野の花便り〜 レトロスペクティブ・シーナリー:風の止まった風吹隧道 〜


 紅葉を散らす風もない静かな小春日和の中を、懐かしいたたずまいの里と山を楽しんだ。

華厳院へと続く路の際に点在する農家のイヌマキの生垣からは、小さな緑の瑪瑙玉のような種子を赤紫に色づいた肉質の珠衣に乗せた、遠州でいうところの弥蔵小僧が顔を出し、庭先では小菊が香っていた。


ガマズミ Viburnum dilatatum イヌマキの実  Podocarpus macrophyllus


 英国のプラントハンターで、『江戸と北京』の著作を残したロバート・フォーチュンは万延元年(1860)の晩秋、彼にとっての珍しい植物を求めて、神奈川の里を連日のように歩き回った。そんな彼が最初に目にとめた花がキクであった。丘の麓に点在するどの農家にもささやかな庭があり、そこには色とりどりのキクが咲き乱れていた。彼は日本の庶民の花に対する美意識の高さに驚嘆したとも記している。

時は流れ、気候も人々の生活様式も変り、外来の花も目立つようにはなったものの、こうして里の道を行くと、花を愛でる日本人の心は、フォーチュンを感激させた江戸の庶民から変ることなく今に続いていることを確信できる。


ムラサキシキブ Callicarpa japonica イヌシデ Carpinus laxiflora


 しかし山道に入ると、里の人々はすでに山の自然を利用しながら維持することをやめて久しいことがわかる。山に住む精霊たちは忘れ去られたのであろう。

おそらく私たちのようなハイカーのためだけに、ボランティアの人たちが手を入れてくれているに違いない細道を詰め、佐束山公園の頂上に登ると、そこには盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が起こり南京では婦女子を巻き込んだ大量殺戮が行われた昭和12年に設置された砲弾型の碑が立っていた。痩せ尾根の東側には牧の原台地を背景にして菊川市の家並が南北に長く横たわっていた。思いのほか緑豊かな環境のように見えるが、これは斜め上からのイメージで、1000mほどの上空から真下を眺めれば、森の緑が占める面積は怖いほど少なくなっているのではないだろうか。


サネカズラ Kadsura japonica ハナミョウガ Alpinia japonica


 尾根を下ると道はカントリークラブのグリーンの縁を巡っていた。赤く色づいたハナミョウガの美しい実の房がいくつも見える藪の中には、なぜかオリーブの木が育っていた。人間専用の道はここまで、藪から出れば自動車のために舗装され人は遠慮しながら歩くことになる立派な道となる。

岩井寺の村落に出ると、何万年もかけて自然が作り上げた緑に包まれた深い羊歯の谷が重機と呼ばれる怪物によって無残に削り取られた後の、ほとんど裸に近い砂岩の壁が立ちはだかっていた。自然の中に溶け込んでいたかつての道と青野卯吉の情熱で穿たれた真夏でも涼風が吹き抜けていた風吹隧道は見捨てられ、新たな迂回路をスポーツカーが疾走していった。


アマクサシダ Pteris dispar ヤワラシダ Thelypteris laxa


 生い茂る萱を分けて、その見捨てられた道に出ると、積もった腐葉土の上にはウワバミソウが茂り、水の滴る切通しに壁にはヘラシダやオオキジノオシダなどが元気よく育っていた。ふと、ここを絶えてゆく小笠山のシダたちの避難所に使えないものかと思った。
 もっともそのためには地権者の許可を得た上で行政にも相談し、かなりの金銭と労力を
用意しなければならない。気力がいる作業になるだろう。できるだろうか。

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