見渡す限りの赤い荒野。
赤い夕日が渓谷に映える。
そこに一台のバイクが砂埃を上げて走っていた。
「…」
運転手は背の高い男だ。
全体的に黒い服装で、カウボーイが履くような皮のズボンを穿いている。
左手が義手らしく、布に包まれてだらんと垂れていた。
男の顔は青く、目も白く濁っている。
バイクと荒野と乾いた排気音だけが響く空間に突如異変が訪れた。
「オロロロロロロロロロロロ」
インディアンのように甲高い声で突撃してくるのは3人の異形の盗賊だった。
全体的なシルエットは人間に似ているが、背が低く、蜘蛛のような目が沢山ある平たい頭、
背中に生える退化した節足。
彼等は一様に武器を持って異形の馬に乗りバイクの男に向かってきた。
男と盗賊が止まる。
「ウォイ…オマエ、ダレノコトワリデココヲトオッテルンダァ!?
コ、コ、ココハ、レイシャ姉御一家ノナワバリダゾ…」
不細工な発音器官から声を出す蜘蛛男。
「知るか。お前らアホにいちいち付き合ってられん、さっさと消えろ」
それに対し火をつけるようなと言葉を返す男。
「キ、キサマ!!ブチ殺シテヤル!!タタンジマエ!」
別の蜘蛛男が怒鳴った。
それに対しバイクを降りて銃を抜く男。
それは古いショットガンだった。
グリップは骨製で何十年も経ってるような感じだった。
「コロス!!」
蜘蛛男が粗末な石斧で殴りかかってきた。
バガン。
骨と「にかわ」でできた散弾は甲殻類の殻をあっさりと叩き割り黄色い体液を撒き散らして盗賊をどうと倒れさせた。
さらに雄たけびを上げてライフルを撃ってくる奴が一匹。
「うおっ」
人間の男は右手を打たれて銃を落す。
そこにもう一体が棍棒のようなものを掲げて何かを唱える。
「アイス・スロワー!」
すると棍棒から青い光が出て空中で集まり、それは巨大な氷塊になり男に落ちていく。
「おっと」
だがいかんせん魔法は接近戦には遅すぎた。
男はすでに避け、義手にかかっていた布を外す。
「ナンダ…ソノ腕ハ」
男の義手は20cmほどの円盤状の回転ノコギリになっていた。
というより歯の尖った歯車を義手につけた感じだ。
奇妙なことに回転のこぎりのエンジン部分は心臓のような肉塊がその役を仕っていた。
歯車は厚さ1cmはあろうかという不恰好なものだった。
肉塊が痙攣すると歯車がぶるぶると震えながら回転し始めた。
「ク、クルナ!!」
だが男は先ほどとは打って変わった素早さで杖を持った盗賊を斬りつけた。
「ウギャア!」
盗賊はとっさに杖を盾にしたが指ごとグチャグチャにされた。
「死ネ!」
ライフルが咆哮する。
「おっと」
人間は杖を持っていた盗賊と引っつかむと盾がわりにした。
「キュブッ」
盾にされた盗賊はのけぞって倒れた。
「ウオオオオオオオオオオッ」
後ろから最初に撃たれた蜘蛛男が筋肉を剥き出しにして血を流しながら掴みかかってくる。
甲殻を破壊されても動けるのは強靭な生命力の賜物だ。
男は地面に落ちたショットガンを蹴り上げると左手で掴んで今度は顔に向けて撃った。
「ギャベッ」
8つある赤い目は6つ潰され顔面はひどい有様だった。
「コ、コウサンダ。ミノガシテクレ」
ライフルを持った奴が命乞いをしてきた。
「もう遅せえ…」
バガン。
ショットシェルがライフル男を屠った。
甲殻が砕け散り散弾は筋肉に捻じ込まれ黄色の血と肉片が乾いた大地に染みこむ。
「ヒギャアアアッ」
地面にのた打ち回ってもがく蜘蛛男たち。
どれもまだ生きているというのが凄い所だ。
だが男は容赦しなかった。
ライフルを拾って一人一人心臓を打ち抜いていった。
「モ、モウヤメテクレ…タノム、命ダケハ」
懇願する蜘蛛男だったが男の返事は冷たいものだった。
「お前等、最初になんとかのギャング一家だとか言ったよな。
だとするとてめーをここで逃がすと後でお礼参りが来るわけだ…
そんな事を許す阿呆がいると思うか?」
「ソ、ソレハ…」
さらに男は続ける。
「それに荒野の掟くらい知ってるだろう?一度武器を抜いたら殺すか殺されるしかないんだよ。
そして負けた奴は食われるのさ、解ったら死ね」
「ヤ、ヤメグギャッ」
冷徹な銃弾が彼の心臓を破壊した。
そして彼は作業を開始した。
盗賊を解体した後俺は奴らの馬を連れて近くの村に入った。
規模としては中の上といったところか。
レッドヴァリー村・・・か。
ありきたりだ。
俺はとりあえず戦利品を売るため「ネクロ屋」に寄ることにした。
木でできたアーリーアメリカン風あるいはカントリー風の2階建ての平屋が建ち並び砂塵が吹き荒れる
乾いた通りを5分ほど歩くとほどなくおなじみの髑髏の看板が見えた。
全国共通の「ネクロ屋」の看板だ。
どうやらここは加工屋の方らしい。
だがまあ、下取りと修理くらいはしてくれるだろう。
俺はトタンでできた粗末な小屋に入った。
「誰かいるか?」
1mもある血管のホースのついた心臓やら
管のついた巨大な消化器官とそれにつながる機械郡などが不規則に置かれた
黒いオイルとふやけたソイレントグリーンのカスがぶち撒かれた埃の舞う部屋を声が通る。
「誰だい?ダングか?それともトニーのアホか?」
装置の影から巨大な芋虫が出てきた。
芋虫の前面には人間の腕が5つついていて8つある目は黒光りしていた。
「違う、旅の者だ。買い取って欲しい物がある。それから俺の修理も」
芋虫の親父はうさんくさそうに俺を見ると言った。
「そうか・・・とりあえず見せてくれ」
「ああ、これだ」
俺はバイクについたズタ袋と馬を見せた。
「・・・!これはレイシャ一家のチンピラじゃねーか!こりゃ厄介だな」
中身は血止めされた盗賊たちのバラバラ死体だった。
芋虫店主は大げさに驚いてみせる。
「・・・あんたが黙っていれば問題ない」
俺が言い放つと親父は少し考えて言った。
「・・そうだな。口止め料として2000単位ってのはどうだ?」
狡猾そうにアゴのはさみを蠢かせて言う。
「高い。1000単位にしろ」
「駄目だ。1800」
「1500だ」
「1600。それとこの町の情報も教えよう」
「よし。それで手を打とう」
俺は人皮の財布から紙幣を出して渡した。
「それでどうするね?移植するかい?それとも全部つかっちまっていいか?」
親父は5本の腕と8つの目を器用に使って品定めしながら尋ねる。
「…そうだな。糸やら何やらを出す機関を左手に付けてくれ。あとは要らん。
それから撃たれた所の修理を頼む」
俺はまだ血が出ている左腕を見せた。
「解ったよ。その間にネットに繋ぐかい?」
親父は作業を始める。
「ああ、頼む。全部で何単位だ?」
「そうだな…ネット使用料と口止め料も含めて2000単位ってところか。
これと馬の買い取りは3500単位だな。締めてあんたに1100単位やればいい」
親父は蜘蛛男の目玉を骨で作ったスプーンで掻き出し
10cmほどの蜂の腹部分でできた注射器を取り出して
それの刺を目玉に注して行く。
オオグイ蜂を加工した注射器は蛍光色の「保存液」を眼に注ぎ込んでいく。
さらに彼が小さく呪文を唱えると小さな青い鬼火が目玉に入り込む。
すると目玉に生気が宿り、かすかに動き出した。
ネクロカメラの完成だ。
これは死体にある種の秘薬と術を掛けることによってネクロマシンという機械を作り出す技術
「ネクロテック」だ。
この世界の中心技術である。
ネクロテックによって心臓はポンプに、筋肉はエンジンに化ける。
そして死体を加工してネクロマシンにくみ上げる技術者をネクロティスト、
そしてその店をネクロプロセッサーと言う。
俺は大概約してネクロ屋と言うが。
そして親父は合間に腕の一本が外骨格を加工して作った棚から金をひっつかんで俺に渡す。
「端末はどこにある?」
俺は小汚い工場を見回す。
すると親父は短い呪文を唱えた。
やはり機械の影から「端末」が姿を現した。
「それ」は人間の肋骨を加工してできた籠の上に
いくつもの脳味噌が神経束で繋がってできたCPUとHDが鎮座し、
肋骨の側面に蜘蛛の足がわしゃわしゃと蠢き、
止めに脳の真ん中にむき出しの目玉がぎょるぎょると見回していた。
「それ」は生物の部品を加工してできたパソコン、ゴーストネット端末だった。
俺は端末の脇腹をまさぐって接続管を引っ張り出す。
接続管は蛭とミミズを融合させたような形状をしていた。
俺はそれを首に噛み付かせる。
接続管虫は俺の内部に増設されたネット用神経に針を突き立てる。
そして現実とは別次元の世界が展開した。
俺はいきつけのサイトを見て回る。
ネットは丁度夢を見ているような感じだ。
情報がイメージと共に入ってくるのだ。
夢と違う点はそれが作られたものであることと、現実の視点も維持できることだ。
現に俺の眼には作業をする親父とネットのバーチャルアーケードが同時に見えている。
俺はゴーストネットの武器屋に立ち寄る。
〈BEEP!BEEP!ここはライセンスが必用なページです。パスワードをどうぞ〉
脳裏にそうイメージが湧き起こる。
俺は夢の中で声を出すイメージでパスワードを言った。
≪passward.OK.rogin...preasewait!≫
おなじみの画面。
次の瞬間ぶわっとイメージが広がる。
何もないただ闇の中に武器が説明書きと共に浮かんでいる。
ほうほう、今日は斧の新作か・・・どれ、試してみるか。
うわっ、使えねぇ。
このナイフ欲しいが俺には合わないな。
500単位値下げ・・・か。もう少し待とう。
闇の空間を飛びつつ俺は武器を品定めする。
一方現実の視点はあまり変わりない。
芋虫親父が作業をしている。
それにしてもシンプルなページだ。
やたらでかい宮殿のイメージにしてしまうページも多いというのに。
俺はさらに別のページに行く。
別の夢に行く時のような、ラジオのチャンネルを代えるような感覚。
今度はニュースサイト。
真っ白い空間に文字を刻んだ透明な板が大量に浮いてるイメージだ。
でかいニュースほど当然板の大きさも大きい。
お、あの歌姫が結婚、相手はラズモ氏・・・か。
人魚が触手虫とねぇ・・・ふーん。
リゾット地区で餓鬼が大量発生…フォルファ線の影響か?・・・か。
惜しいな。近かったら稼ぎ時だったのに。
「…ぃ。…おい!!」
いきなり現実に戻された。
血塗れになった親父が怒鳴っている。
「…終わったのか?」
俺は尋ねた。もちろん俺の修理と改造のことだ。
「いや、ここの状況を話そうかと思ったんだがあんたがずいぶん深く潜ってるもんでな。
起こしたのさ」
親父の5本の手がわさわさ蠢く。
「そうか。じゃあ手短に話してくれ」
親父の話は以下の通りだった。
ここには昔から一家を構えるレイシャとかいう女ヤクザがいて、
まあまあ住民とも上手くやってたという。
そこに悪徳役人のズジとか言うやつが入って来て「墓場」と「リアクター」の権利でもめてるそうだ。
まあよくある状況だ。
うまくいけば儲けられるかもしれん。
さて・・・どうするか。
「ところであんた。海俗館には行ったかい?」
親父が妙に好色そうな顔になって言う。
「売春宿か?」
「そうそう。いい娘ぞろいだ。ウェアウルフからスライム、人魚にグランフェアリーと来たもんだ」
このスケベ野郎め。にやにやしていやがる。
「…考えておこう。もう治ったか?」
俺の傷痕を縫合し、移植をする親父は顔を上げて言った。
「…ああ。一応チンピラの腕は目立たないようにしといたよ。
ここの筋肉を使うと展開するようにしといた」
「…そうか。じゃあな」
「おい!ソイレントグリーンはいらんか?!」
俺はいらんとだけ言って店を出た。
さて・・・どうするか。
俺は便利屋。
便利屋は殺しから賞金首の駆除、トレジャーハンティングまで手広くこなす職業だ。
当然腕には覚えがある。
しかしどちらに着いてもそれなりに得と損をしそうだな。
ちなみに奴等が取り合ってる「リアクター」とは魔力を引き出す炉のことだ。
リアクターは墓地や何らかの怨念が詰った場所、すなわち「家相が悪い」場所に置いて
負のエネルギーをくみ出すものだ。
そして墓場には何よりロストマシンがある。
ロストマシンは失われた技術によって作られたネクロマシンだ。
現代のそれとは桁違いの威力を発揮する。
武器だったらそれは町を破壊し、
マシンだったらそれで町1個潤う。
何故技術が失われたかと言うとこの世界「ネクロティア」と表裏一体の関係にある世界「ヘヴン」との
戦争により被害を被ったのと何より奴等の妨害のせいで一向にその復興がはかどらないせいだ。
まあこちらもさんざ妨害しているのだが。
しかも奴等はリアクターの稼働率が50%を越えると精霊砲で砲撃してくる。
そうしてお互いの足の引っ張り合いで世界は腐敗している。
俺はとりあえず酒場に趣くことにした。
そこで情報収集だ。
バタン。
両開きの扉を開けて俺は酒場に入った。
いるわいるわ、人相悪い奴らばかりだ。
その人相の悪い奴等が銃やら魔法の杖やらに手を掛けるのだからたまらない。
「おい落ち着け。俺はただの旅人だよ。あんたらに危害を加えるつもりはない」
ここで弱そうな事を言っておいた方が得策だろう。
案の定奴等はとりあえず武器を下げた。
俺はカウンターに座ってウイスキーを頼んだ。
ボフォメットのようなゴートメン(黒山羊頭)のマスターは
何も言わずに肯くとコトンとグラスを置いた。
「マスター・・・この街で一番評判のいいのは誰だい?」
俺は言った。
「さあなぁ。みんな評判悪いな。だが俺はルールーちゃんはいい娘だと思うよ」
マスターが長い顎鬚を撫でながら言った。
「誰だそれ」
当然の疑問を俺はぶつける。
「海俗館の一番人気の無い子さ。あの子は気立てのいい子だよ・・・本当」
山羊マスターの顔が緩む。
「惚れてるのか?大変だぞ相手が娼婦ってのは」
俺はウイスキーを舐めながら言った。
「そういうわけでは・・・だがまあ同情心ってのもあるのかもな」
ポロリと洩らすマスター。
「と言うと?」
すかさず尋ねる俺。
「あの子の姉はレイシャ姉御なのさ。10年前の事故からずっとゾンビだ。
それもローの方の。大人しいから娼婦やらされてるんだよ。
かわいそうに苛められてるみたいでな」
ゾンビにはハイ・ゾンビとロー・ゾンビがいる。
前者には理性があるが後者にはない。
「ローに惚れた?・・・物好きだな、あんた。
大体ありゃほとんどケダモノだろう?
娼婦なんかやっても意味ないぞ。せいぜい鉱場で使う程度だ」
ローは頭に細工をされて奴隷化した物意外はそれはそれは悲惨だ。
暴れ廻るわ食い散らかすわでとてものこと扱えたものではない。
「いや、言い方が悪かったな。ありゃローとハイの中間みたいなもんだ。
感情はあるんだが、ちょっと頭が弱くてな・・・体も頭も子供のままなんだ。
ネクロ屋が馬鹿でな。腕が悪かったんだと・・・」
このロリコン野郎・・・
おっとこんな恋話聞いてる場合ではない。
人の恋話聞いてもチィーとも面白くないッ!!
「で、話は変わるが・・・ここの役人評判悪いんだって?」
話を戻す俺。
「あ、ああ・・・あまり大きな声では言えないがな。税務官の代わりだとか言って税を取り立てるわ
女囲うわ、保安官抱き込むわで正直言って厄介者だな。
群れてるだけで弱いし。治安維持は姉御一家に任せときゃいい」
なるほど、これは言い事を聞いた。
「ふーん・・・そうか。いい事を聞いたよ。じゃあな。金置いとく」
是だけ聞けば問題ないだろう。多分。
俺が出ようとした瞬間!
BLAM!
銃弾の音がした。
見なくても解る。入り口の方にチンピラが9・・・10人か。女が1人。
そしてその眼帯をした背の高い金髪の女がつかつかと客をねめつけながら俺の方に歩み寄って来る。
ダン!
そして俺の横のカウンターを思いっきり叩いた。
「お前か。殺ったのは」
さっきのチンピラ3人組のことだろう。
で、こいつがそのボスのレイミーとかいう女だ。
どうする?とぼけるか?いいやこれはチャンスだ。
「・・・俺をどうしたい。殺すのか?拷問でもして。
言っておくがそんな事をして」
「そうか。殺れ」
それを合図にいきなりチンピラ10人が掛かってきた。
気の短い奴らだ。
一番手は雪男だった。
無言で毛むくじゃらのでかい拳を叩きつけてくる。
俺はとっさにしゃがんで避け、パンチを外してよろけた雪男にアッパーを見舞った。
で、隠していた骨製のナイフでアゴから脳ミソに掛けて突き刺してやった。
「うぎゃああっおえええええええっ」
とっさに吐いたのが傷口から脳に入ってさらに悶絶する雪男。
(脳に直に攻撃を与えると吐き気がするのだ)
次にやって来たのは蜥蜴男だった。
リボルバーを構える男が撃つ前に体当たりをかまして転ばした後
ショットガンを取り出して頭を吹っ飛ばしてやった。
俺は奴等が怯んだ隙に回転ノコギリを起動させた。
びぐんびぐんと義手にとりつけたツトゥグアの心臓製のモーターが震える。
お次は弁髪の人間だ。
斧を振りかざして恐るべきスピードで襲ってくる。
俺はショットガンを撃ったが、骨製の散弾は店の壁を壊すのに留まった。
ジャンプして斧を振り下ろしてきた男の斧をノコギリで往なす。
着地と同時に振り返って俺を殺そうとする男にショットガンを向ける。
引き金を引く前に奴は避けようとしたがそこに俺の蹴りが入る。
ぼごきバキョッ
俺のフェイントは見事に決まり、男の肋骨はバキ折れて肺に突き刺さる。
血を吐いて倒れた男に止めを刺す前にカマキリと人間のハーフのような男が
腕の鎌を使って斬りかかってきた。
俺はジャンプして後ろに立つと奴の首に足を巻き、地面に叩きつけた!
ばきゃっ
蟷螂男は店の床に頭がめりこんでもがいている。
こいつの甲殻はその程度で壊れるほどやわではなかったらしい。
だが俺は男の首に強烈な蹴りを見舞ってやった。
ごきょり。
一瞬で男の体は後ろを向き、首が裂けて甲殻の中から黄色い肉が見え、血が噴出して天井まで朱に染める。
そこにさっきの斧男が俺の足めがけて斧を一閃する。
俺はすかさず跳んで避けると散弾をしこたまくれてやった。
一瞬で奴の頭は吹き飛び血の染みになる。
黒いスライムが飛び掛って来るのを懐に忍ばせた硫酸で倒してやろうとしたのを女の声が止める。
「攻撃止め!!なるほど、それなりに腕は立つようね」
その声で全員が止まる。
俺はいつでも逃げるなり攻撃するなりできるように戦闘態勢を崩さずに言った。
「それで?どうするんだ?俺を殺しても何の得にもならんぞ」
「そのようね。でもこっちも7人殺られて引き下がったら面子が立たないわ。
お前を只で帰すわけにはいかない」
女が余裕の調子で言う。
「じゃあどうする?このまままっ平らになるか?」
「あなたの腕前は解ったわ。これ以上続けても得はないわね」
「何が言いたい」
俺はこの後の展開を半ば予想しながら言った。
「こういうのはどうかしら。あなたは私の仕事を手伝って終ったらこの町を出るの」
予想通りだ。実に扱いやすくて結構だな。
「報酬は出るのか?」
これが一番重要だ。そしてどういう仕事かは大体解っている。
「少しね。邪魔な奴を消してもらいたいの。あなたの立場なら後腐れもないわ」
「他人に聞かれたらまずいんじゃないのか?ちょっと奥で話そうか」
「そうね。えーっと・・・」
名前を聞きたいらしい。
「ギリアムだ。テリー・ギリアム。よろしく」
「知ってると思うけどアーシー・レイシャよ」
その後俺は依頼を聞いた。
それは実に単純な内容だった。
悪徳役人のズジと手下の保安官を皆殺しにしろという事だった。
報酬は300000単位。破格だ。
田舎やくざにしては景気がいい。
それと娼館を使っていいそうだ。
ここまで来ると逆に怪しいがとりあえず俺は受けることにした。
俺はネットを使って仲間を呼び寄せた。
ネットにプラグインして掲示板に書き込む。
<100000単位の仕事、戦闘要員請う。秘密厳守が条件>
よし、とりあえずこれでしばらく待とう。俺はネットから出て現実に戻る。
「ねぇお客さんひょっとしてボスが言ってた便利屋さんなの?」
スライムの娘がベッドがわりの水槽から言う。
・・・俺はレイミーの経営する売春宿に来ていたのだ。
「まあ・・・行きがかり上な。聞いても面白い事なんぞないぞ」
スライムは売春婦としては人気が高い。どんな美人にも化けられるし、
粘液状というのも目的のためには都合がいい。
現に俺の目の前にいるスライムの娘・・・名前はなんだっけ。あー・・・・まあいいや。
とにかくそのスライムも腰から上は美女だ。そして下半身はどろどろのアメーバーのようになっている。
色は基本的にそのスライムの種族や食べ物によって変わる。
当然人間と同じ肌色になれる種族は重宝されるわけだ。
あいにく今いるスライムは透明な紫色だが。
で、そのスライムが言った。
「じゃあルールーを見てく?もしよかったら身請けしてみたら?」
そう言ってカタンと壁の一部を明けてみせた。
「のぞき趣味はないぞ」
俺は断った。悪趣味もいいとこだ。
「じゃあちょっとコネクトしていい?」
コネクトとは生体についてるネット用のプラグを生体(人間やその他の種族)同士で繋げる事だ。
「なんでだ?俺は行きがかりの奴とはそんな無用心な事はしない」
生体の脳同士を繋げるのだ。精神攻撃の類をされたらひとたまりもない。
そのかわりイメージや記憶を伝えるには言葉より早いが。
「いいから・・・・」
ズキュン
むりやりコネクトしてきやがった。
で、伝わってきたイメージは・・・
粗末な納屋で逢引するゾンビ娘と黒山羊人。
「空が綺麗だな。ルゥ」
「きれい!そら、きれい!」
この声は・・・ああ、あのバーテンだ。
じゃあこのゾンビはルールーとかいうレイミーの妹か。
なるほどたしかに頭が弱いらしい。
「いつか必ずおまえを幸せにしてやるからな・・・」
そっと彼女の髪をなでる男。
「あー!しあわせ。るー、ジェイムスといっしょにいる、たのしい!!」
ゾンビ娘は見た目人間にして6、7才といった所だ。
やわらかくかわいい笑顔をずっと浮かべている。
髪は柔らかくパーマのかかった茶髪だ。
顔を斜めに走る縫い跡。顔の左上半分は青い皮膚が使ってある。
ごほごほと咳き込むルールー。病気か?
否、おそらく防腐術式が不完全なようだ。
胸に蛆がたかっている。
「るー、胸、いたい。ふたつ、これって恋?」
ああ、腐っているのだ。だがまあ男の答えも予想できるが。
「はは、馬鹿だなルゥは・・・いつもの痛みか?」
悲しそうに言うジェイムス。
「ひとつはおなじ、おなじ!でももうひとつはなんだかきもちよくて、あまくてきゅんってするの」
ああ、そりゃ恋だな。お幸せにクソッタレ。
「ルゥ・・・いい子だ。大好きだよ」
彼女の頭をそっとなでるジェイムスだった。
「・・・・おねえちゃんがくる」
だがなま温かい幸福は突然破壊された。彼女はそれを怯えた声で告げる。
「にげてジェイムス。はやく!」
彼女に似合わぬ切迫した声
「解った・・・大丈夫だからな。ルゥ。大丈夫だから」
そっと抱きしめた。
場面が変わる。
ああ・・・場所はこの売春宿だ。
別の・・・趣味の悪いSM部屋だ。
ジュウッ
その音と共にすえた臭いが立ち上る。
「あああああああっ!!」
ハンダゴテだ。焼かれているのはルールーだった。
「・・・・・・」
それをしているモノはなんだか元の種族がよくわからない。
まず下半身が四つんばいになった手足を切り取られた人間のそれで、首が生えるべきところから
男根と頭の無い男の上半身が生えている。
手は鞭のような触手になっていて上半身の腹の所に目玉と口があった。
牛の部分が人間チックなケンタウロスといえば解ってもらえるだろうか。
おそらく悪徳役人のズジだろう。大方見せ掛けの手打ちの代償として彼女を抱く約束をとりつけたのだ。
ズジはなにやら良く聞こえない事をぶつぶつつぶやいている。
奴は腰を動かしながらまるで馬に鞭を打つかのようにハンダゴテを当てる。
そのたびにビクンビクンと彼女は痙攣する。
「・・・ぁ・・ぉゎ・・・ょ」
すると突然ズジは彼女の髪をひっつかんで壁に叩き付けた。
ぶちぶちっという音がして頭皮ごと髪の毛が抜け落ちる。
「だヵら・・・ぇ・・てえええええええええええっ」
今度はめちゃくちゃに蹴り始めた。
「い、いたいー、いたいよー・・・」
骨が砕けて肋骨が陥没する。
「って・・・じゃ・・ぇヵょ・・・っぞおおおおおっ!!」
今度は指を踏みにじり引っこ抜いた。
「いやああああああああっいたいっいたい!!」
黒い血液が噴出した・・・
プツン
そこでコネクトは終った。スライムの女が見せたかったのはこれだったらしい。
「・・・で?俺にどうしろと?」
まあ大体わかるが・・・
「あの子を連れて行って欲しいの。ここにいたら殺されるわ。
私に出来る事ならなんでもするから・・・」
女は予想通りの答えを言った。
そして俺も用意していた答えを言った。
「駄目だ。そんな事をしても俺には何の得もない。第一足手まといだ。
あんたも、そいつも。連れて行ったら俺の命が危ない」
案の定女は諦めた顔をして呟いた。
「そうね・・・私が甘かった。わかってはいたのよ、
でも希望にすがって・・・いいえ、ごめんなさい。忘れて」
俺は一つの事を思いついた。
これなら俺に損は無いはずだ。
「ただ・・・バーテンの野郎をそそのかして俺の手伝いをさせれば
ひょっとしたら奴が身請けできるかもな
ただ、失敗したら彼女は支えとなってくれる人を失い、ますます酷い状況になるだろうがな」
俺は事実をそのまま告げた。
「・・・それは、彼に言って・・・・」
「そうだな」
俺は静かにブラインドから漏れる夕日を見た。
俺は再びネットに潜った。
俺がさっき書いたメッセージに対するレスを見てみる。
<その仕事引き受けます。近くの地域にいるのですぐに行けます。資格は2級退魔師>
<受けるよ。すぐ行く 当方破壊屋アンドリュー>
2級退魔師に破壊屋か・・・
ちなみに退魔師は1級が高位で、特級、超級と続く。
「破壊屋」アンドリューは名の知れた殺し屋だ。
殺し屋といっても相手は人間から魔獣まで様々で、
とんでもない銃火器を使って火力で押しつぶすという噂だった。
俺はすぐにレスを返した。
<了解。貴方の親切に感謝します。集合は明日の昼3時にバー「ナムボディ」にて>
さて、どんな奴らなんだか・・・
職にあぶれていた退魔師は手っ取り早く稼げそうなヤバめの仕事に手を出す事にした。
ネットで仕入れた簡単でキツイ仕事だ。
要は少し暴れればいいらしいな。そうして俺はこの辺鄙な村にたどり着いた。
レッドヴァリー村・・・ああ、ここで合ってるな・・・
バーはこっちでいいみたいだ。
キィ
オレは観音開きの扉を開けてバーに入った。
1人目の助っ人は背の高いスラッとした黒いスーツ姿の人間だった。
長丸の眼鏡にマッシュルームカットとセンター分けの中間のような黒髪。
腰には長い日本刀。
義手をしているが俺と違って金属製だ。
皮膚と顔の一部にも金属を使っていた。金持ちな奴だ。
彼はゆらりと周りを見渡して俺を探している。
「ここだ。俺があんたらを雇った。テリー・ギリアムという者だ。よろしくな。えーっと・・・」
「ああよろしく・・・長螺坂 桂安(ながらさか けいあん)だ・・・」
黒スーツの男が言った。
「俺はジェイムス・・・ここのマスターだ」
「ああ」
なんとなく自己紹介が終ったところで俺は切り出した。
「そろそろ3時だな・・・じゃあ破壊屋が来る前に一応説明しておくぞ」
「ああ・・・聞かせてくれ」
俺の話した計画はこうだ。
まずジェイムスがネットの通り道である気脈に爆弾を仕掛ける。
ネットが復旧するまで5時間。それまでに勝負を決める。
まず破壊屋が保安官事務所を焼き払う。
それからすぐにターゲットの屋敷を襲撃して皆殺しにする。
破壊屋が陽動をすればいいだろう。
その隙に俺たちはターゲットを暗殺する。
あとはザコを全員殺せばいい。
簡単だろう?
「かなり無茶な作戦だな・・・でもできなくはないか・・・」
「だろう?小細工するとかえって失敗しやすいからな。このへんはアバウトでかまわん」
そう話していた時に最後の1人が入ってきた。
「あ、どーも。アンドリューです」
この暑いのに黒いコートに全身真っ黒の姿、天然パーマの入った長めの髪という暑苦しい姿の
優男が破壊屋(クラッシャー)だった。
良く見たら背中が膨れている。どうもやたらと太い腕が背中についているようだ。
おそらく武装が収納されてるのだろう。
さらにコートの内側からも細長い腕が見えている。
「お、これで揃ったな。じゃあ改めて説明するが・・・」
「ん、だいじょぶでしょ、一応外から聞いてたし。俺が陽動ね。じゃあそれで行こう」
まったりとしてかつあっさりとした受け答えだった。
俺はこけそうになるのをこらえながら聞いた。
「解った・・・だがなぜ外で聞いてたんだ?」
これもあっさりと返す。
「俺がはめられないともかぎらないでしょ」
俺はもう突っ込むを諦めて言った。
「そうか・・・じゃあそう言うことで決行は今夜3時だ。それまで休んでくれ」
俺は人の少ない昼下がりのバーでジェイムスと話していた。
「なんでこの話を受けた・・・覚悟はあるのか?お前が死んだらあの子も死ぬだろうな」
別に特に気になるってわけでもない。ちょっとしたゴシップみたいなもんだ。
「わかってる・・・でもこのままだとどっちにしろ殺されちまうからな・・・ここらで賭けに出たくなったんだ。
それに・・・俺が死んだら死んだでなんとかするようにしてあるから・・・」
ああ、また何かたくらんでやがるな。知ったことじゃないが。
「そうか・・・まあせいぜいうまくやれよ。俺のと違ってお前さんの命は使い捨てじゃないんだ」
「ああ・・・」
俺たちの会話は静かに、黄色い日ざしと砂埃の中を漂っていった・・・
そして。時はやって来た。
真夜中3時。
ジェイムスは爆弾を仕掛け終えて退避するとスイッチを押した。
カチッ
ドッ・・パァァァァァァァァン
凄まじい爆発と共に大地が抉れ、そこから赤い瘴気が漏れ出す。
ジェイムスは爆炎と瘴気から逃げつつ呟いた。
「これで・・・これでいいんだ。ルゥ・・・絶対にお前を幸せに・・・」
一方アンドリューは保安官事務所を襲撃するべくその扉を叩いた。
「すいませーん、お届けモノでェす」
こう言うときもやはり彼の口調は呑気なものだった。
「おお!やっとあれがとどい・・・」
撃鉄を上げる心地よい金属音が響く。
アンドリューが人間の右手で4連オートマチックマグナムを構えた。
十字形に並んだ銃口は強烈な威力の炸裂弾を破裂音と共にうち出して保安官の上半身をフッ飛ばした。
「はぁい良い子のみなさんにはァ、ピーナッツとパイナップルのプレゼントでェーーーっす」
やる気の無い口調でひょいっと手榴弾を投げ込むアンドリュー。
「30分で全焼ってとこかな。とりあえず全員ぶっ飛んだみたいだし。さっさと次いきましょーか」
アンドリューは4連マグナムをブローバックさせるとゆっくりと屋敷に歩き出した。
「んじゃ挨拶代わりに行きますか」
彼はどこから持ってきたのか小型ミサイルを構えていきなり撃った!!
清清しい発射音の後に心沸かせる爆発音。
「な、なんだ!?爆発だ!!けいほーう!!敵襲だーーーッ!!」
「おまえか!?ふざけた野郎は!?」
「すり潰してやるぜ!!」
わらわらと出てきて武器を構える男たち。
それに大してアンドリューは・・・
「はーい人相の悪いみなさんコンニチワー。そしてさよーなら」
BLORSH!
彼がコートをはだけさせるとそこにあったのは異形だった。
背中に生えた二本の豪腕。
肩には4本の腕。そのうち一つは異常に長く、多間接で、まるで鞭のようにしなっている。
そしてそのどれにも武器がうめこまれ、また構えていた。
ZIP!
ZAP!
BLAP!
SAWK!
彼もまたフリークスなのだった。
人間の腕には4連マグナムとサブマシンガン、ガドリング砲。
長腕にはククリナイフ。そして後ろの豪腕には様々な銃器が埋め込まれていた。
「うっうおおおおおっ殺せ!!早くころうばっ!!」
BANG!
4連マグナムが地獄行きの一番を選び出した。
「うわああああっ」
パニックになって打ち捲る泥人間にアンドリューはガドリングの貫通弾の嵐で答えた。
玄関前の敵がいなくなるとアンドリューは屋敷内に入った。
そこは階段が両脇にあるホールだった。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい!!」
ロケット砲の一撃が彼を出迎えた。
「こりゃどうも」
そう言って転げて避けつつレーザービームで射手を轢断する。
「ひゃあおあおおおっ」
小柄な体に4本の腕と6本の足を移植したまるで蜘蛛のようなホビットが天井から鉈で切りつけてくる。
「こんちわー」
BAM!!
ショットガンで半身をグチャグチャにした。
だが男は尚も向かってくる。
「以外にしぶといね」
後退しつつ別の腕で2階にいる敵の頭をふっ飛ばしている。
POW!POW!
背中の豪腕から捕獲ネットが打ち出され蜘蛛男は絡まって倒れる。
「はいさよならー」
さらに背中から火炎放射機が出てきて男を焼きつくす。
「ぐごおおおおおっおおおおおおっ」
悶えつつもポケットからデリンジャーを出して撃とうとする男。
「えーと、特別大サービスで俺とマシンガンダンスを踊ろう」
GAGAGAGAGAGA!!
ガドリングとマシンガン、そしてマグナムによる一斉射撃でグチャグチャになりながら吹っ飛んでいく男を見ながらふと呟く。
「あれ、蜘蛛って夜殺しちゃいけなかったっけ」
俺と桂安は裏口から侵入する事にした。
「始まったな・・・じゃあさっさと行くぞ」
「いや、待て・・・オレの式神で調べておく」
桂安は札を取り出して呪詛を囁くと息を吹きかけた。
バサバサバサ!
一端木綿のような形の式神が出現してドアの隙間からするりと入り込む。
ボウッ!
するとその式が一瞬にして燃えた。
「カバラ式の結界だ。一応破っておいたよ」
「ああ・・・だがこちらの侵入はばれたな。急ぐぞ!!」
俺たちは扉を開けて入った。
入れなかった。
ドガガガガガガガガム!!
扉の後ろに控えていた門番たちによって俺は撃たれた。
ズタズタになった体から血を流して崩壊して・・・
崩壊?
「幻影か。さすがは2級退魔師だな」
そう、扉を開けたのは桂安が作った俺の幻影だった。
「ああ、でもお前もわかってただろ?」
そう、俺も知っていた。
だから扉の中に体内で生成した猛毒を入れてやった。
俺は改めてドアをあけると中に入った。
「台所か・・・こんな所にも警備がいるとはな」
そう、中は台所だった。
口が裂けて歯の変わりに釘を埋め込んでる男やら甲殻の皮膚を持つ男やらが倒れている。
それらを避けて二階へ行く階段を上る。
そしてズジがいる部屋へ後一歩という廊下で俺たちは自分のミスを知った。
バタン。バタン。バタン。
両脇の扉が次々に開き、中から敵が出てきた。
火傷のケロイドみたいな真っ赤な皮膚に目も鼻も無い顔、そして腕の先に筒のようなものがついた奴、だった。
「これは・・・使い魔だ。さっきの罠を張った奴と同じだな・・・」
桂安が言った。
「ではお前は術者を殺してくれ。俺はこいつらを止める」
「わかった」
俺たちが言うのと同時にやつらがかかってきた。
筒の先から赤黒い液体を出してくる。
俺はとっさによけて散弾を叩き込んだ。
奴の左腕は肩からふっとび無様に転げる。
だが奴はゆっくりと起き上がるとまた液体を出してきた。
「おっと」
ドジュウ。
液体の触れた所が熱で焼け爛れる。
どうやらとんでもなく熱い血液を撃ってるようだ。熱血野郎だな、今名付けた。
それに使い魔はまるで粘土のようでふっとばしてもあまりダメージはない。
右手のグラインダーカッターはあまり効果がないだろうし。
そう言っている間に熱血野郎は集団で撃ってくる。
俺の胸めがけて打ち出された血液を壁を蹴って飛んで避ける。
そして奴等の真ん中に着地して右腕のギミックを作動させた。
ボトン。
腕に縫い付けたぶよぶよで紫色の疣のような組織に開いた穴から卵が落ちる。
慌てて振り向くがもう遅い。俺はショットガンを打ちまくって前にいる数匹をバラバラに吹っ飛ばす。
そして奴らが撃ってくる前にさっさと逃げる。
後ろから撃ってきたが俺は転げ回ってなんとか避けきった。
そして。
メチッメチメチメチッ・・・
ボンッ
卵が割れ、中から無数の白いブツブツした穴が開いた粘土のような生き物が出てくる。
それらはドリル型に変形して熱血野郎共の体内に入り込む。
「・・・!!」
じたばたともがく熱血野郎たち。
だが粘土生物「ノシュケ」は奴等の体を内側から喰らいつくし、繁殖していく。
ついに熱血野郎は中身を全部喰らい尽くされてぐにょぐにょの粘土の入った袋になってしまう。
だがそれも数秒で一気に弾けてさらに感染を拡大していく・・・
しかし奴等も負けてはいない。
後退しつつ血液でノシュケを焼いていく。
だが俺はさらに畳み掛ける。
死体で作ったギミックつき義手のまた別の機能を起動させた。
プシュッ
ヒジの所につけた蜘蛛の腹のような部分から粘着性の糸が出る。
「・・・!・・・!!」
やがて糸は固まって使い魔共を固定する。
そしてノシュケの群体も追いついて・・・
やがて、捕食は完了する。
ちなみにノシュケは水分の無い所では1時間と生きられない。
屋敷の外に出る前に自滅するだろう。
「さて・・・こっちは終ったぞ。奴はどうしている?」
「はは・・・こりゃ・・・」
扉の中にいたのは「でぶ」だった。
3mはあるだろうか。
手も足もまるまると風船のように太って中身が見えない。
頭も毛がまばらで不健康そうだ。
目は脂肪に覆われて見えなかった。
消しゴムのように大きな歯が何の脈絡もなく植わった穴のような巨大な口が腹に生えている。
桂安がとりあえず呪法でケシズミにしてやろうか、それとも刀で滅多斬りにしてやろうかと思っていると
腹の口が大きく吼えた。
それと同時に床に魔方陣が出現し、巨大な使い魔が出てきた。
スキンヘッドに筋肉隆々な赤い体。
腕は4本で、左手は異常に巨大に肥大してやったらめったら筋肉がついている。
もう一本はまるでカニのはさみのようだ。
ただしいくつも刃が突き出てまるで釘バットのようになっている。
その上メインのハサミはククリナイフというか、何かの大刀を改造したもののようだった。
右手は細い機械の腕で、いくつもの銃が鉄パイプの腕についていた。
そして最後の一本は炎でできていた。ゆらゆらとゆらめくその腕はどこまでも伸びるだろう。
「ちっ・・・主力の使い魔か・・・来いッ!!」
バぎゃン!
使い魔の2連ショットガンが火を噴いた。
だが・・・
「きかないよ」
バッぎょォオオん!!
それは桂安の鋼鉄の腕によって止められた。
皮膚のかわりに縫い付けてある鉄板はかなり頑丈らしい。
「うばっしゃああああっ」
すると今度は巨大な左手で打ちつけてきた。
「ちっ」
あわてて避ける桂安。
ドッ・・・ゴムッ!!
打ち付けられた拳で床が抜ける。
桂安は手印を結ぶと呪詛と技名を唱えた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!オン・アラハシャ・ノウ・・・利剣乱舞!!」
鍔の代わりにバッファローのような角が柄の両脇から3本つづ生えた優雅な形な金色の諸刃の剣、
すなわち利剣が床からまるで槍のように出て使い魔を串刺しにしようとする。
だが使い魔もそれを察してジャンプして手の一本で天井に掴まる。
そしてさらに銃で撃ってきた。
「ぬうっ」
だがそれも桂安の予想のうちだった。
彼は利剣の一本を念で動かすとでぶ本体へと飛ばす
しかし。
「ううごああああああああああああっ」
再びでぶ魔術師の雄叫びにより魔術が行使された。
炎の壁がでぶの前にできて利剣を弾いてしまう。
これでは式神も利剣も使えない。
「じゃがああああああっ」
その上使い魔は天井にぶら下がりながら炎の腕を伸ばして襲ってくる。
「まずは使い魔か・・・天井から落さないとな・・・」
彼は炎の腕から避けつつも策を練る。
否、策を練る暇など無かった。
炎を避けたその先にハサミが飛んできた。
左手のハサミは鎖がつながっていて飛ばしたりそれを操ったりすることができるらしい。
「くっ」
ガィィン
なんとか剣で防御したが超重量のハサミに押されて炎をまともにくらってしまう。
「ぐああああああああああっ!!」
熱さに悶える桂安。
しかし熱傷の恐ろしさは炎を消した後に訪れる。
大概の場合において融けた皮膚に雑菌が入り込んで感染症、しまいには肉が腐り溶けてしまうのだ。
だが。
「やれやれ・・・右半身は鉄でよかった・・・」
幸いな事に炎が生体まで届くことは無かった。
だが彼の幸運はこれだけでは無かった。
「これで終わりだ・・・筋肉達磨」
がっしと鎖を掴む。
「!?」
ヒュヒュン。
勝負を決める一撃は背後からやってきた。
ザザクッ
使い魔の背中に利剣が刺さっていた。
ハサミに炎の腕。さらに左手は天井に掴まってて使えない状態の隙を突いて
密かに移動させていた利剣を飛ばして突き刺したのだ。
だが剣が5本10本刺さった所で筋肉の塊のこの怪物が死ぬとは思えない。
しかし桂安の顔には勝利の確信があった。何故か?
それは。
「退魔術式蓮華の章十三、文殊青蓮華剣!」
真言の効果は直ぐに現れた。
利剣から青い光が溢れ、使い魔を浄化していく。
「ごおあうおうおうぅぅっ!!」
一瞬で塵に還る使い魔。
「さて・・・次は本体だが・・・」
しかし状況は彼に休む暇を与えてくれない。
「ごろんもんぞおおおおっ」
本体が魔術による火炎放射をしてくる。
さらに時間がたてば新しい使い魔を出して来るかもしれない。
だが彼は慌てず騒がず霊符を取り出した。
そして印を組んで符に息を特殊なリズムで吹きかける。
コウッ
霊符が青く光り、光は彼の体を包む。
そして彼はおもむろに炎の壁の中に入った。
するとまるでモーセのように炎の壁が割れる。
彼が使ったのは避火の霊符だったのだ。
「ごおじゃずんでぇええええっ」
でぶはあわてて炎を吹きかけるがもう遅い。
火炎は彼をよけていきついに彼はでぶの柔肌に触れた。
そして。
「発剄!!」
ズムッ
桂安の手から衝撃波と共に気が放たれでぶの体を内部から破壊する。
「ごばばばばばっ」
体中の穴から脳ミソやら内臓やら肉やら血やらを吐き出してしぼんでいくでぶ。
すでに息はないようだ。
「こっちも終ったな・・・ギリアムと合流するか・・・」
そうして俺たちはようやく例の悪代官のいる部屋の扉を蹴破った。
ああ、やっぱり悪いことしていた。ルールーが指を千切られ足を切断され、内臓を掻き出されて転がっていた。
「ぉぁぇらぁ・・・この・・・さき・・・がああああああああっ!!」
「この・・・糞野郎!!もう許さん!!死ねぇっ!!」
恋人を傷つけられ続けたジェイムスの怒りが爆発する。
怒りに燃えた山羊男はショットガンを構えてブッ放す。
だが悲劇はその時起こった。
「だぁれぇっが・・・!!」
悪代官の触手がルールーを捕まえて盾にしたのだ。
散弾は見事に彼女の心臓を破裂させて首を飛ばした。
あどけない顔に恐怖を刻み込んだ首がころころとジェイムスの足元に転がってきた。
「・・・ッ!!」
だがズジの悪あがきは命を数秒延ばしたに過ぎなかった。
「じゃ、ね」
アンドリューのロケット砲が奴の体をゴミクズに変えてくれた。
ただしその爆発で俺たちは2階から放り出されたが。
ルールーの千切れた腕と首を目の前にして呆然とするジェイムス。
「おい」
俺はとりあえず声を掛けた早いところ撤退しなきゃな。
「あっ・・・・うあああああああっ嘘だ治るまだつなげれば」
パニックに陥って彼女の腕と首を繋げようとしたり大声で叫んだりするジェイムス。
俺はパニクっている奴に容赦ない蹴りを加えた。
そして角をひっつかんでぐいっと顔を近づけて言った。
「おい落ち着け。まだ治る。傷口を壊すと取り返しがつかなくなるぞ」
「ほ、本当か!?」
一瞬奴の顔に理性が戻る。
「本当だ。今すぐ繋げれば話す事くらいは大丈夫なはずだ」
「繋ぐ?」
「そう、繋ぐんだ。おまえさんの体とな。ただ時間が・・・」
俺の言葉を弾丸が遮った。
血しぶきを上げて倒れるジェイムス。
「なにいっ!?」
誰だ?奴等の残党か?
「あの馬鹿を生かすなんて・・・そんな事させないわ」
その声は・・・
「あ、雇い主さんだ。俺たちを潰しにきたんでしょ。金ねーから」
アンドリューの言うとおりだろう、こすい奴だ。予想していなかったわけではないが・・・
俺たち全員と奴の手下が戦闘態勢に入ったのを見てレイミーが言った。
「落ち着いて。私はあの馬鹿とその山羊男を殺すだけよ。あなたたちに礼金は出すわ」
・・・どういうことだ?ははあなるほど。
「同じ村に証人がいたら困るってわけか?あくまで金に目がくらんだ流れ者がやった事にしたいと・・・」
だが奴は否定した。
「それもあるけどこの馬鹿が生きてるって事が許せないのよ。
同じ血が流れてるって思うだけで怖気が走るわ」
ルールーの生首を見て言った。
「じゃあ余計な事はしないでビジネスの話をアジトでゆっくり・・・」
そうだ。何の問題もない。俺は金をもらってさっさと帰る。
だが・・・
「気に入らんな」
「え」
バムッ
俺のショットガンがレイミーの首を吹っ飛ばした。
「きっ貴様ぁっ!!」
役に立たなかったレイミーのボディガードがいきり立つ。
「あーあ、しょうがないね。んじゃ、もう一頑張りしましょーか」
SHAWK.
アンドリューの銃口がレイミーの手下たちを補足した。
数分後俺たちは死体の山の上で金勘定をしていた。
「これなら俺たちの給料は払えるね」
「そうだな」
レイミーのアジトにあった金とズジの屋敷からかっぱらった金。
全部で200万単位になった。
俺たちは3人で山分けするとそれぞれ別の道に行く事になった。
「じゃあオレはこのへんで帰る・・・」
「んじゃ、ね。縁があったらまた会いましょー」
桂安とアンドリューは金をたんまり貰って村の出口にいた。
「ああ・・・」
「ところでそいつらの首持ってどうする気だ?」
俺はジェイムスとルールー、それとレイミーの死体をもっていた。
「ちょっと・・・な」
俺はある考えを実行しようと思っていた。
翌日。
ジェイムスはネクロ屋のベッドで目を覚ました。
「ジェイムスー、起きたおきたー」
それは、その声は彼の愛しい人の声だった。
「ルゥ・・・どこだ?ここはあの世か?」
彼の問いかけに答えたのは下品なオヤジの声だった。
「んなわけないだろ。あんたらは助けられたんだよ」
ネクロ屋の芋虫オヤジだった。
「お前は・・・俺は一体どうなったんだ?」
「自分の体を良く見てみろ」
見てみた。
そこにあったのは・・・
「合体させたのか」
そう、首はジェイムス、体はレイミー、そして胸の所にルールーの顔があった。
「そうだよ。サイズや相性から言って姉御が一番良かったのさ。色々使ったがね」
そう、色々使われてた。
心臓はまるで象のように巨大で歪なものが薄皮と金属の外骨格に覆われて腹の所にあった。
その隣にはなぜかルールーの小さな腕が。そして足は8本の蜘蛛のようなものだった。
それは死んだズジやレイミーの手下のものだった。
「どうして助けてくれた?それにあんたみたいなヤブがこんな大掛かりな手術できたのか?」
オヤジははあ、とため息をつくと話し始めた。
「ギリアムの旦那が金はらったんだよ。30万くらい・・・
それとあいつは親が腕のいいネクロ屋だそうだ。基礎知識は俺以上に知ってたよ」
「そんな!そんな金どこに・・・そうか。レイミーから取ったのか・・・それでもかつかつのはずだが・・・」
ちなみにギリアムの取り分は約60万だった。
「みたいだな。ほとんどあんたに使っちまった。「なんとなく気になってな」だとさ」
「あいつは今どこに!?」
ハッと気付いて彼は言った。
「さっき村から出てったよ。それからあんたに伝言だ。
『ロミオとジュリエットが生きてたら浮気もしたし喧嘩もしたろうな。今回みたいな幸運は2度と来ないと思っとけ』だそうだ」
要するに彼女を幸せにしてやれ、という意味か。
「そんな・・・・礼も言ってないのに」
深くうなだれるジェイムス。
「それよりあんたらの生活を考えちゃどうかね?
もうこの村にはいられないだろう。この村も大物がいなくなっちまった。これから大変だぞ」
だがジェイムスの顔は明るかった。
「いや・・・とりあえず今はこいつがいるから・・・いい」
彼は彼女にそっと笑いかけた。
彼女もにっこり笑った。
荒野をバイクが走っている。
黒い義手のカウボーイだ。
彼は考えるなぜあんな事をしたか。
(なぜだろうな・・・わからない。
これから保安官もやくざもいなくなったあの村は盗賊に襲われるだろう。
あの二人も前途多難だ。だが・・・希望がないわけじゃないだろう。
彼らには支えあう家族がいるのだから。俺は?俺は大金を使っちまった。
山ほど殺しただけで俺自身は何も変わっていない。
生きる意味も何もない・・・でも)
「なんとかやっていくさ・・・」
バイクが過ぎ去った後にはどこまでも広がる赤い荒野と静かに揺れるサボテンの花があるきりだった。