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野の花便り 〜 小笠山の春の花 〜

「里山を歩く会」の皆さんと戦国時代の史跡も残る小笠山の春の花を楽しんできました。
東海道線掛川駅の南から遠州灘の砂丘間近にまでせまる丘陵地の、その北端に近い海抜264mの高みが小笠山です。
古大井川の左岸に堆積した砂礫層が隆起した丘陵のため侵食されやすく、狭く細く深い谷が八方に刻まれている、いわゆるケスタ地形で、多様な微環境が存在し豊かな植生を育んでいます。また丘陵の麓には、少なくなってしまったとはいえまだ田畑が残り、そこでも懐かしい草花を目にすることができます。


山笑ふふるさとびとの誰彼に     楠本憲吉

キブシ(Stachyurus praecox ヤマウルシ(Rhus trichocarpa)

 駐車場を出て登り始めた山道で最初に出会ったのはキブシ(Stachyurus praecox)の花だった。雌雄異株でこの株は雌株だった。秋になれば黒い実の房が見られることだろう。日本の固有種だが変異に富み、極端なものにはハチジョウキブシやケキブシなどの変種として記載されている。漢字表記は”木五倍子”だが、これは江戸時代に鉄漿を染めるヌルデの虫こぶのブシ(五倍子)の代用にタンニンの多いこの木が利用されたからだという。

      うばはるるものわれになく雪の上にきぶしの淡き花房は散る   森村浅香

 こちらは雄花であろう。

 近くには柔やわとした芽立ちの若花房を四方に下げたヤマウルシ(Rhus trichocarpa)があった。中国原産で栽培されているウルシと同じ成分を含むが量が少なく利用されていない。しかし秋には見事に紅葉して私たちを楽しませてくれる。


イロハモミジ(Acer palmatum) イズセンリョウ(Maesa japonica)


 社殿に向かう道沿いにはサツキやサトザクラなども植栽されていて、このイロハモミジ(Acer palmatum)もその一つであろう。しかし元来は日本の山地にごく普通に分布していた種である。手のひら状に裂けた7枚の裂片を”いろはにほへと”と子供たちに数えさせたのが名の由来だと言う。

          若葉せる楓木垂れて行く路をたちふさぎたり日に照りつつも    窪田空穂

 尾根筋の道を外れて谷間に続く細い路を行くと、しっとりと濡れた落ち葉が散り敷き、斜面にはさまざまな湿地好みの草木が茂っていた。
 その中で目を惹いたのが短い花穂にクリーム色の壺状の小花を連ねたイズセンリョウ(Maesa japonica) であった。
雌雄異株なのだが、外見からだけでは区別がつけがたい。とはいえ、花壺を覘いてみると雌花ではオシベが退化している。また雄花の方がやや花壺の口が広い。関東地方南部から中国を経てベトナムあたりまで分布しているヤブコウジ科の半蔓性の低木で、白い丸い実は冬に熟す。和名は源頼朝と北条政子ゆかりの伊豆山神社の境内に多いことに因んだものだという。奈良の春日大社の森にも群生していて、これはやはりこの森に多いアセビ同様に鹿が嫌って食べないからだといわれてきたが、この木の葉を食べる鹿もいることが最近は観察されている。ウバガネモチとも呼ばれるそうだが、こちらは意味不明である。


アセビ(Pieris japonica) タチツボスミレ(Viola grypoceras) ナガバノイタチシダ(Dryopteris sparsa)

 鹿がいるという話は聞かないが、この山にもアセビ(Pieris japonica)は多い。ここでは3月上旬から咲き始めるといい、今日目にした株はすでに花の盛りが過ぎていた。鹿が嫌って食べないのは葉や茎に含まれるアセボトキシンという有毒成分のせいだと考えられているが、人間よって飼育された家畜やペットはこの化学物質に対する感受性が乏しくなっているらしく、誤食して中毒する例が報告されている。心臓も胃腸もしっかりしていた恐れ知らずの大学生の頃、試しにこの葉を噛んでみた。恐ろしく苦いものであった。知らずに誤って口にしてもたちどころに吐き出さずにはおれない味であった。

              花馬酔木掌にさやさやと音たちぬ    小間さちこ

 常緑落葉混交林の林床は適度な明るさなのであろう。タチツボスミレ(Viola grypoceras) が私たちを見上げて微笑んでいた。
 近くにはホラシノブ、ベニシダ、トウゴクシダ、などたくさんのシダも生えていて、そのうちではこの写真のナガバノイタチシダ(Dryopteris sparsa) が最も暖地を好むしだであった。この仲間にはよく似たものが多くて、シダの名を憶え始めた頃にはそれぞれの種の同定には悩まされたものであった。

  

ウラジロ(Gleichenia japonica)
 尾根から谷になだれる比較的緩やかな斜面にはウラジロ(Gleichenia japonica)が群生している。
 関東地方以西に分布している常緑性のシダで東南アジアでも目にすることがあるが、ロンギッシマ・ウラジロとの区別は難しい。
 古代から”しだ”といえばウラジロを指すことが多かったが、この傾向は現代でも静岡県下に残っている。

           裏白の葉うらしろじろと重なりて風おし返す磯の北がわ     生方たつゑ

 古来、他の下草がすっかり枯れ果てる厳冬期にも青々と茂っているその生命力が邪気を祓ってくれることを期待して正月飾りにこのシダを加える地方が多い。

 

アオキ(Aucuba japonica) クサイチゴ(Rubus hirsutus)


 この丘陵地では杉林の林縁でアオキ(Aucuba japonica)に出会うことが多い。中国地方を除く本州と四国に分布する雌雄異株の直射光を嫌う常緑樹である。あちこちに花穂を立てた株が生えていたが、ほとんどが雄株であった。実生の性比が偏っているのか、それとも冬に真っ赤に熟す美しい実に惹かれて雌株が庭園に植栽する目的で掘り取られているのだろうか。
 アオキは1775年に来日したチュンベリー(ツンベルグ)が離日するまでのわずか1年間に採集した800種以上の植物の一つで、日本語の”日本の青木葉”をそのまま学名にして記載したものである。アオキのよな冬季にも青々と茂りしかも美しい実のなる木はヨーロッパの人々にはあこがれの的で、1783年にグレーファー(J.Graeffer)が導入したものが各地に広まったという。だが花は咲けども実がつかないので、雌雄異株だとわかり、雄株がヨーロッパに渡ったのは1860年の頃であった。雄株探しにやってきたロバート・フォーチュンは横浜でこれを入手できたと「はるばる日本にやって来た甲斐があった」と喜んだ。

            青木に犬の尿のしたたれり美しきかなや小さき青木に       北原白秋

 林縁と畑地の境界を走る小道の脇は日当たりもよく、なぜか最近目にすることが多くなったクサイチゴ(Rubus hirsutus) の青味を帯びた白い花が群れていた。6月に熟す赤い実は結構美味で、ジャムなどにして保存できる。

            草いちごの幽かなる花咲きおりてわが歩みゆく道は楽しも     斉藤茂吉


 

モチツツジ(Rhododendron macroceparum) ヤマツツジ(R. obtusum var. kaempferi)


 尾根筋のヒカゲツツジとミツバツツジは既に花の盛りを過ぎていたが、麓ではモチツツジ(Rhododendron macroceparum) とヤマツツジ(Rhododendron obtusum var. kaempferi) が満開だった。
 モチツツジの分布は少し変わっていて山梨県以西、静岡県では西伊豆地方以西、日本海側では福井県以西岡山県まで、瀬戸内海を挟んで四国の低山帯で記録されている。なぜか九州には分布していない。
 一方、ヤマツツジの分布は広く、北海道南部から九州にわたっている。地域的な変異が多く、サイカイツツジ、ミカワツツジ、キリシマツツジ、ヒメヤバツツジなどの変種が記載されている。
 ツツジの仲間は花筒の奥に甘い蜜を蓄えているので、子供の頃は山道でみつけるたびにチュと吸っていたことを思い出す。また餅病菌(Exobasidium)に犯されて耳たぶのように多肉化した葉も、いささか気味悪いものだが少し甘みがある不思議な味がした。


タネツケバナ(Cardamine flexuosa) ニワトコ(Sambucus racemosa var. sieboldiana

 雑木林と水田を境する小さな水路には消えかかった淡雪のようにも見えるタネツケバナ(Cardamine flexuosa) の花穂が群れていた。苗代の仕度を始める頃に花盛りとなるゆえの名だというが、近年は猛暑の真夏を除けばいつでも咲いているものが多くなったような気がする。北半球の人里の耕作地に広く分布しているので史前帰化植物の一つなのだろう。

               老い母に種漬花のうす湿り      小木ひろ子

 ひざまずいて写真を撮って立ち上がり、ふと振り仰ぐと春霞の空を背景に、こちらも白いニワトコ(Sambucus racemosa var. sieboldiana) の綿菓子のような花穂がかすかな風に揺らいでいた。点在する細かな赤いものは雌蕊の柱頭である。
 
                にはとこの花しらじらと咲けれども青葉の小枝短かかりけり     岡麓

 本州、四国、九州の低山帯にごく普通に見られるスイカズラ科の低木で、仲間25種が南北両半球に分布している。
 ヨーロッパから近東に分布している母種のラセモーサ(Red elderberry) は英国では“悪魔の木”と呼ばれ家に持ち込むと悪霊も入ってくるという俗信がある。また、ユダが首を吊った木と言い伝えられ、“ユダノキ”とも呼ばれる。しかし、所変われば品変わるで、北欧では不死の象徴とされ切り倒すことはタブーだったと伝えられる。


ゼンマイ(Osmunda Japonica) フデリンドウ(Gentiana zollingeri) オオカナワラビ(Arachnioides amabilis)
 切通しの斜面には湿った場所が多く、外来種をも含めて多くの植物が観察できる。
 中生代の地層から発掘されたゼンマイ(Osmunda Japonica) の仲間の化石は現生のものとほとんど変わらない。数億年もの永きにわたって形態的な面での進化を停滞させている植物の一つである。
 岩盤の切断面がコケ類で覆われている急な斜面では5cmたらずのフデリンドウ(Gentiana zollingeri)が空色の地に薄い臙脂色の帯を描いた花瓶のような形の花を咲かせていた。
 日のほとんどあたらない場所にはシダ類が優占する。写真のオオカナワラビ(Arachnioides amabilis)は関東以西から東南アジアにわたって分布している常緑のシダである。


フキ(Petasitis japonicus) イワニガナ(Ixeris stolonifera

 神社の麓の耕作地には休耕田も多く、そこでも多くの花が咲いていた。
 土手には見捨てられたようなフキ(Petasitis japonicus) の群落があり、もうすっかり旅立ちの準備が整った、パラシュートを背負った子供たちが一陣の春の風を待っていた。
 枯れ草の積もった休耕田ではあるが勢いよく広がったイワニガナ(Ixeris stolonifera)は花の盛りで、日の光を吸い込んで明るく輝いていた。最近はイワニガナのほうが通りが良いようだが、牧野の学生版図鑑で名を憶えた私にはやはりジシバリ(地縛り)と呼ぶ方が心地よい。


カタバミ(Oxalis corniculata) カリン(Chaenomeles sinensis


 イワニガナに取り囲まれて小さな5弁の黄花が咲いていました。カタバミ(Oxalis corniculata)です。寒帯を除き、世界中いたるところの人里で目にする植物の一つです。写真を撮っているとベニシジミが飛来してこちらにかまわず吸密していました。

           しじみ蝶花うつりゆくかたばみに書きあぐみたる心あそばす   谷 鼎

 新芽が出そろって美しく輝く若緑の波が打ち寄せているよな茶畑の際に植えられたカリン(Chaenomeles sinensis)に今にも散り果てそうに桃色の花が咲き残っていました。中国原産で江戸時代に渡来したと考えられています。花も黒く光沢のある樹皮も美しく、大きく熟し芳香を放つ果実もみごとなため、庭園に植栽されています。

           代掻きて水濁る田に風吹けばかりんの花は白くちりけり     結城哀草果

 

マムシグサ(Arisaema serrata) カキドオシ(Glechoma hederacea)


 これはいつも不思議に思うことなのだが、山道に沿って生えているマムシグサ(Arisaema serrata) の仏炎苞はほとんどといってよいほど人の通う道には背を向けて、まるで山の精霊に助けを求めるように口を開けている。なぜだろう。ポリネーターはハエの仲間のようだが、ハエたちにとってはこの方が都合が良いのだろうか。ひょっとしたら白い膜質の背中を日のよくあたる道側にしているのは仏炎苞の内部の温度を高く保ち虫たちを誘っているのかもしれない。
 
 路肩から沢に落ちる斜面の枯れ枝を縫うようにカキドオシ(Glechoma hederacea) が茂る場所もあった。この属には10種ほどがあってユーラシアの暖・温帯に分布していて、斑入りのものは園芸種として栽培されている。漢方では馬蹄草と呼ばれ煎じたものは胆嚢や泌尿器系結石に処方されている。若いうちは食用になるそうで、湯がいてあくを抜き和え物などにするとおいしいと聞いたが、まだ試したことはない。


ニオイタチツボスミレ(Viola obtusa) ニガイチゴ(Rubus microphyllus


 日当たりの良い貯水池の土手にはニオイタチツボスミレ(Viola obtusa)がいく株も咲いていた。スミレの仲間の分類はまことに難しいが、この丘陵地に分布することが明らかにされているスミレはそれほど多くないので、その中の一つとしてこの名を選ぶのは難しくはない。

 戸谷の花を眺めて、再び尾根道に戻る途中、一叢の白い花の咲く藪があった。白い花はニガイチゴ(Rubus microphyllus)であった。本州から九州にわたる低山地に分布するが比較的目に付きにくい野茨の一つである。赤く熟した果実は内果皮に苦味があるものの食べられる。名前を聞いただけで敬遠して食べないのは可哀想である。


ヤシャブシ(Alnus firma) ウバメガシワ(Quercus phillyraeoides)


 痩せ尾根にとりつく急坂の斜面には、裸地が崩壊するのを防ぐ目的で植えられることがあるのでハゲシバリという里呼び名のあるヤシャブシ(Alnus firma)の若葉が広がり、その陰に隠れるように緑色の雌性花穂が立っていた。ヤシャブシはどんな意味があるのだろうか。ある書籍には身の形がごつごつしているところが夜叉で、鉄漿染めに使った五倍子(ブシ)同様にタンニンが多く含まれ代用にされた記録もあるのでこの名になったとあった。
 この山の尾根道に多い常緑樹の一つは今が花の盛りのウバメガシワ(Quercus phillyraeoides)である。遠州ではイマメガシと呼ぶ人が多い。神奈川県以西の太平洋側から台湾・中国南部に分布していて硬い緻密な材はさまざまに利用されている。紀州では「ばめ茶」と呼んで木の葉をお茶の代用にしたという。また伊勢では節分の鬼やらいにまく豆をこの木の枝で炒る習俗が報告されている。


コシダ(Dicranopteris linearis) シバヤナギ(Salix japonica)


 ウラジロと混生することもあるがどちらかといえばより乾燥していてウラジロには不向きな尾根筋でも茂ることができるのがコシダ(Dicranopteris linearis)である。東北地方南部から東南アジアにまで広く分布していてウラジロ同様に葉軸を工芸細工に利用している。葉裏はウラジロのように白いのだが、なぜか正月飾りにこのシダを使うことはない。

 コシダの茂った斜面の近くには既に実が熟し始めたらしいシバヤナギ(Salix japonica)の枝が谷から昇ってきた風に揺らいでいた。



 ソメイヨシノの季節は過ぎ去り、散り敷いたはずの花びらはすでに土に還っている。代わっていまは里桜が満開であった。里桜はオオシマザクラの実生を選抜したり、それを母親あるいは父親にした他種との交配で作られた八重咲きの園芸種の総称であるが、分類学上のオオシマザクラ(Prunus lannesiana)はその一系統である。
 私はこの艶やかな花の下に立つたびに何故か松本華羊の描いた『伴天連お春』が目に浮かぶ。満開の桜を見上げるように描かれた寂しげで透明感の肌を持った“お春”はキリシタン禁止令にそむいて殉死した吉原遊女の朝妻を仮想モデルにしたものだそうだ。描かれている桜もまた華羊の脳裏に咲いた薄紅一重の印象桜である。しかし、あくまでも私見ではあるが、現実の一重咲きのソメイヨシノのような桜は“お春”には似合わない。似合うのは柔らかな重量感のある里桜である。

              咲きたわむ八重花ざくらゆさゆさと揺らぐが見えて夜の風吹く      尾上柴舟

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