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野の花便り  小谷村の秋の花と紅葉の栂池自然園


鐘の鳴る丘の“尖がり帽子の時計台”と朝日に輝く白馬山系

菊川市の地域振興係が企画した長野県小谷村への交流体験ツアーに便乗させていただいた。
太平洋側から日本海側へ本州中央部を横断する長旅だったが、行く秋を楽しませてもらいました。
同行された市役所の皆さん、あれこれと面倒を見てくださった小谷村の役場の皆さん、ありがとうございました。


 菊川市を発って約4時間、昼食を摂るために立ち寄った安曇野のスイス村の駐車場を囲むように植栽されているナナカマド(Sorbus commixta)、イチイ(Taxus cuspidata)とソヨゴ(Ilex pedunculosa)が真っ赤な実をつけてつけ、秋の深まりをしらせていた。


長い花柄の先に下がった珊瑚色のソヨゴの実が、時折り渡る風に揺れていた。
このあたりではサカキの名で呼ぶ人が多いがシヨギとも呼ばれるそうだ。
昔の要路、千国街道に唯一現存する“牛飼宿”の周りの野には見慣れた花が咲いていた。白いニラ(Allium tuberosum)の花には傷めた羽をたたんでベニシジミが休んでいた。


道の辺ではノコンギク(Aster ageratoides)とヤクシソウ(Paraixeris denticulata)が競うように咲いていた。


草や潅木で覆われた切り通しの斜面から滲みだした清らかな水が流れる側溝にはミゾソバ(Persicaria thunbergii )が茂り、ピンクの小花を開いていた。
そのミゾソバをのぞきこむように、サラシナショウマ(Cimicifuga simplex)の真っ白な試験管ブラッシのような花穂が下がっていた。


牛方宿の横の土手にはウド(Aralia cordata)が花を咲かせていた。栽培しているのかと思ったが、聞いてみると野生だそうで、このあたりには珍しくないとのことだ。 谷間には初雪かと見まごうばかりのソバ(Phagopyrum esculentum) の畑が連なっていたが、その谷間を見下ろす位置にある牛方宿の庭のソバには赤い花が咲いていた。


栂池高原の“ひよどり荘”に着いたころには陽はすでに山陰に隠れ、静に宵闇が迫っていた。
夕食まで少し間があったので、近くをうろついてみた。
ゲレンデへ向かう途中の沢ではヌルデ(膠木 Rhus javaniva var. roxburghii) が紅葉し始め、水辺のキツリフネ(Impatiens noli-tangere)がかすかに揺らいでいた。
                 火のいろに燃えて膠木のこきもみぢおどろの谷をかぎろはしゐる    太田水穂
                   水たるる岩のあひだに釣船草の花のそよろにゆるる涼しさ       鹿児島寿蔵


ゲレンデの中にはエノコログサ(Setaria viridis)の金色の穂とチカラシバ(Pennisetum alopecuroides)のムラサキの穂が夕暮れ時を楽しむようにほつれあっていた。
そのすぐ隣には北アメリカから日本の庭園に連れてこられてまだ間もないアラゲハンゴンソウ(Rudbeckia hirta)の園芸品種グロリオーサが一株生えていた。近くの庭から逃げ出してきたのだろうが、少し寂しそうに見えた。


宿へ戻る途中の道には外来の園芸植物がいろいろ植栽されていた。千国街道をたどってこの高原にくる途中でことに目だっていたのは中国四川省などに分布し打破碗花と呼ばれている一重のシロバナのシュウメイギク(Anemone hupehensis)だったが、このピンクのシュウメイギクはその園芸品種の一つである。
メキシコ原産で明治時代に渡来したといわれているコスモス(Cosmos bipinnatus)も高原の秋に良く似合う花である。


コスモスの園芸品種のキバナコスモス(C. bipinnnatus cv. Cosmic Orange)も咲いていた。 石垣からなにやら毛玉のようなものが垂れ下がっていた。花の終わったボタンズル(Clematis apiifolia)だった。


8:00、ゴンドラリフトとロープウエイを乗り継いで栂池自然園へと向かう。出発前にのぞいて見たひよどり荘の畑には、いろいろな野菜が栽培されていた。その中で私にはものめずらしかったのがヒモゲイトウ(Amaranthus caudatus)とゴマナ(Aster glehni)だった。ヒモゲイトウは南米原産で、種子を食べるために今では世界各地で栽培されている。ゴマナは本来は野生種で、山菜として若葉を食べるとは聞いていたが、このように畑に植えられているのを見たのは初めてであった。


秋色濃い栂池自然園: 向かって左から鑓ケ岳、杓子岳、白馬岳

白馬岳 乗鞍岳

朝露に濡れたヒメシダ(Thelypteris palustris)。そろそろ黄葉を始める頃である。北半球の温帯に広く分布している。湿地が好きなシダである。 夕食に出た山菜の一つのハンゴンソウ(Senecio cannabifolium)。春先の芽立ちを塩漬けにして保存しておいたものだそうだ。若芽の天麩羅も美味しいらしい。


湿原への、オオシラビソと落葉樹の混交林を抜ける道にはイタドリ(Reynoutria japonica)が米粒のような花を咲かせ、 頭上のタカネミズキ(Swida controversa var. aplina)の梢には黒青色の実が鈍く光っていた。


切れ込みの少ない、棘もほとんど目立たない大きな葉の薊はノリクラアザミ(Cirsium norikurense)だろう。 野菊の仲間の分類はやっかいだが、これはタカネコンギク(Aster viscidulus var. alpina)らしい。


湿原入口の栂池ヒュッテの周りは開けていて、陽を浴びたヤマハハコ(Anaphalis margaritacea)は眩しいほどだった。アジアと北アメリカの温帯に分布し、米国ではプレイリー・エバーラスティングと呼んでいる。 関東以西の太平洋側では出合うことができないオオイタドリ(Reynoutria sachaliensis)が茂っていた。北国に行くほどよく育ち3m以上にもなる。イタドリ同様に調理して食べられる。


湿原(自然園)はまさに草紅葉の最中だった。
教えてもらわない限り、この毛槍のミニチュアのようなものを見ただけでは、夏にあの可愛い小さな白い花を咲かせていたチングルマ(Geum pentapetalum)の秋の姿だと気づく人は少ないに違いない。つややかな濃い緑の葉はすでに真っ赤に紅葉していた。北半球の寒帯に広く分布している氷河期の生き残り植物である。


クロマメノキ(Vaccinium uliginosum)もウラジロナナカマド(Sorbus sumbucifolia)もきれいに紅葉していた。
クロマメノキの実はすでに一粒しか残っていなかった。小鳥たちが残してくれたのだろうか。このあたりでは白山葡萄とも呼ぶそうだ。


“ワタスゲの湿原”を楽しみ、“浮島の湿原”への坂道を登ってゆくと、青々とタマゴケのしげる斜面に枯れはてるときを惜しむように絹細工のようになったマイヅルソウ(Majanthemum dilatatum)がのこっていた。 大きな岩の下の窪みには萎れ始めた葉を元気付けるかのようにミズバショウ(Lysichiton camtschatense)の青い実が立ち上がっていた。


オオカメノキ(Vibrunum furcatum)の紅葉はなにやらしゃれた和菓子のようだ。 このシラネワラビ(Dryopteris austriaca)も、間もなく枯れ果てることだろう。


水の枯れた小さな沢のほとりの細かなオオバセンキュウ(Angerica genuflexa)の花序は枯れ葉を支えていた。 黄葉する楓の代表的な存在といわれるミネカエデ(Acer tsechonoskii)の透明感のある葉が美しかった。


雪が積もるころになっても緑のままで平然としているヤマソテツ(Plagiogyria matsumureana)は秋を感じていないのだろうか。 ヤマソテツの大株に挟まれてゴゼンタチバナ(Cornus canadensis)がつややかな赤い実をつけていた。大木になるあのヤマボウシと同じミズキ科の植物である。


ゴゼンタチバナのとなりには、こちらも美味しそうな実を下げたオオバタケシマラン(Streptopus amplexifolius var. papillatus)がひっそりと生えていた。 枯れ沢のほとりには、やはり赤い実を光らせてベニバナイチゴ(Rubus vernus)が小鳥たちの訪れを待っていたが、私がいただいてしまった。秋の味だった。


ブナの木の根元のハリブキ(Oplopanax japonicus)もすっかり黄葉していた。 イワカガミ(Schizocodon soldanelloides)は、名にし負はず紅葉し始めた葉が秋の陽を跳ね返していた。


“浮島の湿原”にはオオバユキザサ(Smilacina yezoensis)の濃いオレンジ色の実が枯れたミズバショウの葉の上に倒れ掛かり、もうタネを散らして身軽になった子房のカップを残したニッコウキスゲ(Hemerocallis dumortieri var.esculenta)の花茎があちこちに立っていた。


目を上げれば、湿原を取り巻く白馬連山の裾の森も錦織なす世界であった


かのひとの解きて流せし西陣のうるわしき帯いましおもほゆ    静

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