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野の花便り   ~ 横地城址をとり巻く里山の初夏の花 ~


 平安時代末期の保元の乱で源頼朝に味方して戦い、応仁の乱からおよそ30年後に今川氏親によって滅ぼされるまでこの地を支配していた東遠江武士団の一つ横地氏一族の居城の跡が残る丘陵地の初夏の花を「里山を歩く会」の皆さんと楽しんできました。
 標高は100mに満たない岡ですが侵食の進んだ狭く深い谷が四方に走る険しい地形で豊かな植生が育まれていました。遠州ではではめっきり少なくなったササユリもこの岡にはまだかなり残っていて、蕾が大きく膨らんでいました。

里山の麓では土着の草木に混じって帰化植物たちも元気だ。
ニワゼキショウ Sisyrinchium atranticum
 北米原産で明治時代に園芸植物として導入されたそうだが、いまでは全国の人里で目にすることができる。
 最近はよく似たオオニワゼキショウも増えてきた。
ユウゲショウ Oenothera rosea
 熱帯アメリカが故郷だそうだが、最近は遠州でもありふれた存在になった。月見草の仲間である。
コメツッブウマゴヤシ Medicago luplina
 こちらはヨーロッパ原産。今では世界中に帰化している。江戸時代にはすでに渡来していたという。
アメリカフウロ Geranium carolinianum
北米原産で昭和初期に帰化したと考えられている。畑や花壇に入り込む困り者だ。
イヌガラシ Rorippa indica
 極東から東南アジアまで、耕作地や路傍で雑草扱いされている人里植物である。


タツナミソウ Scutellaria indica
 茶畑へ続く農道の際の土手にはタツナミソウが咲いていた。すぐそばにはソクシンラン(Aletris spicata)が数株あったが風に揺れる長い穂はカメラに収めることができなかった。 
キケマン Corydalis heterocarpa
 ムラサキケマン(C. incisa)同様に異臭がある有毒な草である。6本のおしべは3本ずつ融合していて面白い。緑色の実は触れるとは弾けて黒い種子を飛ばす。


マメガキ Diospyros lotus
 ガードレールの外は急斜面のようだが密に茂った雑木で覆われて底のようすはわからない。ただ幽かな水音があった。その藪のなかに小さな黄緑の壺のような花を密に咲かせたマメガキの古木があった。
 このカキは古代に中国から移入されて柿渋を採るために栽培されたものといわれる。史前帰化植物の一つだろう。中国名は黒棗(ヘイツァオ)である。
ミヤコグサ Lotus corniculatus var. japonicus
 初めてこの草の名を憶えたのは高校一年の春、生物クラブ野外観察会のときである。顧問の金五郎こと藤田達也先生が「この可愛いマメ科の草はミヤコグサ、田舎にあっても都草なんだよね」と照れくさそうににやりとされたことを思い出す。
 むろん、それいらいこの草の名を忘れることはなかった。


こんろんか、くちなし、ぎーま 清明の山浄くして白き花々      和田静子

 今朝の朝刊で沖縄在住の和田さんのこの短歌を読んだとき、ああ、日本列島の初夏は北から南まで白い花の季節なのだなあとあらためて思った。

 横地城跡の里山も、まさに白い花の季節であった。


ちなみに ”ギーマ Vaccinium wrightii” はツツジ科のシャシャンボの仲間で、奄美大島以南に分布している



ゴンズイ  Euscaphis japonica ミツバウツギ科


 秋に赤く熟した実の房はたいへんよく目立つ木だが、初夏に咲くこの淡い白緑色の花は見落とされがちである。しかし近寄ってよく見れば、慎ましやかな淑女のような風情もある。
 それにしても、ゴンズイとは奇妙な名である。なぜこの名で呼ばれるのだろう。
 例によっての牧野図鑑であるが、この書では漁師が役に立たないという魚の一つにゴンズイがあり、用途のないこの木がその名をもらったのだろうという説をあげている。しかし、私にはなんとなく安直な解釈のような気がするのだが、同じように疑問を持った人もいて、その一人の深津正さんは古典を逍遥し古代に薬用植物として渡来したミカン科の呉茱茰(ゴシュユ)を『字鏡』で音転させて”古爾須伊(コニスイ)”と読ませていて、これが転じて呉茱茰をゴンズイと呼ぶことがあったことを見つけた。そこで深津さんはゴシュユと見掛けがよく似たミツバウツギ科のこの木もゴンズイ呼ばれるようになったと考えた。 私にはこの深津説が的を得ているように思える。
 この木には里呼び名もいろいろあり、山口県や広島県にはイワシヤカズ、愛媛県や静岡県にはイヌノクソ、長崎県にはネコノクソ、大阪にはツミクソノキなどの名が知られている。いずれもこの木が放つ悪臭をさしているのであろう。 とはいえ、西日本から沖縄県にかけてのあちこちで新芽や若葉を食用している。


ウツギ  Deutzia crenata
 ホトトギスが鳴き交わす里山では卯の花も盛りであった。 万葉の昔から変わらぬ日本の初夏の姿である。
 
             ほととぎす鳴く声聞くや卯の花の咲き散る丘に田草引く少女     巻10・1942
             卯の花の咲き散る丘ゆほととぎす鳴きてさ渡る君は聞きつや     巻10・1976
             聞きつやと君が問はせるほととぎすしののに濡れてこゆ鳴き渡る  巻10・1977

 この短歌に歌われた世界は、私の好きな、そこに戻ってみたい万葉の自然である。この望みがかなうことはけしてないであろう。だが、満開の卯の花の下に立ち、ホトトギスの声に耳を澄ませ、目を瞑り心をそこに遊ばせれば、早乙女と出会い、歌垣の世界に身をおくこともできる。

          
* 注
     巻10・1942の短歌の「田草」の万葉仮名表記には「田葛」とするものもあり、この場合「クサ引く少女」ではなく「クズ引く少女」と読むのが正しいという。(万葉集略解)


テイカカズラ Trachelospermum asiaticum
 頭上から甘い香りが下りてきて、振り仰ぐと崖を覆って茂ったテイカカズラに無数の白い星形の花が咲いていた。
 『応仁記』に記された伝説に、後白河天皇の第3皇女で賀茂の斎院をつとめた式子内親王に恋慕した藤原定家の執心が葛となって内親王の墓を覆ったというものがある。その葛がテイカカズラと呼ばれるようになったのだという。
 漢方では茎や葉を乾燥させたものを”絡石”と呼び、解熱や強壮に処方される。
ガマズミ Viburnum dilatatum
 満開のガマズミの花は新緑の葉波に浮かぶ綿雲のように見えることがある。
 この純白の花は、やがて秋が訪れれば小さな紅玉と変わり、甘酸っぱく熟して小鳥たちは無論のこと私たちをも喜ばせてくれる。そして、ホワイトリーカーに沈めれば、驚くほど美しい果実酒となる。

  雨の中にみな葉をたれてがまずみは
            拗ねたる吾のまへに雫す   生方たつゑ


イボタノキ Ligustrum ovarifolium
 白い花には甘い香りのものが多いのだが、無論例外もある。その一つがこのイボタノキの花である。
 雨が迫って湿度が高い日にはことにそうなのだが、独特の青味を帯びた香りを放つ。
 花どき以外はまことに目立たない潅木だが、疣取りの妙薬として知られた虫白蝋が採れる有用木である。この蝋はこの木に寄生するイボタロウカイガラムシが分泌したものである。
     森かげの道はをぐらし白々と
           いぼたの花の散りしけるらし   土田耕平
ネジキ Lyonia ovarifolia 
 岩手県以南、中国、インドシナ半島からヒマラヤまで分布している。日当たりが好きな木で、尾根筋や暗い雑木林を背にして道際に生えている。 材が固く緻密なのでかつては櫛や傘の柄などに加工したという。また木炭にして漆器の艶出しにも利用した。
 アセビに近縁で、葉は有毒だがインドやネパールでは皮膚病の薬としても使われている。
 ネジキという名は茎が成長に伴って捩れることに因んだものである。長野や岐阜ではカシオシミとも呼ぶが、由来はよくわからない。里呼び名の多い木の一つである。


ヤマテリハノイバラ Rosa luciae
 ノイバラ類の分類はなかなか難しい。

 この写真の野茨がヤマテリハという接頭語の着くノイバラだと知ったのは画像を整理していた時である。
 ノイバラ(R. multiflora)に比べ葉に光沢があり、花柱には細かな毛が生えている。愛知県東部から宮城県まで分布しているとあるので、このあたりでも珍しいものではないのかもしれない。
エゴノキ Stylax japonica
 今日出合った白い花の圧巻はエゴノキであった。
 どなただったのか失念したが、この木の花を白いシャンデリアだと書いた人がいた。なるほど、緑の天蓋から下がる無数の白いシャンデリアであった。
 甘い香りに惹かれたのだろう、マルハナバチが次々と訪れていた。

     そよぎてはそよぎやみてはえごこぼれ   亀井糸游


コナスビ Lysimachia tanakae
 木漏れ日の揺れる林の中の道はサクラソウ科のコナスビも咲いていた。実の形がナスに似ているからこの名がついたというのだが、ナスとはちがって小さな実は熟すと裂けて細かな種をこぼす。
 この属のものには園芸植物も多い。
ヤブムラサキ Callicarpa mollis
 宮城県以南に分布しているというが、このあたりではあまり目にすることがない低木である。
 ムラサキシキブと違って全体に白い軟毛が生えていて、花は葉陰に咲く。一つの花序の花数も少ないので、秋の実のつきも寂しい。


敗戦直後に村の人たちの協力で作られた農業用水の丹野池は今では県立遠州御前崎自然公園として市民の憩いの場となっている。
その水辺にはキショウブ、アヤメ、ヒメイ、リョウブ、ノアザミ、ハナミョウガなどが咲いていた。
キショウブ Iris pseucoacorus アヤメ Iris sanguinea ヒメイ Juncus effusasu var.decipiens f. gracilis
リョウブ Clethra barbinervis ノアザミ Cirsium japonicum ハナミョウガ Alpinia japonica


深く狭く暗い谷が多い地形のためシダ植物も多かった。

目に付いた種類は次の42種だった。
 トウゲシバ、スギナ、ゼンマイ、カニクサ、コシダ、ウラジロ、イヌシダ、コバノイシカグマ、フモトシダ、ホラシノブ、
 イワヒメワラビ、ワラビ、オオバノイノモトソウ、アマクサシダ、オオバノハチジョウシダ、イワガネゼンマイ、
 タチシノブ、キジノオシダ、ジュウモンジシダ、イノデ、ヤブソテツ、オオカナワラビ、リョウメンシダ、オクマワラビ、
 ナガバノイタチシダ、 ベニシダ、マルバベニシダ、トウゴクシダ、ゲジゲジシダ、ハシゴシダ、ミゾシダ、ホシダ、
 イヌワラビ、シケシダ、ヘラシダ、 シシガシラ、コモチシダ、トラノオシダ、コバノヒノキシダ、ノキシノブ、
 クリハラン、 ミツデウラボシ


コモチシダ Woodwardia orientalis ヤブソテツ Cyrtomium fortunei フモトシダ Microlepia marginata


コバノイシカグマ Dennstaedtia scabra マルバベニシダ Dryopteris fuscipes
ベニシダ Dryopteris erythrosora キジノオシダ Plagiogyria japonica


ウラジロ Gleichenia japonica

 植物ばかりに気を取られていて、虫たちは見落としがちの私ですが、今日はよく見かけるのですが
名前を知らなかった2種の写真を撮りました。
 調べたところ、左はチャタテムシ科(Panorpidae)のヤマトシリアゲムシ(Panorpa japonica)、
右はヒトリガ科の(Arctiinae)のクワゴマダラヒトリ(Lemyra imparilis)でした。
ヤマトシリアゲムシ(Panorpa japonica)
 死んだ昆虫の体液などを吸っているそうです。初夏にはこの個体のように黒味を帯びていますが晩夏には茶色に変わるようです。
クワゴマダラヒトリ(Lemyra imparilis)
 食草にはこだわらないくちで、この幼虫はヤブマオを食べていましたが、クワ・ブドウ・カキ・ウメ・カシワなども食べます。成虫は真っ白な羽で黒い小さな斑点があるガで、こちらもときどき目にしていました。

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