地図に無い国
砂漠を、車の隊列が延々と走っていく。
砂は少ない。ただ只管に赤茶けた地面が続いていた。地面はひび割れ、草もまばらだ。
真ん中の車両には3人の男が乗っていた。二人は傭兵らしく荒んだ雰囲気をしている。
一人は学者のようだった。
「学者先生、後どんくれえだ?砂漠も悪かねえが、こう暇だと眠っちまいそうだぜ」
カウボーイハットに皮ジャンの男が言った。傭兵の一人だった。
小島勝一という傭兵だった。
「あと一時間くらいだと思うよ。憧れの聖地はもうすぐだ!」
学者が言った。彼らはかつて滅んだ国の遺跡を捜しに来たのだ。
「ふむ、速いですな。砂漠の旅はもっと時間がかかるものだと思ってましたが」
傭兵の一人が言う。スーツ姿に白いマントを被っていた。
黒瀬礼一という。
「最近の車は性能がいいからね。砂漠でも走れる。ずいぶん楽になったよ」
遺跡が見えてきた。砂漠にぽつりと城が建っている。砂と同じ色の石でできた古い城だ。
砂に埋もれ、かなり風化している。
その時一発の銃弾が打ち込まれた。
遠くからホバー船が近づいてくる。砂漠ではホバー船も交通手段の一つだった。
「止まれ!ここは我らが聖地!王の財宝を漁る墓荒らしならば去れ!
旅行者ならばこの先東に20km行った所に村がある!ここに近寄るな!」
この城と滅んだ国の王を信仰する現地住民だった。20名はいるだろうか。
武装し、城に誰も近づかせないし、自らも入らない。
これが学者が小島たちを雇った理由だった。
学者が車から出てきて説得する。
「違うんだ。何も墓を荒らそうって訳じゃない。この都市自体の全体的な調査を…」
銃弾が彼の足元に撃ち込まれた。
「貴様らの言い分はいつもそうだ!墓に入り王の眠りを邪魔し、副葬品を奪っていく事のどこが墓荒らしで無いと言える!早々に立ち去れ!血を見たくなければな!」
ターバンで顔を隠した男が言う。リーダー格のようだ。剣を振りかざして威嚇している。
「そ、それは確かにそうだがちゃんと何も壊さずに行く。見るだけでも許してくれ」
返答は銃弾だった。ターバンの男が睨みつける。
「そういうこった。学者先生。ここで帰るか、こいつらをぶちのめしてでも行くか、二つに一つだ。
何のために俺たちを雇ったんだ?学者先生」
小島と黒瀬はすでに車を降りていた。学者を守るように立ちふさがる。
「このプロジェクトをここで打ち切るわけにはいかない…やってくれ」
学者は苦々しい口調で言うと、車に隠れた。
「ハン、そいつでいいのさ。そこで見てるこった。オーケー。ショウタイムだ」
「ふむ、退屈していた所ですし、丁度良いですな。すいませんが、死んでいただきます」
小島はコルトガバメントとトカレフの2丁銃を構え、黒瀬は脇差を両手に構えた。
「いいだろう!あの世で王に許しを乞うがいい!!」
20人が一気にかかってきた。
20丁のマシンガンが弾雨を浴びせる。
だが学者達の車は無事だった。白い壁のようなものが銃弾を阻んでいたのだ。
壁は数枚あって、紙でできていた。呪文や紋章が書いてある。
小島の呪術によるものだった。壁の向こうから小さなものが投げ込まれる。
「弾の嵐はおっかねえからな。こいつでも食らいな!景気づけの花火だ!」
小島の投げたスタングレネードだ。強い音と光を出す爆弾だった。
「くそっ邪教の妖術か!怯むな!RPGを食らわせろ!手榴弾を投げ込んでやれ!」
ゲリラたちが爆弾を投げるのと同時にスタングレネードが爆発した。
強い光がゲリラの目を眩ます。
「ハン!投球練習でもしてるこった!学校で野球習わなかったのか?!」
投げられた爆弾を小島が空中で打ち落とす。激しい爆発だ。
「ふむ、今ですな。いきますよおおおおヒャハー!」
目の眩んだ隙をついて黒瀬が飛び出す。
「撃て!剣の準備もしろ!射撃を続けつつ白兵戦準備!」
弾雨の中を黒瀬は走っていく。銃弾を避け、あるいは切り裂きながら。
「オーケー。その調子だ黒瀬。こいつでちったあやりやすくなる」
射手が黒瀬を狙っている間に小島が次々と狙い撃ちにしていく。
射手が次々と倒れ、黒瀬が敵陣の中に突っ込んでいく。
弾丸をかわし、敵の剣を刀で受け止め身軽に首を落としていった。
その混乱に乗じて小島が拳銃で狙撃していく。
もうゲリラたちは数えるほどになっていた。
「よう、そこのターバン。退きな。これ以上兵を無駄死にさせたくなかったらな」
小島が銃を構えつつ話し掛ける。
「断る。我々は敵の前でしっぽを巻く恥知らずではない。
そして我々の命は王のものだ。ここで散ろうとも惜しくはない」
ターバンに白マント姿のリーダーは剣を抜く。他のメンバーとは少し違う剣だ。
そりの入ったサーベルかカトラスのような片手剣。柄には宝石と文様が刻まれていた。
「ハッ、ここを守りてえんだったら装備整えて顔洗って出直した方が有効ってもんだぜ?
まあ、そんな戦術の理屈なんざどうでも構やしねえ。そういう男らしいのは嫌いじゃねえぜ」
小島が壁から出てきて弾をリロードする。
「我々の命はここに一歩も入らせぬ事。入られてからでは意味がない。
皆、下がっていろ。私が出る」
残った兵たちが下がる。
砂漠の中で3人だけがいる目立つ。
遠くの砂丘が静かに砂を舞わせていた。
「さて、いかが致しましょうかねえ。小島さんと私が二人でかかりますか。
それとも一対一でしますかな?私としてはあなたと戦えればどちらでもかまいませんが」
黒瀬は刀を納めてゆっくりと近づいていく。
「ああ、そういうこった。どの道二人と戦うんだからな。一人づつがいいか同時がいいか選びな。
そんくれえのハンデがなきゃこっちの後味が悪いのさ」
小島はタバコを吹かしながら言った。
「愚問だ。戦士たる者、全力で戦い合うのが礼儀だ。遠慮は要らん。私もそのつもりで行く」
男は二人同時を選んだ。小島が笑う。
「ハッそうでなきゃな。こっちもすっきりやれるさ。大した戦士だな。名前聞いてやるよ」
小島が二丁拳銃を構える。
「ハキムだ。アルハジ・ハキム。ではそろそろ行くぞ」
ハキムの剣の宝石が光った。強い風が吹き、砂が乱れ飛ぶ。
小島の呪術と同じ、魔術的な能力を持った剣だった。
彼の一族は族長がこの魔剣を持つのだ。
王が自分を守護する一族に贈った魔法の剣だ。
対する小島たちもゆっくりと間をつめていく。
「来な。ハキム」
「応!」
戦いが始まった。
黒瀬と小島が前に立つ形になる。
小島が銃を連射した。すべて急所狙いだ。だがそれはハキムの剣に弾かれる。
その隙をついて黒瀬が切りかかる。ハキムは素早くマシンガンで応戦する。
黒瀬は胴体に何発かくらうが死んでいない。血もあまり出ていなかった。
小島が呪術を使うように、黒瀬も不死身の男だった。
「なるほど、再生能力か…だが首を落とされては動けまい」
黒瀬の勢いはとまらずハキムと剣を交えた。チャンバラだ。
「二対一っつたなぁ手前だぜ?コンビネーションってもんがあんのさ!」
黒瀬の剣を防ぐので精一杯のハキムを小島が撃つ。
「どうかな?貴様の知らない術を見せてやろう」
小島の弾丸を避けながらハキムが言った。
小島の方に砂でできた刃が襲い掛かる。
小島は撃ち落とそうとしたが、砂は崩れても再する。
避けても避けても次の刃が来る。その間にもハキムは黒瀬とチャンバラをしていた。
「貴様はそこで見ていろ。黒瀬と言ったな。たしかに素晴らしい剣技だ。だがこれではどうだ」
黒瀬の足元の砂が爆ぜた。砂粒がショットガンのように黒瀬の足を打ち抜く。
黒瀬の足は皮膚が破れ、肉が見えていた。
だが黒瀬の攻撃の勢いは止まらない。
「ヒャハーッ楽しいーっ」
「頑丈な男だ…だがいつまで持つ?」
砂のショットガンが黒瀬を何発も襲う。
やがて黒瀬の動きも鈍ってきた。腱をやられたのだ。
ハキムも黒瀬の動きについていけるようになってきた。
「これで終わりだ!」
黒瀬の背後に砂の剣が出てくる。砂の剣とハキムの剣が黒瀬の首を狙った。
ハキムの剣は防いだ。砂の刃も避けた。だが砂の剣や槍は何本も出てくる。
「いいえ、終わるのはあなたですな。足元が見えておりませんね」
「何?」
ハキムの足元に布切れがからまっていた。小島の使い魔だった。
ハキムは強く足を引っ張られて姿勢を崩す。そこで黒瀬はハキムの心臓を串刺しにした。
「お…おのれ…」
ハキムがゆっつくりと倒れた。血が砂にしみこんでいく。
「器用ななぁ手前だけじゃあねえんだぜ。
それでどうするんだ?三下共。かかってきな。
戦士らしく、気高く殺してやるよ」
小島が残った数人を見る。
「う…うおおお!!」
残りのゲリラたちはマシンガンを撃とうとした。
だがその前に小島のガバメントの方が速かった。残党は全員頭を撃ちぬかれて即死した。
「ふむ、終わったようですな」
服がボロボロになった黒瀬が言う。黒瀬の傷口はかさぶたになっていた。
「ああ、これで終わりってもんさ。学者先生出てきな。これからはあんたらの仕事だぜ」
学者が銃弾で凹んだ車から出てくる。
「あ、ああ…ありがとう。君らもいっしょに遺跡に行くかい?」
城は目の前にあった。門には大きな閂がかかり封印がされている。
「これを壊してもらえないだろうか。追加料金をだすからさ」
小島が門に近づくと銃で閂を壊した。
「ハッかまやしねえよ。こんくらいサービスさ。好きなだけ見るこった」
門が開いていく。城の中には何も無かった。建物の土台がわずかにのこった瓦礫の山だった。
「見な。こんなもんさ。手前らが命賭けで奪い合ってたもんはよ。これで満足か?」
小島が吐き捨てる。だが学者は目を輝かせていた。
「いや…これで充分だ。これだけでも学問的価値は計り知れない!これでいい…これでいいんだ。おい!皆調査だぞ!」
車から学者たちが次々とでてきて城に入っていく。
「ハン、学者先生の考えるこたぁわからねえな。これも趣味ってもんか?好きなもんだぜ全く」
小島がぼやく。
「ふうむ、趣味とはそういうものだと思いますが。まあ、これでお金も入りますし、問題無いでしょう」
黒瀬が言った。学者たちは遺跡のガラクタを調査し、掘り返したりしていた。
「そうだ。あのゲリラの剣!あれはすごい物だぞ。あれ一本で今年の予算が賄える!」
学者がハキムの死体に駆け寄った。
「待ちな。そいつはハキムのもんさ。奪うなぁ、俺が許さねえ。そっちにどんな都合があるか知ったこっちゃねえがな」
小島が銃をつきつける。学者が激っした。
「君達に何が解る!このままではこの城は、歴史はただ消えていくだけだ!記録に止めておかなきゃ人類の損失だ!それに、君に我々がいかに予算に苦労してるか解るか!君たちにだって安くない金を払っている!放っといてくれ!」
小島は舌打ちして銃を下げた。
「勝手にしな。こっちも仕事だ。死者の冥福は祈るけどよ、金には替えられねえ」
学者が喜んでハキムの死体に近寄る。だがその時ハキムの目が見開かれた。
「やはり…盗掘者め…」
砂の刃が学者を貫き、学者と共に砂も崩れ落ちた。
「おや、生命力の強い方ですな」
黒瀬が近寄る。
「黒に言われたかぁねえだろうよ」
小島がハキムの目の前に立つ。
「ようハキム。言い残すこたぁあるか?」
ハキムは弱弱しい声でかすかに言った。
「仲間の…埋葬…剣…隠す…」
そう言うとハキムは最期の力で剣を砂にうずもれさせた。
そして今度こそ、死んだ。
「オーケーハキム。ちゃんとやっとくさ」
小島は車からシャベルを取り出してゲリラたちを埋めていった。彼らの武器を墓標にして。
「ふむ、気は済みましたかな?」
黒瀬が言う。もう怪我は治っていた。服も着替えている。
「ハン、まあな。自己満足ってもんさ。死んでまで守るたあ、ハキムってな、いや、信仰ってな大したもんだぜ」
小島はウイスキーの瓶を取り出して飲んだ。黒瀬にも回す。
「そのようなものでしょうな。素晴らしいことなのでしょうが、私には無縁ですね」
黒瀬がちびりとショットグラスで飲んだ。
「まあな。俺たちバチあたりにゃあな」
砂漠の中で二人は乾杯した。強いウイスキーを煽る。
横では学者たちが延々と作業をしていた。
ただ、砂だけが静かに流れていただけだった。