空が赤い。黄土色の雲がたなびき、その間を妖魔が飛びかっている。

かつての戦乱と度を越した環境破壊のせいだ。

地に目を移せば木造家屋は年月で黒く変色し、トタン屋根の貧民集落は錆びて雑草に覆われている。

上にはわけのわからない化物が何匹かいた。小さいのでさほどの害はない奴だった。

大東亜帝国本州の穏やかな昼下がりだ。

その錆色と黒色の町並みを黒ずくめの男が歩いていく。

男は詰襟の黒いシャツに黒いコートを着ていた。西洋人で、引き締まって彫りの深い顔をしている。

男は早足で歩いている、癖なのか険しい表情を崩さない。

男の名は、カルロと言った。修行中の剣士である。

やがて彼は剣術道場の前に立った。氷川刀鎖流と書いてある。

白い壁のこじんまりとした道場だ。彼はその扉を開ける。大きな音が響いた。

十数名の剣士たちが中におり、彼には目も暮れずに練習を続けている。

その中の一人が彼に近づいた。恐らく監督していた師範代だろう。

「何か御用か?入門ならば奥の部屋でうかがいましょう」

師範代は筋肉質の大柄な男だ。

入ってきた男はやはり無愛想な顔で淡々と言う。

「単刀直入に言う。俺は道場破りだ。もし貴様様らを全員倒したならば、奥義書の左慈硬丹書を貰う」

空気がさっと変わった。剣士たちは練習の手を止め、ゆっくりと彼を囲む。

「ほう、道場破りか。良いだろう、まずは門弟2名と先に…」

師範代の言葉を遮って男が言う。

「要らん。俺の目的は看板でも貴様らの師範と手合わせする事でもない。今から奥義書を強奪する。

止めてみろ、と言っている」

カルロはゆっくりと道場の中央に歩いて、自分を囲む門弟たちを見回した。

「どうした。来ないのか?」

カルロの仏頂面が一瞬笑う。

緊張が一気に濃くなった。

師範代が叫ぶ。

「この馬鹿を追い出せい!!」

門弟達は一気にカルロに襲い掛かった。

まずは3人が同時にかかってくる。横と後ろからだ。

後ろの二人はそれぞれ木刀をカルロの頭に振り下ろし、突きを入れ、木刀を振る。

カルロは短く息を吐くと上に向かって飛んだ。黒コートがマントのように舞った。

門弟3人の木刀は外れて互いの刀を弾きあう。カルロは一人の頭を踏み台にして壁際に飛ぶ。

着地すると壁に掛かった木刀を手にとる。

門弟たちはすでに木刀だけでなく練習用の槍や鎖を構えていた。

「さあ、かかって来い」

やはり、かすかに笑っている。

4人が槍で一気に突いてくる。

カルロはまたも軽く飛ぶと、今度は槍の上を走っていく。

あっというまに槍の4人に近づいて切り伏せてしまった。

木刀の上、急所も外してあった。弟子達は骨折で済んでいた。

すぐに先ほどの3人と師範代が斬り掛ってくる。

カルロが反撃しようとすれば下がる。遠方から鎖鎌で絡めとろうとしてくる。

カルロは鎖鎌を避け、避ける敵を追い詰めていくが、その隙をついて残りの3人が反撃に出る。

3人の後ろからの一撃をカルロは振り向かずに木刀を背中に回して受けた。

カルロは敵が避ける前に懐から鞭を取り出す。鞭を大きく振り回して全員を滅多打ちにした。

「これで終わりか?」

カルロは木刀を床に突き刺して言い放つ。

彼は奥の方にもうひとつ気配を感じて振り向いた。

鞭を黒コートに仕舞う。中にホルスターがあるのだ。

「師範か…面白い」

カルロは気配の方に目を向けて待ち受ける。

「こ、こは何事ぞ!?」

師範は奥の廊下から出てきた。

骸骨である。骸骨が着物をまとって腰に刀を差している。

「せ、先生・・・こやつが道場破りを…奥義書…いきなり…」

師範代が苦しみながら言う。

「道場破り…しかしこれは…!」

カルロは気弱な師範の対応にやや落胆した。

「貴様が師範か。お前の弟子は全員倒した。左慈硬丹書を奪いに来た。

抜け。真剣で構わん」

カルロが剣に手をかける。

「ぬ、確かに相当の腕前だな…しかしいきなり斬った貼ったとは横暴な。

貴様も侍ならば気軽に刀を抜くでない!斯様な安き力ではなかろうが!」

カルロの理不尽な暴力に師範が抗議する。彼は魔物だったが、温厚で通っている男だった。

「知った事か。抜かないのか?腰抜けが侍などと言っても俺は聞かん」

ゆっくりと二人は間合いをとっていく。

「よかろう。某とて剣士の端くれ。斯様な暴力の前には剣で語るのみ!佐々木、皆を奥へ運べい!」

骸骨は弟子に避難するように言い、刀を抜いた。

普通の日本刀だ。だが尻の部分に鎖がついている。

「拙者は氷川弦骨斎。貴様、名は?」

カルロも腰の日本刀に手をかけいる。だが抜かない。

「カルロ・ベルトルッチ。前置きは無用だ。来い」

この時点でカルロはすでに氷川の間合いに入っていた。わざと間合いに入り、挑発しているのだ。

「是非も無し!」

氷川が下から上に斬り上げる。

カルロはそれを居合で受け止めた。

そのまま鍔迫り合いになる。

互いの押し合う力で周りの床や壁が軋む。

二人は同時に相手を蹴り飛ばして下がる。

そのままの勢いで今度は斬り合う。

チャンバラだ。互いになんども剣を打ち付けあう。

体制を変えて、何度も剣を振り、相手の剣を弾く。

黒コートが、着物がなびく。

それは剣舞のようであった。そしてこれは小手調べでもあった。

再び二人は離れる。今度はかなり遠い。

「…弱いな」

カルロが言った。

「左様。だが貴様も己も本気を出しておらん。

そして、たとえ弱くとも刀を握らねば今は立ち行かぬ!

それに、おかげで弟子は逃げおおせたわ」

たしかに道場には二人しかいなかった。弟子は皆逃げたのだ。

そのためにあえて小手調べを受けたのだった。

カルロが舌打ちする。

「小細工を…では、行くぞ」

「応!」

双方本気を出しての争いが始まった。

 氷川は怒声と共に剣を飛ばす。剣を握った肘から上の部分の骨もいっしょだった。

氷川の体は骨とそれをつなぐ鎖だけでできていた。

 カルロはそれを避けると1歩で5mの距離を移動して突きを放つ。

カルロもまた、化物のような特技を持っている。

1歩で15m移動できる脚力だ。

遠くから一気に近づいて切りつける。「十歩必殺」という技だった。

 だがそれは氷川に読まれていた。

氷川はカルロの十歩必殺を避けるとカルロの周りを走る。

 カルロの後ろには先ほど投げた日本刀についた鎖があった。

それは氷川の体につながっている。

 氷川はカルロを鎖で縛りつけるつもりだった。

カルロもそれを察してジャンプすると天井を数歩走って遠く逃げた。

 氷川の肋骨がミサイルのようにそれを追う。

これも鎖つきだ。

 氷川の肋骨は空中でカルロに弾かれ壁に突き刺さる。

カルロは気がつけば回り中鎖に囲まれて逃げ場がなくなっていた。

「これが貴様の策か…」

カルロは道場の角に追い詰められている。

開いているスペースは氷川にまっすぐ突っ込む道だけだ。

「左様。このくらいのハンデがなくば、貴様とは立ち会えまい」

氷川は投げた右手を引き戻す。

鎖がコードのように巻き取られて元に戻る。

「だがいいのか?こういう狭所こそ俺の十歩必殺がもっとも生きるぞ?」

「あの踏み込みか?構わぬ。それで五分だ」

 二人はじっとにらみ合った。互いに攻める時を狙っている。

瓦礫がゆっくりと落ちる。それが合図だった。

カルロが十歩必殺で突進してくる。だが氷川には考えがあった。

 足の指骨が発射されてカルロの足に向かう。

カルロは足を刺されてよろめく。

 その時を見計らって氷川が斬りかかってきた。

カルロが舌打ちする。だが彼にも考えがあった。

彼は鞭を取り出すと氷川に振るう。

氷川は鞭を弾き返そうとする。だが刀は鞭に絡め取られた。

ちょうど自分が使った鎖術のように。

 そのままカルロにひっぱられる。カルロはすでに体制を立て直していた。

氷川は刀を諦め脇差を抜いた。

カルロはまた十歩必殺に入っている。氷川の指骨が足に刺さったままである。

 二人の距離が縮まり、氷川の居合とカルロの突きがぶつかり合った。

一瞬二人の動きが止まる。

 崩れ落ちたのは氷川だった。

氷川の斬り上げた居合は避けられ、カルロの突きが当たったのだ。

「カカッ、やはり才の差には勝てぬか…」

「いや、力だ」

そのまま胴を両断されて吹っ飛ぶ。氷川は上半身だけになった。

骸骨の妖怪である氷川は、上半身だけになっても死ぬことは無い。

「よかろう。己の負けだ、奥義書は取っていけい。佐々木、持ってこい」

弟子は真っ青な顔になって、奥義書を取りに行く。

「潔いな。構わないのか?」

カルロが刀を納めた。足の骨を抜いている。

「断れば、お主は己を殺すであろうが。それに、潔く負けを認むるも武士道」

師範代が氷川に奥義書を手渡す。

「それ、持っていけい。わしよりお主のほうが使い道があろうぞ」

氷川が奥義書を投げ渡した。カルロが片手でキャッチする。

「いい勝負だった。…貰っていくぞ」

カルロの仏頂面が微笑む。

氷川も笑っていた。

若い剣士はゆっくりと道場を去っていった。

「あの若造、わしの技まで盗んでいきおったわ。おい香川、わしの骨の代えを頼む」

氷川は弟子に修理されながら呟いた。

結局、カルロは奥義書と氷川刀鎖流の技も盗んでいったのだった。