本教室  高橋昌博先生

 

歴史の形象・・・石碑採拓60年 ・・・作品7,000点  《高橋先生寄稿》

 

 路傍の石碑に文化歴史が込められている、何気なく見過ごしがちな石碑からも歴史を再認識させられる。

 京都を中心にして、風雪に耐えた石碑拓本を採拓して60年、80歳の現在も現役で日本各地を回り歴史的に貴重な石碑の採択を続け作品は7千点をこした。

 

 早稲田大学専門部の学生時代、学校祭で初めて出会った美しい拓本に深い感銘を受けて拓本に興味をもっていたところ、1,956年戦災を受けなかったおかげでたくさんの歴史的石碑が残る京都に勤務することになった。以来、考古学の藪田嘉一郎さんらとも知り合い拓本を通じて石碑石像美術の研究機会を得、数多くの作品を採拓した。

 私の使命は 歴史文化を後世に残すこと、そして拓本の技術文化を後進に残すことである。1,968年日本拓本研究会を設立し精力的に採拓の傍ら、大学で講義するなど後進の指導に力を注いでいる

 拓本は芸術である。単なる石碑の複写ではない 拓本は対象物(石碑など)に画仙紙をあて紙を湿し押し付けて対象物の凹凸を画仙紙上に現した上、墨を含ませたタンポで画仙紙上をたたけば、凸の部分に墨がつき凹の部分は墨がつかず、墨の黒と紙の白とがあいまって文字や絵が鮮やかに浮き上がるものである。タンポのたたき方の強弱・勢い、墨の濃淡、乾燥のタイミング、紙(竹の繊維入りで粘りのある中国画仙紙が良い)などに作者の好みが現れ芸術性の高いものになる。

 

 拓本は中国にその起源があり、日本には平安時代に伝わったものとされる。名筆家の手跡として文字そのものを鑑賞の対象とする、あるいは書の手習いの手本とするほか 歴史の資料 文字研究の資料などにも利用されてきた

 石碑は屋外にあることが多く、風化により磨耗したり、災害により消滅することもある 最近中国少林寺などでは歴史的文化価値の高いものは屋内に保存管理している

 石碑を拓本とすることで保存が容易で確実である、特に文化的価値の高いものは歴史の証言として永く保存するべきである

また、石碑の文様が磨耗しておぼろげな状態でも、画仙紙をあてタンポでたたけば文様が浮き上がってくる、紙をあて実物と同じ大きさでとるこの微妙な拓本の技術は、いくら高性能なカメラにもとって代れることはできない

 

 旅行では名所旧跡より目に付くのは石碑ばかりでパートナーに疎んじられるが面白い石碑などを発見すると場所形状などを記録し再来を楽しみにするのである

対象物には、仏像・経典・歌碑・顕彰碑・災害復旧碑・墓碑などがあるが、地方色豊かなマンホール蓋の文様も面白い

個人関連石碑の多寡は偉業の大きさに比例する

最近「山田方谷に学ぶ財政改革」(野島透著)を読んだ。山田方谷は幕末の陽明学者で岡山の田舎備中松山藩の疲弊した藩財政を立て直し10万両の借金財政をわずか8年間で10万両の余剰金の財政に建て直したという

岡山県には方谷に関係した立派な石碑が多い、最近はこの石碑の採拓に力を入れている。苔むした石碑や巨大な石碑など、採拓には骨が折れるがやりがいがある

山田方谷を重用した藩主を祭る神社の木陰に、藩主が揮毫し三島中州が撰述した二千余文字の畳3畳ほどの顕彰碑は、100年分のコケに覆われ判読不可能であったが、一日がかりの洗浄作業ののちコケの下から出た碑文はまことに立派で、2日がかりの大作に仕上がった

山田報告の終焉の地大佐町(岡山県)に勝海舟が揮毫した約10メートルの巨大石柱碑がある

大きな石碑には建築用の足場やぐらを組み採拓するが、今回は上下左右自在に動ける高所作業用のリフト車を利用した、少々ゆれ不安定で、また高所は風が強く作業は困難を極めたが、私の拓本史にも少ない傑作が出来た

作品は美術展に展覧するなど各地で公開した後は、所有者や地域に文化財として寄贈することが多い

大佐町では今回拓本を寄贈したことを契機に方谷記念館を建設し文化財として永久展示していただくこととなった

拓本家冥利に尽きることだ

タンポをたたく右腕の筋肉は今も隆と盛り上がり、病気知らずで各地を回るのは年寄りの自慢のひとつである

苔むした石碑と対峙すると、石から元気をもらっているような気がする

日本拓本研究会会長 高橋昌博〈80歳)

 

谷山田先生墓碣銘橋昌博先生が採拓 ・・・高橋昌博先生拓本gallery⇒リンク・・・

【採拓現場】 岡山県備中高梁市八重籬神社境内ほか  【対象物】 山田方谷先生の顕彰碑碑文
【採拓方法】 水墨による二枚張り(一般の場合は一枚張りで練り墨を使用している)

 

作 業 手 順

留 意 点    写真【A〜E】

@ 石碑管理者の了解

教育委員会の管理が多い、十分確認了解を取り付ける
A 石碑の清掃・洗浄

石碑周囲の植え込み等に注意、洗剤はなるべく使わない、100年以上の汚れ、こけを掃除するのは大変、石碑を傷つけないように作業

《所有者が自然を楽しむなどに苔を生やしている場合は注意》

B 下地紙をあて、スプレーで紙に水を含ませ刷毛(水刷毛)で石碑に密着させる

こけを残していると、下地紙が密着しない、皺をつけないよう慎重に、一番大事な作業  写真【A】

《一枚張りの場合はこれが採拓紙となる》

C 下地紙に糊(水性CMC糊)をスプレー塗布し、さらに採拓紙をあて刷毛(水刷毛)で密着させる 採拓紙は作品用、下地紙に密着させ皺をつけないよう慎重に、大事な作業  写真【B】
D 採拓紙の上に吸水性の布をあて、布の上から刷(平刷毛)で撫で下地紙・採拓紙の水分を取る 十分水分をとっておかなければ、墨が滲んで作品にならない平刷毛は中国製で大・中・小)とある  写真【C】

《凹凸の大きいものはタオルで押さえるだけで吸水と凹凸が出せタタキ刷毛を省略できる》

《紙がよれたり、皺になるのでタオルは直角に押す》

《凹凸の際立つ石地蔵などは顔面などの凸部をだし凹部葉きっちり押さず空間があってもよい》

E 刷毛(タタキ刷毛)で石碑の記載部分(凹凸)を軽く叩き、採拓紙上に石碑をくっきりと浮かびあがらせる 強く打ちすぎると凹面で紙が破れる。微妙なタッチが必要

《細い線は布をあて強くたたくのが良い》

F たんぽに墨を含ませ採拓紙上から軽くたたき黒塗りしていくと凹部分には墨がのらず白黒鮮やかな石碑が現れる
たんぽを二つ使用、二つのたんぽを打ち合わせ、たんぽに墨を満遍なくなじませながら、一つのたんぽで打つ一度に沢山つけることなく徐々に墨を乗せていく。手際よくしないと墨が滲む   写真【D・E】

《擦り付けたり撫でたりしない》

《適当に生乾きになってから打つ、濡れていると墨がにじみ、乾きすぎると紙がはがれる、テクニックの勘どころ)

G 下地紙・採拓紙を同時に石碑からはがす
紙の凹面は弱くなっているので慎重にはがす、特に大きな紙は風をはらんで破れやすいので注意

《紙の中ほどを腕に巻きつけるようにはがす》

H 新聞紙などの上に広げ日光で乾燥させる
墨が滲まないよう、早く乾燥させるのがコツ。風に飛ばないよう押さえを工夫
I 石碑の清掃・洗浄
採拓後、墨や糊がついている可能性あり、十分洗浄
J 下地紙と採拓紙をはがし採拓紙を別紙で裏打ちし補強
表具屋さんの仕事、そして展示会用の作品になる
K 掛け軸・額などに表装

立派な美術品になる

 

業写

山田方谷先生の顕彰碑の採拓

【A】紙に水を含ませ密着させる 【B】のりを塗布し二枚目を貼る 【C】水分を取り刷毛でたたく

 

【D】たんぽに墨を含ませたたく 【E】墨を重ね調子を整え仕上

 


橋昌博先生の本道具

 

道 具

使 用 方 法

@ 墨(水墨・油墨) 油墨はオリーブ油を混ぜたもの、手軽で滲まない。水墨は滲むので難しいが味がある。
普通採拓の場合、大部分の人は練り墨(油墨)を使用している

《印判用の墨をオリーブ油でやわらかく練り直す》

A 画仙紙 中国製がよい。竹繊維が入っており程良い弾力性がある
B たんぽ ワイシャツの古着布に化学綿を包んで作る。大・直径15センチ、小・直径5センチ油墨用・水墨用の二種類必要
@油墨を使用する場合はあまり洗う必要はない
A水墨を使用する場合は一度使用すると膠でカバカバになるので、使用後はばらして洗う
C 刷毛 15センチ幅くらいのもの、画仙紙を石碑に水で貼るときに使用水刷毛・平刷毛・タタキ刷毛の三種類がある
D スプレー 100円ショップにあるスプレーで良い、水用・水糊用の2本
E CMC糊 水性糊、画仙紙を重ね貼り時にスプレーで使用一枚張りの場合でも@風が強いA日照りが強い場合も使用する
F マスキングテープ 画仙紙を石碑に貼る、マスキングなどに使用
G 更紗布 1メートル四方位のもの【先生の秘密兵器】
石碑に水貼りした紙の上に更紗布を掛けブラシで撫でると布が水分をとると同時に密着する
H タタキ刷毛 毛幅20センチ位のもの、洋服ブラシ・靴バケ等利用
石碑に貼った紙の表面をブラシの毛で叩き碑面の凹凸を紙に浮き出させる
I カッターナイフ 画仙紙切断などに使用
鉄鋸を研ぎ出し適当に刃をつけたものが便利【先生の秘密兵器】
J 画仙紙を入れる
ケース
画仙紙を丸めて入れ携行に便利なものとして釣りざおケースを使用している
【先生の秘密兵器】
K 画仙紙を乾かす
時のおもり
作品乾燥に、作品の上に流し置き、風から抑えるのにペット犬用の鎖を使用している
【先生の秘密兵器】
L たわし ささら・ビニールブラシ、石碑の掃除用
M 古画仙紙、タオル
雑巾、作業手袋
画仙紙の水分吸取紙用、汗拭き、石碑拭き
N ペットボトル 水運搬用
O 新聞紙 作品を丸めて携行、天日干しの下敷き
P 瓶ビールの
空きケース
脚立代わりの踏み台、現地調達(大きな碑を採拓する場合)