薄黒いレンガの街に雨が降っている。
路地裏の街灯が点滅する。
地面はヘドロで黒ずみ、ゴミが散らかっていた。
デイヴィッド・ニーリーは路地裏の軒下にいる。
レインコートの裏にショットガンを隠していた。
ここに来る悪魔を倒すために。

ある時から人間の心が現実に影響を及ぼすようになった。
善良な人の周囲は美しくなっていき、本人も健やかになった。
病んだ人の周囲はおぞましい魔界に変わった。
病は気からとも言う。心のあり方はその人の体にも影響をする。
それが現実にまで広がってしまったのか。それとも妄想と現実の境が曖昧になったのか。
当然架空の人物や神話の魔物が現実になるのも速かった。
キリストはアメリカで復活したが政権闘争に呆れて今は教皇庁で教皇と静かに暮らしている。
アッラーは日々イスラム教徒を炊きつけ戦争を煽り立てていた。
精神病を患うものは妄想の化け物になってしまった。
そういった妄想によって生まれた化け物や魔物を倒す者たちが各国で生まれた。
日本では妄念師という形で、
キリスト教国ではそれら魔物を倒す人々はエクソシストやデビルハンターという形になった。
ディヴィッドも、ハンターの一人だった。

始まりはラブレターだった。
自宅で一人パソコンを弄るデヴィッド。
今日も多くのダイレクトメールがきている。
多くが出会い系だ。
(これもラブレターに当たるのか。いやなラブレターだ)
ぼんやりと考えながら削除していく。
一通り作業を終えてウイスキーを一口飲んだ。
喉が焼ける感触と至福の香り。
「うまい」
一息ついた時にチャイムが鳴る。
ノックの音。
すこしうるさいとデヴィッドは思った。
「お手紙です」
緑色の玄関を開けると郵便屋がいた。
郵便屋は黒ヤギの頭に黒い羽が生えている。
ヴァホメットと呼ばれる悪魔だ。

欧州には魔界がある。
それは現実と紙一重の世界で魔法をかけた水や鏡で行き来できるものだった。
当然悪魔や魔物は大勢でてきたわけだ。
中には人間と共存を望んだり、逆に悪魔を倒す悪魔も現れた。
試行錯誤の末教会は悪魔に対する態度をこう決めた。
それは悪行をしない限り悪魔や魔物にも人権を認めるというものだった。

デイビットはヴァホメットにサインをして手紙を受け取る。
「ごくろうさん」
善良な悪魔は空を飛んでいった。
次の配送先に行くのだろう。
「なんだろうな」
手紙を見るとそれはラブレターだった。
宛名はソフィア・ローレンスだ。
デヴィッドの知り合いの修道女だった。
エクソシスト課に所属している。
ソフィアはお堅いが可愛いタイプの女性だ。
仲は悪くないがいきなりラブレターを出すような人間ではない。
「ああ、あれか。ブリゲリレスのラブレターか。
俺も有名になったもんだな」
ブリゲリレスは下級な悪魔の種族で、嘘のラブレターを書いて人を惑わす悪魔だった。
最近は魔術師に召還されて悪用されている。
読んでいるうちに罠が出てくるとも限らないのだ。
デヴィッドはラブレターを念入りに見てみた。
やはり悪魔の出した偽者だった。
教会の刻印がない。教会の聖なる印は悪魔には押せないのだ。
紙質も微妙に変である。
「これは参った。ソフィアは無事か?」
この悪魔は大概ラブレターを出したことにされた相手は殺す事が多い。
早速連絡を取ってみると無事だということだった。
彼女の方にもデイビッドを装った同じ物が届いていた。
「気をつけた方がいい。あまり一人でいないようにしろ」
電話を切ると新ためてラブレターを見る。
「まずは呪いを解いた方がいいだろうな」
ビンに詰めた聖水を惜しげもなく掛ける。
悪魔の手紙は煙を立てて変色していった。
「ああ、写真もと撮っとかなきゃ」
デヴィッドは机を一通りかき回すとポラロイドカメラを見つけた。
そのまま写真を何枚か撮る。
デヴィッドは今度は手紙をじっと見る。
デヴィッドには透視能力のようなものがあった。
半径数メートルの範囲のものは360℃全て見えるのだ。
「ネイスン通り135番地で待ってます、か…」
彼は必要な部分だけ読むと手紙を処分することにする。
デヴィッドは聖具を置いて呪文を唱えた。
見る間に手紙は炎に包まれ、灰になる。
「ブリゲリレスのデビルハント。いくらになるだろうな。
今月の食費代くらいは稼ぎたいね」
灰を念入りに処分してデヴィッドは椅子に座り込んだ。
とても、疲れていた。

ネイスン通り135番地でデヴィッドはじっと待つ。
ブリゲリレスは呼び出した相手を襲う。
ブリゲリレスよりさらに下級な悪魔を集めて嬲り殺すのだ。
デイビッドはそれを待っていた。
雨と霧が酷い。最近のロンドンでは毎日のことだった。
これも妄想の影響だ。
足元が霧でよく見えない。少し神秘的かも知れないとデヴィッドは思う。
異変はまもなく起る。
魔方陣が地面に浮かんだ。
「来たな」
中から白木とシリコンでできた腕が出てくる。
ドールだ。
魔術と科学技術によってできたセクサロイド。
魔力で動き、作られた魂を吹き込まれている。
心を持った人形。魔術で作られたロボットだ。
出てきた腕は4本だった。
胴体が3つつながっている。
それはキメラドールだった。
複数のドールをくっつけて生まれた狂った怪物。
ドールの改悪品、捨てられて魔物化したドールだった。
魔術師に悪用されることも多い。
ドールは3体現れていた。
サソリの胴体に人間の体をくっつけ、腕を6本にしたやつ。
ケルベロスのように頭が3つで犬のような姿をしたもの。
ムカデのように長い胴と無数の腕を持ったもの。
「たすたすけてくるくくくるしい…いややめてくるしい…殺してお願いしますたのみ苦しい」
「くるしい、殺す壊すもえるもえるもえる…」
どれも拷問に近いことをされてきたのだろう。
発狂して苦悩に悶えている。
ブリゲリレスはドールを使うことは無い。
種族が違うからだ。
これは悪魔以外の者が関わっているということだった。
「可愛そうに」
デヴィッドは舌打ちした。
ショットガンを構える。
キメラドールが痙攣し、白目を剥く。
何者かによって操られている。
おそらくは魔術師に。
ブリゲリレスもそいつに使役されているのだ。
「これ、主犯捕まえたら儲かるか?」
ディッドは独り言を言ってゆっくり下がる。
自分の有利なポジションに移動していく。
キメラドールは叫び声を揚げて攻撃してきた。
犬型のものはそれぞれの口から炎と毒液を吹いて来る。
サソリ人間型は腕から有刺鉄線の鞭をはやしていた。
ムカデは壁を登っている。
「これは死ぬかもしれないな」
ブリゲリレスが手下を呼び出す場合、
その手下はもっと弱い。デイビッドの誤算だった。
デイビッドはサソリに散弾銃を撃って牽制する。
そのまま隙を見て大通りに逃げようとする。
ヴェデッドは逃げられなかった。
鞭に足を絡め取られて転んでしまう。
しかしすぐに鞭は焼け爛れた。
彼は義手義足だった。
ドールを作るのと同じ技術で作られている。本物以上働きをする義手足だ。
義足は全体が祝福儀礼を受けていた。
魔物は触れない。デイビッドは起き上がるとそのまま大通りに出た。
素早く立ち上がりショットガンを構える。
サソリはまだ路地から出ていない。
巨体が邪魔しているのが見えた。
犬はこちらに迫っている。
デビッドは銃を構えた。
犬が路地から飛び出してくる。
3頭の人犬が牙を剥いて飛んでくる。
毒液や炎まで吐いていた。
2つは打ち落とす。
毒液がレインコートにかかった。
最期の首が噛み付いてくる。
デヴィッドは人犬を転げ回って避けるとコートを脱ぎ捨てた。
生身の胴体部分がすこし火傷している。
休む暇なく人犬が噛み千切ろうと飛び掛ってくる。
デヴィッドは逆に腕を人犬の口に突っ込んだ。
軽い金属音がするとキメラドールの頭が破裂する。
義手内部に仕込んだ銃のせいだった。
デヴィッドは口の残骸から手を引き抜く。
手首が外側に折れ、内部から銃が出ていた。
生身では魔物と対抗するのは難しいのだ。
雨が振り続いている。
街灯は暗く、地面は闇に包まれていた。
デイヴィッドが気がつくとサソリはもうすぐそこまで来ている。
彼は義足のに組み込んだバネでビルの上までジャンプすると義手の銃をライフルモードに切り替える。
有刺鉄線の鞭はもうすぐそこまで来ていた。
デイヴィッドは慎重に狙いを定めて撃つ。
デイヴィッドの放ったものはキメラドールの胸に当たった。
ドールは悶え苦しむがゆっくりと静まっていく。
「こ、こここくるし殺してくださいおねがい殺して」
魔術師の支配から逃れたのだ。
彼が放ったのは魔除けの銀のコインだった。
護符が刻まれている魔物に有効な魔術武器。
「わかった。天に召されん事を」
義手をもう一度構える。
だがデヴィッドが撃つ前にキメラドールの胴体部分は切り離され、
サソリの部分がドールを引きちぎる。
正気を取り戻した胴体部分が食われていく。
サソリはあっというまにドールを分解してしまった。
「酷いなこれは」
笑い声がする。
空の上からだ。
「ザマアナイナァ、エクソシスト!偶ニハコウイウオ楽シミデモ無イト死ンマウゼ!!」
ブリゲリレスだ。
翼を持ち、白い皮膚をしている。
皮膚はミイラのようにしわがれていた。
「頼むからもっとまともな遊びをしてくれ」
デイヴィッドは義手の中のライフルを構える。
悪魔に向かってじっくりと。
だが彼はその時後ろに気配を感じた。
感知能力を使って後ろを見た。
大群だ。さっきのムカデがバラけて無数のとんぼ型の化け物になっていた。
デイヴィッドがとんぼを避けようする。
遅かった。彼はそのまま突き落とされてサソリの前に転がった。
怪我は無い。頑丈な義足のおかげだった。
また悪魔の笑い声がする。
「マヌケナヤツメ!オ前ラ俺ノメシハ残シテオケヨ!」
目の前には巨大なサソリ、周囲には凶暴なトンボ型キメラドール。
「これはやばいな」
彼の感知能力で見ると40はいる。
デヴィッドが諦めかけた。
彼は30mほど向こうから何か来るのを感知した。
かなりの高速だ。大きさは人間ほど。
新手かと彼は思った。
近づいてきたのは人間の女だった。

神父服を着て剣の上に乗り飛んでくる。
女が乗っているのは幅広の剣だった。
ちょうど手のひらくらいの幅のある1m半ほどのものだ。
それが空を飛んでいる。剣には魔法がかかっていた。
女はそれにサーフィンのように乗ってデヴィッドの前を通ると
女は神父服からグロッグ17を取り出しドールたちを撃っていく。
援軍か。エクソシストだなとデヴィッドは思った。
女は剣を器用に乗り回し敵を翻弄し
2丁拳銃を乱れ撃ちしてドールたちに次々と命中させていく。
敵の間を縫うように飛び回り確実に仕留めていった。
とんぼ型ドールはまもなく全滅した。
「バカナ!チクショウオボエテイロ!アクマハワスレナイ!!」
悪魔は不利と見て逃げ出そうとする。
女がナイフを投げたが足に刺さっただけだった
悪魔は悲鳴を上げてあわてて飛んで逃げる。
残るはサソリだけだ。
サソリは鋏を振り回し、針を飛ばして攻撃してくる。
しかし女はサソリの周りを飛び回って簡単に避けていく。
女がポケットから焼却材を取り出し空中を飛び回って投げていく。
あっというまに火が回りサソリは激しい炎に包まれた。
サソリはもがいてでたらめに攻撃する。
女は空中で剣から飛び降りて剣を掴むとサソリに振り下ろす。
一刀両断だった。サソリは真っ二つになって灰になっていく。
「汝の罪が許されん事を、安らかに眠らん事を。神よ。哀れな子羊をお送りいたします。
どうかこの者にお許しを、アーメン」
女はドールの遺骸に聖水を振り掛ける。
簡易な葬式のようなものだ。
デヴィッドは立ち上がって女に声をかける。
女もデヴィッドに気がついていた。
「やあ、助かった。第2課がなんでここに?」
女は武器を仕舞う。
「助けてもらったお礼は?別に恩を売るわけじゃないけど」
金髪でショートカットだ。神父服が似合う。
「そうだな、ありがとう。俺は…」
女は血を払い落として髪を掻き揚げた。
「デヴィッド・ニィーリィ。2級ハンター。違った?」

キリスト教会の本部教皇庁には悪魔退治のための部署がある。
その第2課で働くものは武装神父と言われる。
警察で言う刑事のような仕事だ。武装し、法を犯した魔物を追い詰める。
霊的な法治機関の役人だった。

「そうだが。なんで2課が出張ってくる?」
「2課じゃないわ。私の名前はローラ・シェパード。武装神父よ」
二人はゆっくりと夜の街を歩いていく。
足元のレンガは年月で黒くなり、雨が静かに流れていた。
「そうか、ローラ。やはりただのピンチラ悪魔じゃないんだな
誰かが裏で?政治的なものか」
ブリゲリレスは他人の文章を覗き真似る能力がある。
召還者に悪用されやすい能力だ。政治にも脅迫にでも使える。
公僕がでてくるとなると政治的な問題だ。
デヴィッドはそう思った。
「そんな所。あれが危険なのは解ってるでしょ。報奨金は払うから、これ以上はこっちに任せて」
ローラは路地裏に止めた車に近づく。
教会の公用車だ。
「解ったよ。ソフィアの警備はちゃんとしてくれ。じゃあご苦労さん」
ローラは車に乗り込んだ。
窓を開けてデヴィッドを見る。
「言われなくても万全よ。じゃあね」
車はゆっくりと出て行く。
後にはデビッドが残された。
彼はベンチに座り込む。
雨避けのついた乾いたベンチだ。
風邪になるかもしれないな。そう思う。
「デート・・・か。神様のジョークは最悪だ」
デヴィッドは雨を払った。
どこか開いてる店で暖かいものを飲もう。
そう思って彼は歩き出した。
闇に包まれたロンドンの町並みの中に。