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野の花便り 函南の丘の道の辺の秋

 久しぶりによく晴れて、冠雪した富士が美しい晩秋の一日、里山を歩く会の皆さんと函南原生林の標高差200mもある観察路の急坂を歩いた。
 江戸時代から水源涵養林として伐採が禁止されてきた森で、ブナの巨木は樹齢700年余だという。リョウブにしろエゴノキにしろ、私には信じられないほどの大木に育っていた。
 さまざまな樹種の落ち葉が散り敷いた観察路は、もし平坦であったならさぞや歩き易かったであろうが、急坂の下りでは足元が気になって、植物を仔細に眺める暇は無かったのが残念であった。
 そして、もう一つ気になったのは林床を埋め尽くしているハコネダケの存在であった。ここが極相林であったなら本来ハコネダケは侵入できなかったはずである。おそらくこの禁断の森を取り巻く車道や観光施設ができたせいであろう。今や林床は幼木の育つ余地はなく、むろん下草もほとんど見られない。このままではやがて十国峠のような姿になってしまうに違いない。


 この森の中でも指折りの高齢樹の一つのアカガシ(Qurcus acuta Thunb. ex Murray) 。根回り13.3m、樹高20m、樹齢約700年とあった。  暗い森の中で唯一目に留まったものがこの珊瑚細工のアクセサリーのようなミヤマシキミ(Skimia japonica Thunb.) であった。開花のときを待つ蕾を膨らせた花穂もあった。


 陽を遮っていた高木たちの葉がほとんど落ちて、大分明るくなった森の小さな窪地のコクサギ(Orixa japonica Thunb.) に子房が4つに分かれた緑色の蒴果がついていた。もう少し経てば乾いて裂けて反転して種子を飛ばすことだろう。  その窪地にはホソバシケシダやミゾシダなどシダ類が生えていたいたが、そのうちの一つがこのキヨタキシダ(Diplazium squamigerum (Mett.) Matsum)だった。芽立ちどきの葉はあくがなく、信州ではイッポンコゴミと呼んで、食用している。


 早々に暗い森を抜けて日のよく当たる尾根筋に切り開かれた遊歩道に出ると、草むらではリンドウ(Gentiana scabra Bunge var. buergeri Maxim.) が花の盛りだった。

         そこにもここにもあはれな小さい竜胆がさいてゐる光ってまたたいてゐる       北原白秋
         あたたかくにほふ落葉にうづもれしりんどうの花はいつの記憶か            谷  鼐
         うづたかく散るは櫟か楢の葉かかきわけて摘みしりんだうの花             若山喜志子

 ほとんど白に近いものから空色、桃色、紫色まで、花の色は微妙に違っていた。訪花する昆虫たちはこの違いを楽しんでいるのだろうか。


 この季節、ほとんどの植物の花は散り、替わって木の実が赤や黄や紫黒に染まって小鳥の目を引き、光合成の役目を終えた葉むらがさまざまな彩りを見せ、私たちを楽しませてくれる。 


 遊歩道に垂れかかるミヤマガマズミ(Viburnum wrightii Miq.)の葉は緋(あけ)に染まり、枯れた笹に仲良くスイカズラと絡んでいるヘクソカズラ(Paederia scandens (Lour.) Merr.)の葉は鬱金色に変っていた。

 

 朽葉色に紅葉したゼンマイ(Osmunda japonica Thunb. ex Murray)はまるでハコネダケの侵入を食い止めたいと思っているようだ。その近くでは、白い綿毛で風に乗るつもりの種をつけたボタンズル(Clematis apiifolia DC.)がこちらもハコネダケを押さえ込もうとでもいうように覆い被さっていた。

紅葉した葉が散ってすっかり明るくなった林の中では木の実が小鳥たちを待っているようです
マユミ Euonymus shieboldiana Blume ノイバラ Rosa multiflora Thunb. ex Murray
サルトリイバラ Smilax china L.  バライチゴ Rubus illecebrosus Focker
イヌツゲ Ilex crenata Thunb. ex Murray ヒサカキ Eurya japonica Thunb.
ヒメヤブラン Liliope minor (Maxim) Makino スイカズラ Lonicera japonica Thunb. ex Murray

帰路に立ち寄った、富士山の伏流水が湧き出た清流、梅花藻の緑が美しい柿田川の岸辺ではツリフネソウがそよいでいました。

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