《望ましいDV加害者更生プログラムとは?
−−プログラムを選ぶ際の指針のために》
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代表・草柳和之は、1997年、日本で初めてDV加害者更生プログラムに着手し、以来20年以上にわたり、実践と研究を重ねてきました。この分野
で本を執筆する他、海外の国際学会や国内の学会での発表、専門誌に論文執筆など、学術的にも質の高い内容を各方面に提供してきました。さ
らには長年、専門家を対象にトレーニングも実施しています。当団体が実施する更生プログラムは、このような実践と研究の蓄積に基づいています。
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近年、「『加害者更生プログラム』を実施している団体が増えている。何を基準に選んだらいいのか?」との声が聞かれるようになりました。
日本のDV加害者更生プログラムの実態は非常に混乱しており、多くの見解が存在し、しかも多くの問題をかかえています。
当相談機関は、そのような現実を非常に憂慮しており、このまま見過ごすことは望ましくないと考えました。
そこで、このページでは、上記のような経験をもとに問題点を整理し、冒頭の疑問にお答えしていきます。
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【1】 数10回にわたるグループ・プログラムの形式の『加害者更生プログラム』は、日本の現状に合致していません。
近年、DV問題先進地域の外国で実施されている『加害者更生プログラム』を運営している団体が増えています。これは、一週間に一度、2時間程度のグループ・プログラムを、数10回にわたって加害者に参加してもらうものです。内容も、基本的な内容から、より重要な内容へと発展して、非常に整っており、外国で長年実施されてきたプログラムですから、一見、信頼できるように思われます。しかし、このような形式のプログラムは、以下のように極めて大きな問題が存在します。
〔問題点@〕海外の社会システムを前提にしているので、日本の加害者の実情に合わない。
◆海外で、数10回にわたるグループ・プログラムの形式による実施がなされている要因は何でしょうか?
海外のDV問題先進地域では、女性パートナーに対する傷害事件で逮捕された加害者は、裁判所命令により加害者更生プログラムを促され、それを拒否するか、または、一定割合以上プログラムを欠席した場合、刑務所に収容となる制度を、法律で採用しています。そのような条件下ですから、加害者の大部分は、問題意識も自分を変える意欲もなく、反発や怒りをもって、プログラムに参加することになります。
そのため、DVとは何か、どのようなことが暴力なのか、という基本的な内容から開始し、暴力的傾向を防止するための分かりやすい内容にならざるを得ません。また、「やる気のない加害者」を対象としていますから、カウンセリングのような個人プログラムは不向きです。しかし、グループでチェックリストの実習を行ったり、被害者の語るビデオを見せて、自身の行為や言動のひどさを理解するよう促すなどの取り組みは、何とか可能なので、グループでカリキュラムを組むような方式を採用しているのです。
裁判所命令による強制力がある、という点も大事で、加害者のドロップアウト率も少なくないと言われますが、それでも毎週数10回にわたるプログラムに参加する割合も保たれます。また、プログラム参加は「刑罰の代替」との位置づけで実施しているため、期間や回数を区切る必要もあります。数10回という多数回のグループ・プログラム、というのは、あくまで裁判所命令による強制受講という社会システムを前提として、成立しているのです。
◆一方、日本で加害者がプログラムを受ける場合はどうでしょうか?
日本のDV防止法には、裁判所によるプログラム受講義務の制度はないので、加害者は自主的に参加します。海外では強制力があるので数10回のプログラムも運営できますが、例えば全50回のプログラムならば一年余りを要することになり、自主的な参加でどれだけの人が全回出席可能か、はなはだ疑問です。欠席した回を後に受講することを可能としても、それでは内容が飛び飛びになってしまう問題があります。
何よりも、自主的な参加なので、加害者はある程度の意欲がある層が参加します。海外での意欲がない加害者が大部分であることを前提としたプログラムと同じ内容を、「海外で実績あるプログラムであるから」と称して実施するのは、甚だ疑問です。ある程度の意欲がある加害者に対しては、表面的で明確な内容に終始する海外のプログラム以上に、自分のあり方の問題性をより強力に問いかけ、被害者に対する共感性を高める工夫を行い、言動や振る舞いを徹底して変化させる内容である必要があります。
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◆それでは、適切な対策は何でしょうか?
社会制度が異なるため、加害者の層も異なり、それに合わせたプログラムの形式や内容にする必要があるでしょう。当相談機関では、海外でのプログラムの実情も踏まえながら、日本の実情に合ったプログラムを試行錯誤してきました。
その結果、現在では
@専門カウンセリング……予約制、初回1.5時間、2回目以降1時間、費用=一時間1〜1.5万円
A加害者自助グループ……月2回、2時間のグループ、参加費500円
BDV克服ワークショップ……3ケ月に一度、土・日で行う、8.5時間の集中的グループ、費用=12100円
という形式で、加害者更生プログラムを実施しています。
加害者はある程度の意欲がある(それでも容易ならざる困難あり)ので、個人単位のプログラムを実施することは可能です。ただし、上記の「専門カウンセリング」は通常のカウンセリングではなく、DV加害の克服に特化された方針とアプローチとして開発されたものです。通常のカウンセリングでは、加害者の問題性を強化し、被害者をより苦しめることになりがちです。
どのような形式のプログラムでも、長所と欠点があります。個人単位のプログラムでは、個別の事情や、本人の問題意識の段階に合わせた取り組みが可能ですが、グループではそれがほとんどできません。しかしグループ・プログラムでは、他者がそこに存在していることの刺激が大事で、グループワークを実施することの良さは変えがたく、「他人のふり見て、我がふり直せ」という側面は大きいものです。個人単位のプログラムでは、そのような刺激は望めません。
要するに、個人単位のプログラムとグループを連動させ、両者の長所と欠点を補い会うことが望ましいのです。
◆日本の現段階では、個人単位のプログラムを実施することに、重要性があります。
当団体では、出来る限り加害者に個人単位のプログラムとグループを併用することを推奨しています。
〔重要性@〕グループ体験で生じがちな加害者の身勝手な解釈を、個人単位のプログラムを通じて修正できる。
加害者は、とんでもなく自分の都合のよい解釈をする傾向があります。グループ・プログラムを実施した場合、スタッフには「プログラムを通して十分な気づきや言動の変化を実現できた」と見える場合でも、驚くほど勝手な解釈をしていることがあるので、専門カウンセリングを併用している加害者には、必ずグループ体験をフォローして、誤った解釈を修正する取り組みを行っています。グループのみを行っている場合、このような欠点を見過ごしてしまうことが、大きな問題です。
〔重要性A〕プログラム参加を女性パートナーとの復縁に利用する加害者を排除できる。
本人が自覚しているか否かに関係なく、プログラム参加を女性パートナーとの復縁に利用する加害者が、どうしても一定割合存在します。このような加害者に対しては、自分の参加動機が適切なものになるよう働きかける必要がありますが、これは個人単位のプログラムでないとなかなか取り組めないものです。このような「利用目的の加害者」は、経験豊富な心理臨床家であれば、本人から様々なサインが発せられていますので、すぐに見抜くことができます。
単に利用する目的の傾向が甚だしい加害者に関しては、当相談機関の初回面接でプログラム参加をお断りすることさえあります。多くは、数カ月程度の経過観察期間をおいて、参加目的の質が向上すれば継続となりますが、そうでない場合、参加をお断りしています。この場合、参加を断られたことの重大性を受けとめて、しばらく後に参加目的の質が向上した状態となって加害者からコンタクトがあり、継続参加が認められる例も、少数ですが存在します。
◆どのようなプログラム方式が望ましいか?
現在の日本は加害者の自発的なプログラム受講であるので、長年の経験から、@専門カウンセリング/A加害者自助グループ/BDV克服ワークショップ、といった幾つかの窓口を設け、そこから参加の仕方を発展させる方式が実状に合っていると考えています。例えば、いきなり専門カウンセリングを受けるに躊躇する加害者で、グループ参加に抵抗がない場合、料金が低額の加害者自助グループに参加して、スタッフに会って安心してから、専門カウンセリングに移行する、など、様々な流れが可能です。
◆将来、日本で裁判所命令によるプログラム強制受講の制度が採用された場合は、どうか?
海外のごとく、加害者の逮捕後にプログラムを強制受講させるシステムが実現した際には、改善意欲の乏しい加害者が大部分の参加者となるため、数10回をセットにしたグループ・プログラムの形式を採用し、プログラム内容も海外と同様のものとなる必要があります。しかし、個人単位のプログラムの利点もあるので、意欲のある加害者に限定して、専門カウンセリングを併用することが望ましい、と考えています。
〔問題点A〕加害者に奇妙な自信を与えてしまう。
加害者が多数回のプログラムに参加したとしましょう。すると、どのようなことが起こるでしょうか?
非常に起こりがちなのは、毎回の内容を理解し、実習を行ったことにより、「自分が変わってきている」と錯覚していくことです。極端に言えば、形式的に参加することも可能です。さらに加害者は「こちらの努力も評価してほしい」「参加するだけでもつらいのに、変化を認めてくれないのはひどい」など、女性パートナーに対して、様々な不満や要求をするようになりがちだ、ということです。
さらに、プログラムを完遂した際には、加害者は「自分は全部受けたから、努力もしたし、かなり変化した」と思い込みやすいのです。実際、加害者がそのような言動を発して、女性パートナーが困ってしまった、という例も見聞きしています。
このような加害者の言動が問題で、これこそ変化していない証拠です。本来ならば、そのような傾向を見越して、変化を促すようなプログラムが必要です。しかし、多数回のプログラムには、そのような細かいところまで行き届くような内容が含まれていません。加害者の判断や評価は、「他人に厳しく、自分に甘い」に、なりやすいのです。
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◆それでは、適切な対策は何でしょうか?
当団体では、以上のような理由により、更生プログラムにあえて回数や期間を設けていません。女性パートナーによる評価基準こそ重要で、極めて長期にわたって、根気よく自分の言動と振る舞いを見直し続けることが必要です。
◆問題点@・Aを主要因とした結論
以上のように、一見整った内容の多数回におよぶグループ・プログラムは、日本の現状や社会システムに適合しておらず、多くの問題を抱えています。結論としては、
・加害者にとっては、せっかく努力しても、自覚しないうちに、よじれた努力となり、自己満足に終わって、パートナーからも歓迎されない結果となります。
・被害者にとっては、加害者だけ満足して、「プログラムに参加しても、この程度しかよくならないのか」と、落胆せざるを得なかったり、加害者から関係改善がうまくいかないのを女性パートナーの責任にされる、など、苦々しい結果となります。
要するに、加害者にも被害者にも不本意な現実を生み、誰のためにもならないため、お勧めできないと言わざるを得ないのです。
〔問題点B〕グループを嫌がる加害者はプログラムに参加しない、という問題がある。
加害者の中には、全てではありませんが、プライドが高く、問題ある自分の姿を人前にさらすことを嫌がる人々がいます。グループ・プログラムのみを実施しているのでは、この種の加害者を変化させる機会を失ってしまう、という欠点があります。しかし、グループ・プログラムのみを実施する団体では、そのような問題性は把握できないと思われます。なぜなら、グループを嫌う加害者は、そのようなプログラムの情報を得た段階で、その団体に連絡をしないからです。
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◆それでは、適切な対策は何でしょうか?
当相談機関では、この種の加害者には、まず専門カウンセリングを受けていただき、それを通じて自分の問題性を直視する力が高まった後に、グループ・プログラムに参加することを勧めています。そして、実際に参加する方が多く存在します。
【2】 加害者が参加している数10回にわたるグループ・プログラムを運営している団体の中には、TVカメラや新聞・雑誌の記者を入れて報道している団体がありますが、ここには極めて重大な問題が存在します。
〔問題点@〕加害者に奇妙な自信を与えてしまう。
グループ・プログラムの場に、TVカメラや新聞・雑誌の記者が入っていると、加害者にどのような影響を与えるでしょうか? それは決して望ましいものではありません。当然ながら、参加している加害者は、自覚するか否かにかかわらず、「よいところを見せよう」とするものです。自分の問題ある姿を率直に見つめ、変化を探求しよう、という姿勢から遠ざかります。すなわち「自分が変化したつもりになる」「自分がTVで取り組んだ姿を残せた」「自分の努力が記事になった」といった、奇妙な自信につながり、これは当然ながらDV克服の障害となります。
これでは、変化を期待している女性パートナーは傷つき、消耗し、パートナー同士の関係は良好にならず、もちろん時間と料金を費やしている加害者自身のためにもなりません。
また、加害者のプログラム参加の体験談を、本人にイベントで語ってもらう取り組みをしている団体もありますが、この場合も同じ理由でDV克服の障害となり、極めて望ましくありません。
〔問題点A〕プログラムに、TVカメラや新聞・雑誌の記者を入れての報道協力は、専門職の倫理に反している。
例えば、カウンセリングや治療グループを行っている場所にカメラを入れたり、記者を同席させる、ということは、通常、考えられません。DV加害者更生プログラムの場合、犯罪行為を行っている加害者も含まれ、通常のカウンセリングよりも重篤な事案ですから、一層、カメラを入れるなどは慎重にしなければなりません。
しかも、〔問題点@〕で指摘したように、参加する加害者に望ましくない影響があることを考えれば、このような報道協力は、もはや専門職の倫理に反していると判断せざるをえません。
◆それでは、何のためにグループ・プログラムに、TVカメラや新聞・雑誌の記者を入れて報道に協力しているのか?
その目的は明らかです。マスコミで報道されることは、大きな宣伝効果があり、外面的な信用につながるからです。報道により、参加する加害者は確実に増えますし、主催団体の活動が広く知られ、知名度が上がると講演依頼が増えるなど、その副次的効果は、はかり知れません。
◆当相談機関「メンタルサービスセンター」の方針は、どうか?
以上のような理由により、当相談機関ではプログラムにTVカメラや新聞・雑誌の記者を入れての報道協力に一切応じていませんし、専門職のプライドにかけて、その方針は今後も変わることはありません。これまで、同種の取材依頼は数限りなくありましたが、全てお断りしてきました。これまで、当相談機関の活動に関する報道は極めて多数に及んでいますが、それらは条件に合った報道方針のものばかりです。→当相談機関の報道実績はこちら.
以上、いささか詳細に過ぎてはおりますが、ここまでお読みくださったことに感謝します。
DV克服を願う方が加害者更生プログラムを選ぶ際に、よき指針となることを願っています。