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精霊の宿る植物Plants with Spirit or Fairy


 19世紀後半に活躍した、神秘主義的哲学者で心理学者でもあった G. T. フェヒナーは、花から現れ出て太陽の光を求めてゆらゆらと中空に昇ってゆく、幼児の姿をした植物の霊魂を、ライプチッヒを流れるムルデ河のほとりで見た。
 彼の汎心論的著作、『ナンナ〜あるいは植物の霊的生命について』はこの原体験を思索の基底としたものである。 ナンナ(Nannna)は古代ゲルマン民族の神話に登場する春と光をつかさどるバルドゥルの妻の花の女神で、夫の死後その火葬の炎に身を投じて夫を追って天空に向かったという。フェヒナーは自分が見た花の霊をナンナの復活と感じたのであろう。

 このような体験は、隅々まで人手の加わった都市環境に生活する現代の実証主義的科学思想の持ち主にとっては、正気の沙汰とは思えないであろう。だが、圧倒的な大自然の間中で、肩寄せあって生きていた過去の人々にとっては、至極ありふれたものであった。


<原始心性と植物信仰>
★ 熱帯雨林の精霊たち
 インドネシアのハルマヘラ島の熱帯雨林に住む人々の多くは「梢に宿る者」とよばれる精霊の存在を現代でも固く信じている。
 彼らはフタバガキ科などの巨樹に斧を入れたり、ましてや切り倒したりしてはならないのである。誤って樹に傷を負わせたものは、身を切り裂かれるほどの痛みをともなう病におちいるのである。
 そこで島民は焼畑を開く場合にもこのような巨樹は注意深く残し、供物をそなえ、祈りを捧げる。
 フィリピンのルソン島のイロカノ族も処女林に斧を入れる際は、必ず祈りの呪文を唱えて、精霊たちに許しを請うしきたりを今に伝えている。
 ニューギニア中央部に近いオリオモ台地に住むギデラ族は、樹高が30mを越す巨木が茂る原生林を”ブア”と呼び、そこに生える大木で、根元の板根が3方に広がっていてその中央に人が住めるほどの空洞のあるものを”ドムドム”と呼び崇拝している。そこに住んでいた彼らの祖先神の霊がいると信じているのである。
 このように、ある種の植物への精霊の宿りを信じてさまざまなタブーを設けるのは決して一部の民族だけではない。ごく近年まで、世界中のどんな民族にも東南アジアのそれとよく似た風習があった。
 例えば、北米の先住民のヒダツァー族はすべての自然に精霊が宿ると考えたが、わけてもミシシッピー河上流に茂る樹高が30mにもなるコットンウード(Populus deltoides)の精霊が彼らが正しい方法で願えば助けの手を差しのべてくれる存在だと大切にしていた。またイロコイ族もあらゆる草木はそれぞれの精霊を持っていると信じて、生活行事のことごとに感謝の祈りを捧げていた


★ 古代ゲルマン族の聖なる森

 アーリア系のヨーロッパの人々もさまざまな形式で”樹木崇拝”をおこなっていた。なかでも古代ゲルマン族は聖なる森を定め、これを恐ろしいほどの厳格さで崇拝していたという。それは「この立ち木の皮を剥いだ者のヘソをえぐり出し、その者がつけた傷跡にこれを釘づけし、腸がすっかり幹に巻き付いてしまうまで追いまわす」という古代ゲルマン法の定めた刑罰の凄さからも知ることができる。人間の命をもって樹木の精霊に詫びて償うのである。


★ アフリカの樹木信仰
 アフリカ大陸においても精霊は樹木に宿った。

 東部アフリカのワニカ族はココヤシ(Cocos nucifera) を切り倒すのは母親殺しと同罪と考え、中央アフリカのバ・ソガ族は聖樹を伐るとそこに宿る精霊の怒りに触れて、部族の長とその家族が死ぬと信じていたという。

 昼なお暗い神秘的な空間を生むほどの大きな森が生育しえない、西アフリカのサバンナに生活するモシ族やアロンエウェ族などにも、やや形式は異なるものの、やはり樹木信仰がみられる。
 


 モシ族は彼らの居住区域をイリと呼び、野獣や精霊の住む荒野をウェオゴと呼ぶが、このウェオゴを根城とするキンキルシという名なのさいづち頭の小さな精霊がイリに生えているパンヤ科のトウェガ(バオバブ; Adansonia digitata)やセンダン科のクーカ(Khaya senegalensis)やマメ科のプスガ(タマリンド; Tamarindus indica)など、いずれも樹高が30mにもなる巨樹にやってくると信じられている。
 キンキルシは足を使わずに移動でき、彼らが信じる万物の力の根源”ウェンデ”を使って人間に幸せや不幸を思いのままにもたらすことのできる存在であった。夜の帳が下りると、キンキルシはウェオゴからイリにやってくるという。ブスガの枝の茂みに座っていたキンキルシを見たと主張する者も少なくない。

 アロンエウェ族はモシ族のキンキルシに相当すると思われる精霊をフィティと呼び、この精霊が宿ったと信じるバオバブの樹にはヤシの葉で編んだ帯を巻きつけて鶏などの供物をそなえる。
 またイチジクの仲間の巨樹も霊木の一つで、そこにはトロウォという名の小川や沼や川辺林の精霊が宿ると考えている。

 このような例からみるとサバンナに生きる人々はアジアの熱帯雨林やヨーロッパの深い森を生活の場としていた人々と違って、樹木と精霊とが一体とは考えず、仮の宿りの場として見ていたことがわかる。


 <日本の古代植物信仰>

★ 厄除けとしての植物信仰

 日本列島に生活した古代の人々も、他民族と同様にいろいろな植物に精霊の宿りを感じていた。
 それは今に伝わる神話や伝説や風習から知ることができるが、その中には有史前の原始信仰がほとんど姿を変えずに残ったと見られるものもある。


 例えば、節分の鬼やらいにヒイラギの小枝に鰯の頭を添えて門口に挿す風習とか、遠州地方でタラノキをシビトバラと呼びその鋭い棘が密生する茎を死者に持たせて棺に納める風習は、かつて人々がこれらの強い棘がある植物に宿る精霊の力を借りれば鬼霊を追い払うことができると信じた名残であろう。
 またアイヌの人々は病魔の進入を防ぐためコタンの入り口の路上にタラノキや悪臭を放つイヌエンジュの枝を編んだ柵を立てていた。
 九州南部では伝染病が発生するとヤツデの葉を戸口に挿したり門に張った縄につるしたりしたが、これも冬の寒さにも負けることなく艶やかな緑の葉を保たせる強い生命力を与えてくれる精霊がヤツデに宿っている考えたからであろう。
 古代の人々はただ単に植物の精霊を恐れるだけではなく、礼を尽くしたうえでその助けを借り、人外魔境からやってくる悪霊を防いでいたのである。
 


★ 巨木信仰の語るもの

 キンキルシやフィティと巨樹との関係のようなものもあるが、これまでに挙げた例の多くは精霊と植物が切り離せない存在である。だが、人間は無論のこと、精霊たちをも支配する超越者(神)を招き宿らせるための依代(よりしろ)となる植物もある。
 依代は農耕文明の発展にともなう社会構造の階層化と並行して、アニミズムが世界的宗教へと変貌する過程で生まれたものと考えられている。
 人口の増加にともない耕作地が広がり、原生林が遠い存在になるころには、精霊信仰の対象として人里に伐り残された小さな森のなかの大樹が、天界に住む神々が降臨する樹、つまり依代と考えられるようになり、この依代のある聖なる森が神を祭る場となったのである。
 日本では、縄文前期の狩猟採集の時代から焼畑、そして稲作文化へと移行してゆく過程で、主にスギやマツなどの常緑の年老いた巨樹が依代とみなされるようになった。したがって、高知県長岡郡大豊町の八坂神社にある樹高60mを越す”杉の大杉”や島根県隠岐島西郷の玉若酢命神社の”八百杉”などのように、各地の神社に今も残る依代のスギは少なくない。
 一方、マツは一般に年神の依代とみなされていて、正月には”松迎え”と称して年神の宿ったマツを山から伐り出して”門松”や拝松”として家々で祭った。

 日本では、縄文前期の狩猟採集の時代から焼畑、そして稲作文化へと移行してゆく過程で、主にスギやマツなどの常緑の年老いた巨樹が依代とみなされるようになった。したがって、高知県長岡郡大豊町の八坂神社にある樹高60mを越す”杉の大杉”や島根県隠岐島西郷の玉若酢命神社の”八百杉”などのように、各地の神社に今も残る依代のスギは少なくない。
 一方、マツは一般に年神の依代とみなされていて、正月には”松迎え”と称して年神の宿ったマツを山から伐り出して”門松”や拝松”として家々で祭った。


 こうした具象的な依代とは別に、世界各地の民族は「宇宙樹」と総称される想像上の巨樹を心にもっている。
 ある民族は、青く輝く雷光が中天高く聳える大木を間に置いて天から地へと流れ下るのを目にしたとき、天上の神の国と地下の暗黒の世界とを結ぶ宇宙の軸となる「宇宙樹」の存在を発想したのである。 そして、壮麗壮大な社寺や聖堂や仏舎利塔なども「宇宙樹」のミニチュアと見ることができるだろう。
 「宇宙樹」はまた古代エジプト人が考えたように、大地の深みから生命の霊液を吸い上げて人間たちには豊かな果実を、天界には不老不死の霊薬をもたらす「生命の樹」でもあった。
 
 かくて、人間と植物とのかかわりは衣食住のみならず、原始信仰・宗教のような精神の分野にまでおよんでいるのである。




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