大きな屋敷だった。黒い森の中にある。
屋敷とその周囲は歪んでいた。
半ば生き物となって脈打ったり呼吸してたりする。
地面は蛆虫やムカデのような虫がみつしりと蠢いている。
空の色も妙だ。
深い藍色に油膜をたらしたらこんな色になるだろうか。
美しいがそれは魔性の美しさだった。醜さと美しさが渾然一体となった魔女の鍋の底のような美しさ。
館には象形文字がびっしりと書き込まれ、所々に牙の生えた口や、瞳が5つある目玉などがあった。
館の周りで3人の男が作業をしている。真っ赤に腫れて腐ったトマトのようになった眼球の下だった。
一人は兎頭のスーツ姿の紳士、二人は黒いロングコートを着た神父だ。
「解けるか?ロビーさん」
神父の一人が言った。ソフト帽子を被ってサングラスをしている。
「ええ、高度な封印ですが、あと少しです。家の怪物化も解けるでしょう」
兎頭の紳士はワイト・ロビーといい、神父に協力する魔術師だった。
目の前の裏口ドアは牙を向いて彼らを食おうとしている。しかしワイトの魔術に抑えられていた。
怪物は悔しそうに歯噛みしている。
ここ、ロンドンでは魔界と現世が非常に近い距離にあった。
邪気の溜まる場所では建物や地面は魔界と融合して異形となった。
当然魔物も来るし住んでいる。魔法もあった。
だが大方の魔物と人間は争いを避けて折り合いをつけて暮らしている。
だが中には古代と同じように人を喰らうものがあった。人間の中にも魔術を悪用するものもいた。
それを逮捕、あるいは捕殺するために組織されたのが武装神父隊だった。
これは武装神父隊の神父2人と魔術師が犯罪者となった魔物の巣窟に踏み込んでいる所だった。
館の内部では神父の予想以上にえげつない事になっていた。
館の主人、魔術師ヴィクトリオ・フロンゾが演説している。
「…であります。さて、お集まりの人間と魔物の皆さん。普段は伸ばせない羽を伸ばして思い切り貪ろうではありませんか!魔物の皆様は神代のころのように!人間の皆様は堕落を楽しんだ中世のように!
本能のままに喰らいましょう!ここでは何も禁止されていません!欲望のままに殺し合い食い合いましょう!ディナーと余興は最高のものを用意いたしました!さあ楽しんで!」
フロンゾが大広間の二階から乾杯の音頭を取った。だが聞いているものは僅かだ。
豪勢な料理を無視してテーブルの上で乱交にふける者、
共食いをして互いの肉を喰らい合うもの、
自分から拷問機に入って嬌声を上げて自殺する者、各々勝手にやっていた。それでいいのだ。
本能と欲望を思い切り開放しに来たのだから。
中でもすごいのは獣姦にふける妊婦だった。
すでに出産中にも関わらず牛と交わりながらその牛を食い殺している。
彼女は牛のナニで自分の胎児の頭をすりつぶして頭蓋骨が内蔵に刺さるのを楽しみ、
あふれ出た自らの子の脳みそと自分の糞を体中に塗りたくりながらそれを食べていた。
「あああもっと!こんなんじゃ足りない!赤ちゃん殺した罪悪感だけじゃ味が足りないの!
もっと汚してください!お願いします!私には便器も贅沢です!
生ゴミです!誰か私を殺して食べてぇ!
口やケツに生ゴミ突っ込んで!私の***に寄生虫でもなんでもいいから虫をいっぱい積めこんでぇ!
妊娠したまま赤ちゃん食い殺されたいの!蹴って!私のおなか切り裂いて食べてぇ!私は奇形の化物産む変態です!」
彼女はマリアと呼ばれている淫乱だ。
獣姦にはまり、それがエスカレートして
妊娠したまま胎児を殺して食ったり、駅前で全裸でセックスをねだったりした所を館の主にスカウトされたのだ。
人体実験にも進んで協力して訳のわからない薬や寄生虫を飲み込だりもしている。
結果彼女はもはや人間を辞めて完全に魔物と同じ不死の体になっていた。
堕落すること、背徳的な事、それは全て彼女にとって快楽だった。
彼女は天性の淫乱でありマゾヒストだ。
彼女は食われながら食い、性交しながら産みだしていた。
その横で6本ある手を動かして人肉料理を食べているのはフロンゾの弟子、エドワードヘルシング。
魔物ハンターの家に生まれながら魔物の研究にはまって猟奇的な実験ばかりしていた所を勘当された男だった。
食べているのは人間の指と蜘蛛がくっついたような生き物だ。
彼が実験で生み出し、自分で丁寧に調理したものだ。
死海でとれた岩塩でさっと茹だててハーブとソースで味付けしてある。
横では体中から果実を生やした植物人間がいた。
これも彼が浚った人間を改造して作ったものだ。
吸血鬼たちは物珍しげに果実人間の血をワイングラスに注いで舌鼓を打っている。
「実にフルーティー!蝙蝠のころを思い出しますよ」
「いやあ、たまにはさっぱりしたものもいいですが、私はなにかこうこってりしたものが…」
彼らが座っている椅子も生きた人間で、彼が余興で改造したものだった。
「それならばアルハザード様、こちらに蛇の血と人の肝臓だけで育てた幼児がいます。
血の味は絶品だと思いますよ」
エドワードはソツなく料理を出している。全て人肉や魔物の料理だ。
だが彼の彼が熱中しているのは猟奇趣味だけではない。命や魔力、心そのものに対する研究だった。
一方では彼によって生み出された赤ん坊達が皿の上でセックスしている。
それも片端から食われたり犯されたりしていた。
隅のほうではただただ殺し合いを楽しんでるものたちもいる。
宴は最高潮だった。
外ではワイト・ロビーが封印の解除を解いていた。
封印が解けると館は大人しくなり入れるようになった。
「さて、これで私の仕事は終わりです。これで入れるようになるでしょう。
ご武運をお祈りしています」
兎は近くの木に寄り幹をそっと撫でた。
木にドアができて兎はその中に入っていく。行き先は安全な場所までだ。
「ああ、ありがとう。協力には感謝するよ」
ソフト帽の男が言う。彼はピオ・カフォードといって武装神父隊のガンマンだ。
「ん、ありがと」
もう一人の武装神父が振り返る。黒髪でハンサムな男だ。
アンドリュー・カッツと言って彼も腕利きの武装神父である。
カフォードが懐から霊符を出して辺りに並べている。
下準備だった。
「おまえ、早くしねーとあちらさん待ってくれないって。
早くいかね?」
アンドリューがサブマシンガンを両手に持って催促する。
「今終わったよ。じゃあ、行かなきゃな」
カフォードがそっけなく言うと二人は地獄の入り口に入っていった。
壁面は人の皮のように波打ち、ヘドロのような色をしている。
階段はのらくらと曲がっていて先が知れない。
異次元の世界を二人の神父は油断無く歩いていく。
アンドリューはいつも眠たそうな顔だ。のんびり歩く。
カフォードは私情を抑えて無精ひげの顔をしかめていた。
カフォードは正義感と英雄志向が強い男だ。
だからこそ私情で動くことを自分に禁じているし、できるだけ生かして逮捕するようにしている。
彼の理屈では「殺していい人間と悪い人間を決めれるほど俺は偉くない」
となっている。しかしいつも生け捕りする腕前は無い。だからできるだけの不殺なのだ。
奥からは地獄語が聞こえてくる。ラテン語と英語交じりのものだ。最近の地獄語である。
大広間ではフロンゾとエドワードが会話している。
「どうだ?楽しめているかね?」
フロンゾが食っているのはドラゴンの茹で卵だ。何人もが命がけで取ったものだった。
床は糞や肉片でぐちゃぐちゃだ。
熱で焼けたように歪んでいる。
「さて、どうでしょうかね。面白くはありますよ。
ですがこれからです。研究の方もありますしね」
エドワードは雪女をミンチにして作ったシャーベットに妖精の血をかけたものを口に運んだ。
壁は無数の人間の顔で埋め尽くされている。どれも奇形だった。
「ふむ…良いな。しかしそろそろ研究するテーマが無くなって困るだろう。
余興も考えたまえ」
フロンゾは微笑みながらゆっくりと、本当にゆっくりと卵を潰していく。
フロンゾは白いスーツ、エドワードは汚れた白衣だ。
「ええそれですが…なかなか楽しいものが来たようですよ?」
彼らの横ではマリアが殺した魔物の男根15本を丸呑みして食道の裂ける悦楽に浸っている。
「ああ、気づいていたかね?そろそろだな…」
鉄板の上で生きたまま焼肉にされているゾンビの肉片を食べながら魔術師は言った。
ゾンビの肉にはよく練られたソースがさっぱりとかかっていた。
その時扉が蹴破られた。神父二人である。
「んじゃ口上お願い。そういうの得意でしょ」
アンドリューが彫像のような顔で言う。やはり目は眠たげだ。
「そこまでだ。人魔協定第二条・魔物が生きていくのに必要な人肉は労働と引き換えに人間に無害な方法で支給される。
第三条・人間、魔物、双方とも互いを殺傷、または食ってはならない。
人と魔物が共存するために皆が苦心して作った案だ。お前達はそれを破った。
投降するんだ。これ以上の無駄な血は流したくない。すでに30名の武装神父隊が囲んでいるんだぞ」
カフォードはM90コンバットマグナムを構えて怒鳴った。
たしかに窓の外には大勢の人影が見える。しかしハッタリだ。彼が霊符から作った使い魔にすぎない。
魔物たちは黙ってじっと神父たちを見ている。飢えた目だ。食う気なのだろう。
異様な沈黙が場を覆う。フロンゾがそれを破った。
楽しそうに笑い、拍手をする。余裕に満ちた態度だった。
「フッハハハハハハ。これは珍客だ。予想内だったがね。
よもやそれで我々が自首するとでも思っているのかね?青年よ」
エドワードがそれに続く。
「そう、30名餌が増えただけだ。面白い死に方ができる余興が増えただけだ。
殺す事も殺される事もどちらも我々には快楽なんだよ。わかるだろう?ボーイ」
そして魔術師二人は声をそろえて嘲る。
「30名の包囲?なるほどいいハッタリだ。ただの使い魔だろう?よくできているが専門家の目はごまかせん」
カフォードはゆっくりと進んでいく。
「くっ…否定はしない…だが!俺は人が傷つけられるのを黙って見ていられるほど
風流でもなけりゃ気が長くもないんだぁ!!」
彼が怒鳴ると同時にゆっくりと魔物たちが彼らを取り囲んでいった。
マリアは赤ん坊の死体でオナニーしている。彼女の産んだものだった。
「ごたくはいいからさ。そろそろ始めね?みなさんおそろいだし」
アンドリューがMP5Kを両手に構える。黒く小さいマシンガンだ。片手で持てるサイズである。
「それは重畳。二人とも良くわかっているようだ。
さあ皆さん!デザートだ!!存分に味わってくれたまえ!」
魔物たちが一斉に襲いかかった。
「マッドなメシにクレイジーなパーティーすか。んじゃ参加しなきゃでしょ」
アンドリューが楽しそうに「いただきます」と言う。
取り囲むのはグール10匹吸血鬼5人、獣人7人、魔人3人。
アンドリューはマシンガンをヌンチャクのように振り回していた。
乱射しているようだが、大方敵に当たっていた。
カフォードの方は弾が6発しかないせいか、一撃で急所をしとめては弾を補給する。
「残念だがお前らを生きて逮捕することはできないようだ。
俺の腕じゃ無理だから。悪いな、だからせめて苦しまずに死んでくれ」
魔物たちがそれぞれの能力で変幻自在に攻撃してくる。
触手から刺が飛び、羽が刃となって迫ってくる。炎を吐くものもいた。
カフォードは高く飛ぶと空中で止まった。足元には赤く光る魔方陣がある。
空中で足場になってくれる魔方陣なのだ。彼の使える少ない魔法の一つだった。
3秒でリロードし、その場から頭を正確に射抜いていく。
吸血鬼の数人が逆にカフォードに銃を撃つ。
だが彼には構え方で弾道が予測できていた。格闘の極意、「見切り」である。
吸血鬼が撃つ前に、カフォードは当たらない位置に移動して撃ち返す。
カフォードの弾丸は相手の手首を正確に射抜いていた。
そこに回転しながら銃を乱射するアンドリューがショットガンで心臓を吹き飛ばす。
人狼の一人が呪文を唱える。カフォードの足場を崩す魔法だ。
カフォードは化物の中に落ちていく。
だが落ちながら飛んでくる刃を撃ち砕き、触手を避け、着地した。
その場で今度は符を取り出した。文字の書かれた十字架形の紙である。
カフォードが呪文を唱えると、1mほどの盾になり彼を守る。
そのまま盾に隠れながらリロードし、また狙い撃ちしていく。
一方のアンドリューは派手だった。よってくる相手に片端から弾丸を撃ちまくる。
飛び掛ってきた獣人にマシンガンを撃ちまくる。大量の弾丸を浴びて獣人の頭が破裂した。
アンドリューは獣の脳を口でキャッチするとそのまま食べた。
「なんつの、クリーミィ?塩っけきいてる」
彼は悪食マニアだった。化物たちとアンドリューは互いに相手を料理とみなしていたのである。
吸血鬼に操られたゾンビが銃を撃ってくる。
彼はコートからグレネードランチャーを出すと容赦なくぶちまけた。
さらに手榴弾と焼夷弾を何個も転がす。ゾンビ軍団は数秒で灰になった。
飛んできた焼け焦げたゾンビの腕もキャッチしてまた食う。
「焼くのはワインじゃなきゃ美味くねーのね」
アンドリューは化物たちの料理に気づくと、テーブルを蹴り上げて宙に舞った料理を一口でたいらげた。
「これってレストランで食ったら5つ星じゃね?」
宙に舞ったテーブルを蹴り飛ばして、化物に投げつける。
多くのものは逃げたが、彼はその上に焼却材を投げつけ火炎放射をする。
大きな爆発が起こって逃げた者もろとも灰になった。
「Dust to dust ...hmm, That's right!(塵は塵にってあれマジなんだね)」
気がつけばほとんど全滅していた。残ったのは首領格のフロンゾと弟子のエドワード、淫乱魔人のマリアだった。
「ブラボー!ブラボー!良い腕前だ。皆楽しんでくれたようだよ。
実にいい余興になった。ありがとう。さて、私も生かして逮捕したいかね?青年」
フロンゾが余裕を持って拍手をする。
「当たり前だろう。それが俺の仕事だ」
カフォードはコンバットマグナムを撃つ。無論手足を狙って。
「君は苦しませずに殺したな。さすがだ。自制が効いている。それに今も手を狙った。
だが彼らはそれを望んではいなかっただろうな。
極限の苦痛と快楽の中で蹂躙され糞のように殺されるのを望んでいた。それでもかね?」
だが弾丸は魔術師の手前で止まった。すでに何重にも結界が貼られていた。
魔術師は二階から見下ろす。ゆっくりと人の耳を漬けた果実酒を飲んでいる。
「それでもだ。俺は快楽の奴隷になったりはしない。ただの神父だ」
徐々に彼の姿が影の中に消えていく。魔術で逃げているのだ。
「待てっ」
カフォードが撃ったが弾丸は通り抜けただけだった。
すでに幻像だったのだ。
「君は正義を気取っているが、とどのつまり楽しかっただろう?
圧倒的な力で相手をひれ伏させるのが。君は戦いを楽しんでいる。
そこは我々と全く同じだ」
アンドリューがエドワードを撃つが、彼も幻像だった。
「それは認めるよ。俺は楽しんでいる。でもそれに溺れたりはしない。
俺は俺の信念と仕事を果たすだけなんだ。俺は「人を守るために戦う」それが全てだ」
カフォードはマリアを気にしながら油断無く身構える。
「そうか。では解らないかね?苦痛と快楽は同じものだ。それはどちらも刺激だ。
快楽に生きたまえ。君もわかっているはずだ。君は戦いでしか自分を表現できない。
戦いの中にしか生を見出せない。快楽に生きているのは君も同じとは思わないかね?」
すでにそこにいない魔術師たちにカフォードははっきりと答えた。
「それも認めるぞ。俺は。たしかに戦う事でしか俺は生きれない。
でも自制はしている。俺はお前らとは違う!」
魔術師の影は満足そうに嘲う。
「そうかね。ではこれ以上の言葉は無用だ。その銃で示したまえ」
「知ったことじゃないぞ。俺は俺の仕事をするだけだ!それで充分だ!」
魔術師の幻像は立ち上がると指を鳴らした
「そうか…ではこれを見てもそれが言えるか。ヘルシング君。準備はいいかね?」
「完璧です。師よ。さてそろそろ行きましょう」
ヘルシングは乱戦の中で薬品を撒いていた。それを受けて化物の肉片が蠢いていく。
そして幻像も徐々に消えていく。
「それは重畳。ではまた会おう。バチカン降魔省第二課武装神父隊よ。ごきげんよう」
やがて幻影も薄れて消えた。
逃げられたのだ。残りはマリアだけだ。
「こういうのってボス戦って言う奴じゃね?」
「そうだな。俺はあいつの挑戦を受けるよ」
肉片は生ゴミを笑いながら食っているマリアの性器の中に入っていく。
体中の骨が砕け、マリアの体が膨れて変形していく。
だがそれでも彼女は快楽の笑いを上げていた。
「ああ!最高!最高よ!体中の骨が折れてるの!
手が風船みたいになってるあははははもっと、もっとヘドみたいにして!ゴキブリみたいに扱ってぇ!」
彼女の体は巨大な妊婦のようになっていた。
普通サイズの上半身に5mはある膨れた下半身がある。
触手も多くついていた。
「だってさ、どうすんの?」
「生きて逮捕は無理だな。射殺する」
「OK」
カフォードが銃をリロードする。
空薬莢が床に落ちた。
マリアは大タコの頭の上に女性の上半身がついたような姿になっていた。
「ああもっと!あははきもちいあはははは」
女陰からは臓物を繋ぎ合わせたような肉のスライムが次々と生まれ出ている。
触手は二人を捕まえようと迫ってくる。
カフォードは足場陣で飛び回って逃げ、アンドリューは触手を打ち落としながら逃げ回る。
「AMEN!」
カフォードは逃げ回りつつもマリア本体の頭を撃った。
マリアの頭が割れ、中身が吹っ飛ぶが出てきたのは脳髄よりも長虫や寄生虫の方が多かった。
それと黒いヘドロ状の何かも。
「あははははあー、あーあー、あははははママに、ママになるのお、可愛い赤ちゃん…」
ほとんどダメージはない。もはや人間の部分は残っていないようだった。
「神よ哀れみを!」
さらに何発も本体に弾丸を当てて完全に人間部分を吹き飛ばした。
だがタコ部分は止まらない。いつのまにか肉のスライムも増えている。
「なんつの、火力不足じゃね?」
アンドリューは片端から肉のスライムを吹っ飛ばしていく。
「じゃあなんとかしろぉ!」
迫り来る触手を避けながらカフォードが言う。
「んじゃ、これ使って。俺はこいつでいいから」
そう言って投げて遣したのはリボルバー式グレネードランチャーだ。
アンドリューが持つのは重機関銃だ。
アンドリューは転送魔法で武器をテレポートさせることができるのだ。
「上等だ!」
二人は親指を立ててガッツポーズをした。
アンドリューは眼球や手、内臓がごちゃ混ぜになった肉のスライムを吹き飛ばし、
カフォードは振り回される触手をかわしながらグレネードで一本一本触手を千切っていく。
やがて怪物は手足を失いダルマ状態になって歓喜に悶える。
カフォードがより威力の高い特殊弾を詰めたコンバットマグナムを構え、
アンドリューがロケットランチャーを構えた。
止めとばかりに見得を切る。
「こう言うときになんて言うか知ってるか?」
「そりゃあれっきゃないでしょ」
二人は顔を見合わせ引き金を引いた。
「「JACKPOT!」」
擬似聖骸対魔特殊弾とRPG7が怪物の腐れた体を吹き飛ばす。
怪物は体に大穴が開き、穴の開いた風船のように腐れた臓物を噴出していた。
吹き出た汚物を避けた二人は着地してため息をついた。
「俺は彼女が望むように蔑むべきだったのかな。それとも彼女が望まなくても神に赦しを乞うべきだったんだろうか」
汚物はゆっくりと溢れ出し彼らの膝元近くにまできている。
「んな難しい事考えてたらジジイになっちゃわない?つうかまだ終わってねえでしょ」
汚物と肉塊が蠢いた。まだ生きているのだ。
「何!?」
虫と汚物と肉塊の混ざったものがそこら中で集まり、固まっていく。
やがてそれはマリアの形になった。
「あははは、あはは。みんな私の赤ちゃんになるの!それでみんな私が食べちゃうのよ!
あはは、あははははは」
二人の周りにも肉が集まって手ができていた。二人を押さえつけようと近寄ってくる。
「こ、これはさすがに切りが無いぞ!」
「あれじゃね?年貢の納め時。火ぃつけてみますか。この屋敷」
二人が自爆を考えた時意外な援軍が来た。
「いえ、それをなさることはありません」
兎だ。ワイト・ロビーが空中に浮いている。
二人を空中に引っぱり上げると丁寧に挨拶した。
「おまえ、逃げたんじゃなかったのか!?」
「はい、途中までは。フロンゾが去ったあたりから見ていましたよ。
いざという時のためにね。念のために魔法陣を張っておきました。
どうやら必要だったようですね」
兎は手を複雑に動かして魔法を発動させている。
「ナイスだ!ワイト!」
「見てねーで助けてよ。兎ちゃん」
「はい。今やります。お二方は下がっていてください。魔界の門を開けますよ!」
兎の念力で二人はさらに空中に浮かされる。
兎はなにやらラテン語で呟いている。
屋敷全体を魔方陣が覆い、白く輝く。
「・・・されば、忌わしき者こそ忌わしき場所が相応しい。開くがいい。
魔の世界!魔は魔の場所へ。人は人の世へ!」
突然床が消えた。下は底の知れない奈落だ。
だが腐った煮物のような、油の油膜のような、炎のような不気味な輝きが底からあふれ出てくる。
魔界だ。マリアたちは床から落ちて魔界に落ちていった。歓喜の声を上げながら。
屋敷も崩れていく。だが兎とカフォードたちの周りは瓦礫が避けていった。
やがて屋敷もマリアも飲み込むと魔界への穴は閉じていった。
最期には30cm大の覗き穴のようになり、消える。
残されたのは荒野だけだった。
「これで…終わったのか?」
カフォードが呟いた。
「ええ、終わりました。全てね。
お二人が時間を稼いでくれたお陰で陣がはれましたよ。
ご苦労様です。報奨金は後ほど教会から贈られるそうですよ」
屋敷跡は赤土だけが残されていた。
「あー…腹いっぱいっつうの?こういうの」
アンドリューがどさりと倒れながら呟く。
「かもな。ワイトさん、送ってくれないか?俺たちはヘトヘトだ」
兎はやはり底知れない目で微かに笑う。
「かまいませんよ。教会で食事も出るでしょう。今度はまともな奴をね」
ワイトはまた木にドアを作る。
「俺はいいって、飯食ったから」
3人はドアをくぐっていく。
「俺ははやくまともな飯を食いたいよ」
やがて、全て消えた。何事も無かったかのように。
もうすぐ夜明けの薄明るい空があるだけだった。
そして何事も無かったかのように静かにあたりを照らす月が。
そして武装神父たちの戦いも何事もなかったかのように続いていくのだろう。