スイスで出逢った花たち
〜 ヴァリスアルプス と ベルナーアルプス 〜

SWITZERLAND
〜 Walliser Alpen und Berner Alpen 〜

 現在の地球上に生育している植物の種類は地球の歴史、ことに陸地の漂動の過程と氷河の消長とを反映していると考えられています。例えば、日本の高山の植物に詳しい方は、ヨーロッパアルプスやカナディアンロッキーに始めてゆかれても、そこで目にする植物の多くをたいそう親しいものに感じるといいますが、これも地球の歴史のなせる業です。


 私たちがスイスアルプスを訪れたのは夏が始まったばかりの6月末から7月にかけてのことで、サンモリッツの手前のユリア峠は降りしきる雪のなかで越しました。これから紹介する花たちは、ヴァリス・アルプスの秀峰マッターホルンの麓とベルナー・アルプスの麗峰ユングフラウヨッホや聳えるアイガーの北壁の下に咲いていたものです。この地でなければ見られないものに混じって、北海道の山地にも生えているチシマゲンゲやエゾイチヤクソウも咲いていました。学者によって多少の違いはありますが、日本に分布するもののうち約70種がスイスアルプスでも見られるそうです。スイスアルプスのシダ植物と種子植物を合わせた種数は約570種ですから12%ほどが共通するわけです。はるばる訪れた異国の花園になにとはなく親しみを覚えるのも不思議ではないわけですね。


 はアイガーの北壁から吹き降ろす風のなかで、地表を覆うように群れ咲いていた草丈10cmほどのニードリッヒ・グロッケンブルーメ(可愛い釣鐘草、Campanula cochleariifolia)。キキョウ科ホタルブクロ属。日本にはこの属の植物は4種類しかないが、ここには20種以上あるという。
 中央リンドウ科バイリシェル・エンチーアン(ババリアリンドウ、Gentiana bavarica)。よく似たものがたくさんあって、花だけでは同定が難しい。
 はスイスアルプスの花の中では最もよくその名が登山者に知られているアルペン・ローズRhododendoron ferrugineum)。ローズと呼ばれるがツツジ科のシャクナゲの仲間。草地の中に背丈ほどのこんもりとした藪になっていた。葉は有毒だが、乾燥させてリュウマチ薬や利尿剤として利用する。


 キキョウ科エーリゲ・ラプンツェルPhyteuma spicatum)。草丈50cm前後。ノルウェイなどにも分布している。花には柄がなく5裂した花弁のは先端で合着している。一見したところとてもキキョウ科の植物とは思えないが、茎を傷つけると白い乳液が滴り、キキョウの仲間と気づく。シデシャジンに近縁。ヨーロッパにはこの仲間が40種ほど分布するが、根や茎はサラダなどにして食用する。
 中左も同じ
フィテウマ属の1種、ハルプクゲリーゲ・ラプンンツェルP. hemisphaericum)。草丈は低くて20cm以内。この属のほとんどの種の花はこのように青紫色。
 
中右はスイスアルプスで一番よく目にするスミレ科ラングスポールニーゲス・スティーフムッッターヒェン(嘴長三色菫、Viola calcalata)。花の色は濃いものから薄いものまで変化に富むそうだ。葉と花はスープに入れて食べる。救荒食の一つだそうだ。
 ベルティーゲ・グロッケンブルーメ(髭釣鐘草、Campanula barbata)。キキョウ科ホタルブクロ属。スズランのように連なって咲く花の入り口には、白い軟毛が髭のように生えている。


 はヨーロッパに広く分布しているサクラソウ科のユキワリソウの1種(Primula farinosa)。葉裏や花茎に白い粉が付いているように見えるのでスイスではメールプリメル(粉雪割草)と呼んでいた。日本のユキワリソウにそっくりです。
 中央トウダイグサ科チプレッセン・ウォルフミルッヒEuphorbia cyparissias)。黄色の苞は夏の終わりには真っ赤に変わる。トウダイグサ科の植物を傷つけると真っ白い乳液が流れるので、スイスではこれを「狼の乳」と呼んでいます。日本にも帰化していて
マツバトウダイグサと呼ばれています。
 マメ科ゲンゲ属の1種、アルプスゲンゲAstragalus alpinus)。アルプス全域で目にすることができるそうです。


 キク科アルペン・マルガリーテLeucanthemopsis alpina = Chrysanthemum alpinum)。草丈は15cm前後だが、標高4000mに近い岩場などでは5cm程度に小型化するようです。ピレネーやアペニン山脈にも分布しています。
 中央ベンケイソウ科クモノスバンダイソウSempervivum arachnoideum)。ヨーロッパ南部の山地から東はカルパチア山脈まで分布する。寒さにも乾燥にも強く、何年も生きているので「万代草」ともいう。種小名は若葉が蜘蛛の巣状の毛で覆われることを著している。
 は同じ属のアルペン・ハウスウルツS. alpinum)。歯が痛むときはこの仲間の葉を咬むとおさまるという。


 ナデシコ科マンテマ属のキーゼル・ポルスターネルケSilene excapa)。緑の小石にピンクの花が咲いたようなイメージの、いわゆるマット植物の一種。細かな葉が密生し、花の直径も5mm以下。
 中央リンドウ科リンドウ属の1種。地表に接した小さな葉の塊から高さ4cmほどの花が一つだけ咲いている。多分 Gentiana schleicheri だろう。
 バラ科ハゴロモグサ属のフラウエン・マントル(ご婦人のマント、Alchemilla vulgare)。北半球の温帯に広く、しかし離散的に分布している。北海道の夕張岳と南北アルプスの高山帯に生えるハゴロモグサ(A. japonica)によく似ている。ハーブとして庭で栽培されることもあり、葉や茎のしぼり汁は利尿剤や月経促進剤として利用される。


 の写真はキキョウ科ホタルブクロ属のスケウケツァーツリガネソウCampanula scheuchzeri)。草むらの中でやや上向きに咲く花は、見落とさないでといっているようだ。
 中左キク科アザミ属のアルペン・クラツディストゥル(アルプスアザミ、Cirsium spinosissimum)。花序を包む葉は細かく裂け、純白で美しいが、棘は鋭い。
 中右はミヤマバイケイソウによく似た
Veratrum album。白い花が花の散った後の株です。
 は放牧地に群生していた
ゲルバーエンチーアン(キバナノリンドウ、Gentiana lutea)。中央ヨーロッパから小アジアにかけて分布する。ギリシャでは紀元前から解毒や癒傷効果のある薬用植物として利用していた。使うのは肥大した根で、現在は乾燥させたものをゲンティアナ・ビターと呼んで食欲増進に使う。またリキュールにも入れる。この場合、粉末にした根をオレンジの皮、カルダモンの種子、グリセリン、アルコールに溶かし、これに水を加える。紀元一世紀に著されたディオスコリデスの薬物誌にも取り上げられていて、解毒作用の他さまざまな効能があげられていてる。


 の写真はゴマノハグサ科シオガマギク属のケルナー・ロイゼクラウトPedicularis kerneri)。砂礫地に張り付くように生えていた。
 中央マメ科ブラウンクレーTrifolium badium)。うっかりしているとキク科のものと間違える。クローバーの仲間だ。
 セリ科アルペンリープシュトックLigusticum mutellina)。山岳地帯では家畜のよい飼料だがが、パセリに代用したり乾燥させたものをお茶のようにも使う。


 の写真は北半球の亜寒帯・寒帯に離散的に分布する、氷河期の生き残りといわれるバラ科チョウノスケソウDryas octopetara)。アルプス地方では乾燥させた葉を Kaisertee あるいは Schweizertee と呼んで、お茶のように使う。
 中央ゴマノハグサ科ウンラン属のアルペン・ラインクラウトLinaria alpina)。花の色は赤味が強いものから青味が強いものまでさまざま。土砂崩れなどで撹乱された場所では群落を形成する。
 キク科ドロニクム属のクルシウス・ゲムスビュルツDoronicum clusii)。この属には35種が知られていてユーラシアの温帯と北アフリカに分布する。アルプスカモシカの好物という。


 マツムシソウ科グレンツェンデ・スカビオーゼScabiosa lucida)。日本の高山に生えるタカネマツムシソウによく似ている。スカビオーサという属名はこの仲間には疥癬(scabiose)に効く成分があるので付けられたという。
 中左キンポウゲ科アルペン・アケレイAquilegia alpina)。草丈は60cm前後で日本のミヤマオダマキとよく似た雰囲気の花でした。低山に生える、花の色が濃い、セイヨウオダマキ(A. vulgaris)は利尿剤やトランキライザーとして薬用される。
 中右ナデシコ科マンテマ属のゲマイネス・レイムクラウトSilene vulgaris)。ヨーロッパに広く分布していて、あちこちで目にする。英語圏ではブラッダーカンピオン(フクロマンテマ)と呼ぶ。
 フウロソウ科フウロソウ属の1種、
Geranium sylvaticum。日本のグンナイフウロウと似ている。ドイツのシュバルツバルト(黒い森)地方ではこの花から青い染料を採っていたという。


 バラ科キジムシロ属のゴールト・フィンガークラウトPotentilla aurea)。花はミヤマキンバイに似るが小葉はオヘビイチゴのように5枚だ。
 中央セリ科ミツバグサ属のグロッセ・ビーバルネラPimpinella major)。ピンクの花を咲かせる個体もある。日本のツクシボウフウもこの仲間。
 
は日本の高山に咲くクルマユリによく似たユリ科のマルタゴンユリLilium martagon)。西ヨーロッパからシベリアにかけて分布していて、昔から栽培されている。ロシアや蒙古などでは球根(鱗茎)を食べ、トナカイや牛にも食べさせる。英語圏ではターバンリリーの名で知られるが、花の形がトルコ人のターバンにに似ているため。マルタゴンというのはムハンマド I 世が愛用したターバンのことだという説があるが、これは逆で、ターバンの形がマルタゴンユリに似ていたためという説もある。ま、どちらにしてもこの花の美しさは変わらない。


 の写真はリンドウ科フリューリングス・エンチアーン(春の竜胆、Gentiana verna)。ヨーロッパに広く分布し、山に春の到来を告げる花の一つ。
 中央はいわずと知れた
マッターホルン。ツェルマットの街中からの遠望。
 
はマメ科のアルペン・ブントクレーAnthyllis vulneraria ssp. alpestris)。多型的な種でいくつもの亜種(ssp.)に分類されている。この属には約50種があって、ヨーロッパ、北アフリカ、西アジアに分布している。


 キク科ヤグルマギク属のベルク・フロッケンブリューマ(丘矢車菊、Centaurea montana)。ヨーロッパに広く分布し、栽培されることもある。日本でも宿根矢車菊の名でフラーワーショップに並ぶことがある。
 中左シソ科イヌゴマ属のドイチャーチースト(ドイツイヌゴマ、Stachys germanika)。白い毛に覆われて温かそうだ。
 中右シソ科オドリコソウ属のヒメオドリコソウLamium purpureum)。日本で見るものに比べてのびのび育っている感じだった。
 ユキノシタ科ウメバチソウ属のエゾウメバチソウParnassia palustris var. palustris)。5本のオシベと交互に細かく裂けて先端に蜜線を乗せた仮雄蕊があるのがこの属の特徴。ディオスコリデスが彼の『薬物誌』に根の搾り汁が眼病などに効くと記したギリシャのパルナッソ山の草がウメバチソウということになっている。パルナッシアという属名はこの山の名前に因んだものである。


 マメ科イワオウギ属のカラフトゲンゲHedysarum hedysaroides)。日本では北海道の高山や礼文島などに自生する。
 中央は日本の高山でもごく普通に見られるキバナノコマノツメViola biflora)。
 キク科アルペン・アスターAster alpinus)。日本のミヤマアズマギクと似ていた。


 ゴマノハグサ科ママコナナ属のヴァルト・ヴァッハテルヴァイツェンMelampyrum sylvaticum)。
 中左ラン科テガタチドリ属の1種、テガタチドリGymnadenia conopsea)。北半球に広く分布している。
 中右イチヤクソウ科エゾイチヤクソウPyrola minor)。北半球の寒帯から亜寒帯に広く知られているが、日本では利尻島と南アルプスの三伏峠からの記録がある。
 ムラサキ科シャゼンムラサキ属の1種、Echium vulgare。スイスではナッターコフ(毒蛇の頭)と呼んでいる。青紫の花筒から赤い蕊がのぞいている姿からの連想だろう。葉の抽出液には鎮痛、解熱などの薬効があるという。ヨーロッパからシベリアにかけて分布し、北米にも帰化している。


 キンポウゲ科トリカブト属のヴォルフス・アイセンフート(狼の鉄兜、Aconitum vulparia)。「狼の毒」と呼ぶところもある。トリカブトの仲間は多かれ少なかれアコニチンのような毒性の強いアルカロイドを含むので狩猟民族は矢毒に利用した。
 中左セリ科のカワラボウフウ属の1種、マイスターヴルツPeucedanum ostruthium)。
 中右キク科コウゾリナ属のツォティーゲス・ハービッツクラウト(毛柳蒲公英、Hieracium villosum)。
 マツ科ドイツトウヒPicea abies)。ヨーロッパの針葉樹林を構成する代表的な種。材も樹脂もさまざまに利用されている。葉から抽出した精油成分は香料として使われている。

〜 スイスアルプスで出逢ったシダ植物 〜

 ヒカゲノカズラ科チシマヒカゲノカズラLycopodium alpinum)。チョウノスケソウに混じって生えていた。北半球の温帯に広く分布している。
 中央チャセンシダ科アオチャセンシダAsplenium viride)。日本では北海道南西部から石鎚山にわたって分布する。北半球の温帯から亜寒帯に普通に見られる。
 は同じくチャセンシダ科チャセンシダAsplenium trichomanes)。南北両半球の山岳地帯に広く分布する。日本では北海道から九州にわたって分布している。


 左イワデンダ科ウサギシダGymnocarpium dryopteris)。北半球に広く分布し、日本では中部地方以北の山地でみられる。
 中央オシダ科イノデ属のヒイラギデンダPolystichum lonchitis)。北半球全域に離散的に分布しているが個体数は少ない。日本では南アルプスで見ることができる。
 ウラボシ科オオエゾデンダPolypodium vulgare)。この種も北半球に広く分布するが、遺伝子レヴェルでは地域差が大きい。アメリカ原住民の一部は冬の食料が不足するとき、この種の根茎を食用する。また、スイスでは根茎を煎じて呼吸器系の病気に使い、英国では癲癇にも効くと信じている人もある。


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<参考文献>


  スイスアルプスの植物については日本語で書かれたガイドブックや写真集がたくさん出版されています。また現地でも初心者向きの図鑑類が容易に入手できます。ここではその一部を紹介します。

1) 佐藤卓 『スイスアルプスの植物』、2000. 2) 柳宗民 『スイス・アルプスの花』、日本交通公社。 3) 山田常雄・鈴木光子 『スイス・アルプス花の旅』、講談社。 4) 大場秀彰監修 『世界のワイルドフラワー @』、学習研究社。 5) 富山稔・森和夫 『世界の山草・野草』、NHK出版。 6) Grey-Wilson, C. & Blamey, M.: Fleurs de Montagne, Delachaux & Niestle, 1979.  7) Lippert, W.: Alpenblumen, Gräfe & Unzer, 1990.  8) Lippert, W.: Alpenblumen; Die schönsten Blütenpflanzen der Ost- und Westalpen bestimmen, Kennenlernen, Schützen, Gräfe & Unzer, 1993.  9) Lauber, K. & Wager, G.: Flora des Kantons Bern, Haupt, 1992.  10) Fitter, R & Fitter, A.: The Wildflowers of Britain and Nothern Europe, Collins, 1974.