houei

野の花便り 〜 宝永山の7月の花 〜


 「草の友会」の皆さんと富士山新5合目から宝永山へ続く御中道の植物を楽しんできました。
 
 新5合目に向かうバスは山ろくの濃い緑の中を緩やかなカーブを描いて高度を上げてゆく。その車窓を、牡丹雪のような満開のフジイバラの花や、ブナの木の枝に絡んで垂れ下がる、白い蝶が群れているようなマタタビの蔓が流れ去っていった。

 標高2400mの5合目は登山客であふれていたが、私たちは森林限界のシラビソやトウヒやミヤマハンノキなどの茂る森を抜け宝永山へ向かう御中道へ入った。林床にはさまざまな高山植物があるのだが、今年は例年より開花期が遅れているということで、いささか寂しかった。
 森を抜けると眼前には壮大な火口壁がせまる。1707年の宝永の大噴火で形成された火口を取り巻く火山砂と火山礫のみで構成されたスコリアと呼ばれる土壌は風雨でたやすく動き、植物が定着し難く、ほとんどが裸地で、少数の種がかろうじて生育している典型的な火山植生を形成している。
 有機物が皆無のスコリアの斜面に点々と散らばる緑はオンタデで、典型的な1種構成群落である。
 人の頭ほどの大きさやそれより少し大きい岩塊が多い岩石原では立地がやや安定するのでフジハタザオ−イワツメクサ群集を見ることができる。

 


オンタデ
 Pleuropterophyrum weyrichii var. alpinum

 さらさらと崩れ易い火山砂礫の斜面でまず目に付くのがこのオンタデである。葉の裏に白い毛の多いウラジロタデの変種として記載されている。牧野図鑑では木曾の御嶽山に因んだ名とあるが、白い毛で化粧しているウラジロタデをメンタデ(雌蓼)と呼び、化粧していないのがオンタデ(雄蓼)だという説もある。
 火山植生のパイオニアで、3〜10mに1株が生えている。雌雄異株で、これは雄株。
ミヤマハンショウズル
    Clematis ochotensis

 5合目の駐車場のフェンスの向こうに一株のミヤマハンショウズルが生えていた。砂礫の動きを止めるためのネットのおかげで定着できたのだろう。
 普通は亜寒帯の針葉樹林内に生え、本州中部以北の高山で目にすることができる。シベリア東部、サハリン、カムチャッカにも分布している。
 和名は深山に生える花の形が半鐘に似ている蔓植物という意味で、これは分かりやすい。


ミヤマハンノキ
    Alnus maximowizii 
 北海道ではごく普通にみられるハンノキ属の1種だが、本州では鳥取県以北の亜高山帯から高山帯に分布する。
 アイヌの人たちはカムイ・ケネ(神のハンノキ)あるいはイワ・ケネ(奥山のハンノキ)と呼び、沖漁に出るときはこの木を持って行き木幣にして海神にささげたという。また、イギリスのヘリフォードシャー州の漁師たちがグルティノーサ・ハンノキに注目していて、この木の蕾が鱒の目玉ほどに膨らむと漁の季節になるという。
タカネグンナイフウロ
 Geranium eriostemon f.
onoei
 時折り森の中を渡っていく濃い山霧が、花びらの色を溶かして運び去ってしまったのではないかと、ふとそんな思いが浮かんでくるような、淡い淡い紫色の花が咲いていた。タカネグンナイフウロであった。
 日当たりの草原に生えているものの花色はもっとずっと濃いというが、これは森の木漏れ日の中に育ったせいであろうか。
 グンナイとは山梨県の群内という地名に因んだものだそうだ。


キジムシロ Potentilla fragarioides
 木漏れ日の揺れる林床にツチグリによくにた明るい黄色の直径2cmたらずの花が咲いていた。羽状複葉で中国、シベリアにも分布しているキジムシロだった。低地で見るものに比べると、葉が柔らかでなよなよとしていた。
 森林限界の森にも分布しているとは知らなかった。
コケモモ Vaccinium vitis-idaena 
 富士山の御中道にはコケモモが多い。一昨年の秋に歩いた山梨県側の道では真っ赤にに熟した実を摘むご婦人方に出会った。果実酒にするとの事であった。
 苔桃の濡れし薄花挟みつつ少女ゆき友ゆき吾は遅れるる 
                               三宅奈緒子


タイツリオウギ Astragarus membranaceus
 砂礫の斜面に点在する大きな岩の陰にタイツリオウギが咲いていた。タイツリというのは長楕円形の実が花柄の先に釣り下がった様子を鯛を釣り上げた様子に見立てたもので、オウギは中国名の黄蓍の音読みだ。
 薬草としてもよく知られた存在で利尿強壮に使われるほか他の生薬と混ぜてさまざまな病に処方されている。また若い葉は山菜として利用される。
フジハタザオ Arabis serrata var. serrata
 砂礫の動きが止まった場所ではフジハタザオのまぶしいほど白い花が盛りだった。
 富士山以外の低山地にも分布しているが、やはり黒い砂礫地に点在する姿がフジハタザオの名にふさわしい。
 地理的な変異が多い種で、イワテハタザオ、シコクハタザオ、エゾイワハタザオなどの変種が記載されている。


ベニバナイチヤクソウ Pyrola incarnata
 ハイマツ状に斜面を這うカラマツの枝の下にはコケモモのマットが広がり、その中にピンクの髪飾りのよなベニバナイチヤクソウの花穂が林立していた。
 この日一番の感激の出会いであった。
 中部地方の高山から北海道、中国東北部、シベリア、サハリン、カムチャッカなどに分布している常緑の半寄生性多年草である。他のイチヤクソウ類と違って群生することが多い。
 カナディアン・ロッキーで見たアサリフォリア・イチヤクソウ(Common pink witergreen:P. asarifolia) とよく似ている。こちらも高山帯下部の針葉樹林内に生育していた。


イワツメクサ Stellaria nipponica 
 砂礫の流れから逃れるように岩陰にはイワツメクサが小さな白い星を散りばめていた。
 中部地方の高山に生えるハコベ属の1種である。遠く離れて夕張〜日高山地でみられるものはオオイワツメクサと呼ばれる変種とされている。
イワスゲ Carex stenantha
 こちらは砂礫の流れに逆らって橋頭堡を死守しているようなイワスゲの一叢があった。このような植物たちの頑張りで、やがてこのあたりの緑も濃くなってゆくのだろう。
 本州の中北部の高山に分布していて、北海道以北のタイセツイワスゲは変種とされている。
 


ミヤマオトコヨモギ Artemisia pedunculosa
 本州の中部地方の高山に分布し、富士山ではごく普通に目にするヨモギの仲間である。
ミヤマヤナギ Salix reinii
 この低木も富士山の森林限界でよく目にするものの一つで、中部地方の高山以北に分布している。


カラマツ Larix kaempferi
 ハイマツが茂る北アルプスや南アルプスなどと違って、富士山では溶岩流の流れに沿ってカラマツが標高2900mまで這い登っている。他の高山でハイマツ林を見慣れた目には奇異に映る光景である。また信州などのすらりと伸びたカラマツ林に親しんだ人にとっても、このハイマツ状の樹形をみせるカラマツはやはり不思議な光景である。
 東北地方南部から中部地方の山地に自生するが、材の利用価値が高いので各地で栽培されるため、自生か逸出か判定が難しいこともあるようだ。


ヒメムヨウラン Neottia asiatica
 林床の落ち葉や枯れ枝と同じような彩で、よほど注意していないと見落としてしまうようなヒメムヨウランを見つけた。すでに花は終わっていて子房が膨らんでいた。
 本州中地方から北海道以北に知られているサカネラン属の腐生ランの1種である。
ベニバナイチヤクソウ Pyrola incarnata

 感激の余韻覚めやらず、もう一コマ・・・・・です。

このページのトップへ   目次へ戻る