとしていたのだ。

 ある日、他の召使が全員居なくなった。いや、起きたら彼ら全員の首を持って笑う彼女と拘束された私がいたのだ。私は罵詈雑言の類をあらん限り怒鳴ったと思う。
 だが彼女は天使のような、あるいは謎のような笑顔を浮べて何も聞こえていないかの様に言った。
「ああやっと二人きりになれましたね。もう大丈夫です、旦那様。もう何も心配しなくていいんですよ。私がずっと貴方のお世話をさせていただきますから。愛してます。旦那様。でも旦那様はまだ充分に私を愛してくれていないですね。大丈夫ですよ。きっとすぐに愛し合えますから。必ずそうなります。
それまで少し苦しい事もあるかもしれませんけど、それを乗り越えたらきっとすごく幸せになれますよ
旦那様はきっとこう思います。ああ、自分にはサマンサがなくてはならないんだって…私無しではもう生きていけないって…私は旦那様がいなくては生きていけません。旦那様もすぐにそうなりますよ。
大丈夫、全部私に任せて…」
 彼女の目は私と、どこか別の世界だけを見ているようだった。正直、私は震え上った。
彼女の目は底が無かった。まるで真空の宇宙のようだった。底なしの暗黒が混沌と渦巻いていた。
 私は怯えた自分自身に腹が立った。そしてその怒りを素直に彼女にぶつけた。
だが彼女は謎のような笑みを浮べて何事も無かったかのように食事の支度を始めた。
「大丈夫ですよ。旦那様。今はお気持ちが優れないかもしれませんけど、きっとすぐに幸せになれますよ。さあ、そんな事よりも食事を始めましょう。旦那様は動けませんから、私が口に運んであげます。はい、あーん…」
 私は悪態をつきながらも、食事を食べた。ふと、このまま逆らい続けていたらいつ私も生首の列に加わる事になるかわからないと思ったからだ。彼女はもはや従順な奴隷ではないという事に思い当たったのだ。
 だがこの時の私はいつか事態が変わるだろうと思っていた。きっと助けが来て私は解放されるだろうと。そのときの私はそれまで生きのびなければならなかった。
 素直にしたがっておいてチャンスがあれば脱出するつもりだったのだ。
 今は畏れと幸福に包まれながら永遠にこの生活が続く事だけを願っているが。

 それから奇妙な生活が始まった。私は仏頂面で悪態をつきながら彼女に世話を受けていた。
手錠足鍵でベッドに括りつけられて食事を口に運ばれる生活。
 だがそれは開始1日で早くも試練に直面した。食えば出すものがある。
尿意を我慢できるのも限界がある。私はほとほと困り果てた。サマンサに世話を頼めばより事態が悪化するだろうというのが予測できたし、なにより屈辱だった。
 サマンサはそれを見越して嬉しそうに笑いながら囁きかける。
「旦那様、おしっこがしたくなったらいつでも言ってくださいね。尿瓶を持ってきますから。
私は構いませんよ。むしろ嬉しいです。旦那様の下の世話もできるんですから…
したくなったら、いつでも言ってくださいね」
「いや、いい」
 私は引きつった顔で断った。彼女はにやにや笑いながら、そうですかと言ってベッドの横で私をずっと見続けていた。
やがて、私は漏らしてしまった。勢いよく音を立てて…
生暖かい感触が股間に伝わってくる。布がぐっしょりと濡れていく。
彼女は食い入るようにそれを見つめ、耳まで裂けるようなえげつない笑いを張り付かせていた。
 彼女はゆっくりと近づき、私の股間のシーツと尿で濡れたパジャマを鼻をくっつけて匂い、私の尿をしゃぶり尽くした。そうしてから甘く優しい声で
「漏らしちゃいましたね、旦那様。今度からちゃんと私に言ってください。それに、うんちは一体どうなされるんですか?全部旦那様次第なんです。ちゃんと頼まないと、私は何もしませんよ?」
 私は降参した。とりかえずなんとかしなくてはと思った。
「解かった。ちゃんと言うから取り替えてくれ。そうじゃなきゃせめてトイレに連れて行ってくれ。
手錠とかは嵌めたままでいいから」
 彼女は陶器のような無表情になる。
「いいえいけません。旦那様はまだまだ思い知らなくちゃならない事があるんです。
それに、シーツを汚したおしおきをしないといけませんね。しばらくそのままでいてください。
旦那様は私が必要だって事をよく解からなくちゃいけないんです。悪く思わないでくださいね。これも旦那様のためなんですよ?」
 そう言うと彼女は振り返りもせずに出て行ってしまった。私は屈辱で気が狂いそうだったが、それ以上に股間の不快感と、なにより差し迫った便意が問題だった。明らかに下痢になりそうだ。彼女が食事に何か入れたのかもしれない。
 数時間、私は地獄の腹痛と戦った。だが、ゴールの見えない勝負では敗北は明らかだった。
下品な屁の音と共に下痢便が尻の下を伝わる。私はあまりのみじめさに涙した。
余りの不快感と匂いに吐きそうになる。だがそれはまだ苦痛の前菜にすぎなかった。
 2日経っても彼女は返ってこなかった。苦しい。喉が渇く。腹が減り、目が回ってきた。
便はいまや尻の下で固まり、腐りつつある。
 私は苦悶し、絶望した。誰か、この家の異変に気づかないのか。
そうだ。会社の連中や、親戚がいつか気づくはず…だがその前に私は死ぬかもしれない。
だが待て、その前にここはどこだ?窓が無い。内装は私の部屋と同じだがここは私の家ではない。
 私はさらに絶望し、喉の渇きに苦しんだ。尿を飲もうとさえしようとしたが、手錠の身では叶わない。
いや、もうこの苦痛から逃れるならばサマンサでも構わない。助けてくれ。そう思った。
 そして3日目の朝になった時サマンサは帰ってきた。
私は哀願し、泣き、赤子のように彼女に頼った。
 サマンサは慈母のように優しい顔で水を私に飲ませた。
「つらかったですね、旦那様。苦しかったでしょう。さあ水を飲んで…ゆっくりですよ」
 そう言い、彼女は食事も持ってきた。味などもはや解からなかったが、丁寧に調理された物だというのは解かった。
「さあ、シーツとパジャマを取り替えましょうね…旦那様、おむつを使われますか?
そうすれば旦那様もこれからの生活が楽になりますよ」
「ああ…解かったそうするよ。だから早く取り替えてくれ」
 そう、早く取り替えるんだ。手錠は私の手首には大きすぎる。3日の間でなんとか外せるようになった。足鍵を外した時がお前の最期だ!
「大丈夫ですよ。すぐ取り替えますから。奇麗になりますからね…うふふ」
 サマンサが足鍵を外す。その隙をついて私は彼女を突飛ばし、扉を開けた。
だがその瞬間に足に猛烈な痛みが走った。骨が折れている。痛みで頭が真っ白になる。
血が、見たことも無いほどの血が。
 恐る恐る足を見るとトラバサミが私の足にかじりついていた。
 前を見るとテレビがあるだけの地下室のような部屋があった。その扉は5つの南京錠で閉ざされている。
TVが不意にプツン、とついた。何かのビデオを流し始める。
『*月12日に**氏邸で火災が発生しました。死亡したのは世帯主の**さんと使用人のジャン・ポールさん、ハーマン・デルタヘッドさん、サマンサ・ボーンさん他3人で…遺体は損傷が激しく…事件性が…』
 私は唖然とした。TVは私の死亡ニュースだった。
後ろからサマンサの声がする。
「旦那様、旦那様の事を私はずっと見ていたんですよ。ずっとずっと逃げようとしていましたね?
誰かが助けてくれると思ってたんでしょう。だから私を愛してくれないんだ。
お仕置きをしなくちゃなりませんね。私と、旦那様のために。大丈夫です。止血するのは慣れてますから」
 背後からサマンサが近づいてくるのが解かる。同時に電動ノコギリか、ドリルか何かの音も。
「やめてくれ…サマンサ…話し合おう。なあ、落ち着いてくれ。間違いなんだ。本当だよ。愛してるから、愛してるから殺さないで!」
 振り返るとグラインドカッターを持ったサマンサがいた。5cmくらいの円盤型やすりがが高速回転する機械だ。サマンサの顔は恐ろしく無表情だった。あの底の無い目を、真っ暗な目をしている。
「殺す?私が旦那様を殺すはずがないじゃないですか。大丈夫です。痛いのは少しだけですから。
それにこれからきっと旦那様は自分から切ってくれって言うようになりますよ。きっとそうなります」
 グラインドカッターが。あの恐るべき電気工具が。私の無事な方の足に伸びてくる。私を拘束するサマンサの力は異常なほど強かった。
「ああ頼む、お願いだから斬らないで、斬らないでくれェエ!!ああっあずずずじじじいじがっががが…」

 そうして、私は両足を斬られた。私はもう、サマンサに逆らわなくなった。
足と共に心の中の大事な何かも無くなったようだった。そうして、私は学習していく。
サマンサに従う幸福と、恐ろしいお仕置きを。
 あの薬を飲まされるのもそれから後の事だ。あれは痛み止めのアヘンの一種なのだ。
「さあ、この薬を飲んで下さい。痛いんでしょう?これは痛みを和らげる薬です…さあ、飲んで」
最初は口に突っ込まれたとしか思えなかったが、やがてそれは母親の乳房と同等の意味を持つようになった。痛みを止める妙薬を、命の糧をくれる指。柔らかく、なめらかな指…
 それからは坂を転げ落ちるかのように私は調教されていった。
 ある日性欲に耐え切れなくなって自慰をしていたら腕を切り飛ばされた。
「やだなぁ。溜まったら、私に言ってくださいって言ったじゃないですか。
もう自分では何もできませんね。でも大丈夫。私が全部処理してあげますから…うふふ、この手は私が使います。いつでも持っていますよ。愛しい旦那様の一部ですから…」
 そうして、彼女は口で処理してくれた。やがて食べ物も口移しになっていった。
だが薬だけは指で与えられた。
 私は理解してきた。サマンサは私がいくら甘えても許してくれる。だが私が勝手に何かをしてはいけないのだと。ただ、甘えればいくらでも彼女は私に恵みをくれる。
 私は彼女に甘えるようになった。そして彼女はそれを充分に満たし、私に限りない安堵感を齎してくれた。それは初めて感じる感覚だった。
 やがて彼女から私も彼女を愛するように要求された。
私はもはや喜んでそれをするようになっていった。彼女を満足させないような出来事があると、お仕置きをされた。だが、それには一種の愛が篭っていた。
 やがて私はアヘンとお仕置きによって飼いならされる。だがアヘンはもう本質的なものではない。
ある時私ははこう言った。
「もう…もう全部斬ってくれ。お前だけを感じていたい。お前のペットになりたいんだ。
薬を…薬がもっと欲しい」
 彼女は私の上に乗っかり、自分の顔を息がかかるくらいの距離に私の顔に近づけた。
甘い匂いが漂う。彼女の息。かぐわしい。だが怖い。サマンサは怒っている。そして喜んでもいる。
「旦那様。旦那様はずっと私の旦那様です。ですがお世話が必要なんです。そうでしょう?違いますか?私には旦那様が必要だし、旦那様には私が必要なんです。まさか薬が欲しくておべっかを使ってるんじゃありませんよね?」
 女戦士のような顔だった。カーリー女神のような…私は酷く恐れた。お仕置きよりも、彼女に見捨てられる事が。彼女がいなくなったら生きていけない。それよりも、あの甘美な安堵感を味わえない。
「サマンサ…違うよ…見捨てないで…サマンサがいないと怖いんだ…」
 打って変わってサマンサは慈母のような笑顔を見せた。だがその顔も、恐ろしくもやさしい地母神のものだった。
「いい子ですね…旦那様は本当にいい子…大丈夫ですよ。私がずっとそばにいてあげますから」
 そう言って髪を撫でてくれた。私は幸せになった。

 いまや彼女が居なくなったらと思ったら死にたくなる。サマンサは私を飼いならし、そして全面的に甘えさせてくれる。彼女なしではもう生きていられない。
 彼女の足音が聞こえてきた。電流が切れる。
「さあ、旦那様、お仕置きをしましょうね」
 そう言って彼女は私の乳首と腕数箇所に釣り針を刺して吊り上げた。
私も彼女も至福の表情で笑っていた。私は幸せになった。
ああ尿道に五寸釘が…