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野の花便り 〜 朝霧高原の春 〜

富士山の西の麓、標高900mほどに広がる、源頼朝が巻狩りを楽しんだと伝えられる朝霧高原を、猪之頭から小田貫湿原を通って田貫湖まで、春の花々を求めて草の友会の方々と歩いた。
フジザクラはすでにほとんどが散ってしまっていたが、オオシマザクラ系のやや重量感のある白い花や明るい高原によく似合う透明感のある桃色のミツバツツジの花が満開で、足元ではいろいろな顔をしたスミレたちが微笑んでいた。
薄絹のベールような霞はたってはいたが、よく晴れた空にたっぷりの残雪の富士が浮かんでいた。


朝霧高原を横切るように流れる芝川の清流は春の光に銀色にきらめき音高く走り、その近くの用水路では深緑のバイカモが流れに踊り、水際には浅緑のセリが茂っていた。


タチツボスミレ Viola grypoceras
杉の林の中を抜けてゆく道際はタチツボスミレの花の盛りであった。
いがりまさしさんの『日本のスミレ』を読むと、タチツボスミレには実にさまざまな変異が見られることがわかる。
画像の左は典型的なタチツボスミレのようだが、右は葉脈が赤紫色で花の色も濃く、どうやら品種の一つのアカフタチツボスミレ(V. grypoceras f. variegata)のようだ。この個体には毛がほとんどなかったが、中には多毛のものもあって別種のニオイタチツボスミレ(V. obtusa)と間違えやすいそうだ。
“いがり”式の分類を理解するためには虫眼鏡レベルの形態認知能力を研ぎ澄まさなければならないだろう。


ミツバツツジ Rhododendron dilatatum
ミツバツツジは関東から東海地方の山地に分布していて、普通は樹高2m程度の潅木だが、この株は5mにもなっている。
静岡県指定の天然記念物である。
4月下旬に満開になるが、サトイモの植え付け時と重なるので、地元ではイモウエツツジと呼んでいるそうだ。
その根本には、クサボケやニリンソウが咲いていた。


クサボケ Choenomeles japonica ニリンソウ Anemone flaccida


アメリカスミレサイシン Viola sororia
北米東部原産で明治時代にはすでに栽培されていたという。ウイスコンシン州ではWooly Blue Violetと呼んでいた。
ヤエベニシダレ Prunus pendula cv. Pulena-rosea
エドヒガンの八重枝垂れ品種といわれる。真下にもぐりこんでシャッターを切ったので枝垂桜の雰囲気がでていない。


ジロボウエンゴサク Corydalis decumbens
面白い名だが、漢字表記は次郎坊延胡索。“延胡索”は古代から中国で使われていたこの仲間の総称である。日本では子供たちが太郎坊と呼んでいるスミレの花茎とこの草の花茎を絡めて引き合い、どちらが強いか競ったので“次郎坊”の名が付いたのだという。乾燥させた塊茎は鎮痛剤として利用される。
フモトスミレ Viola sieboldi
小さな白い花びらとピンク色の苣のあるスミレで、葉の裏が赤紫のものが多い。大変よく似た種にトウカイスミレがあるが、こちらは葉裏は緑で、柱頭の膨らみがあまり目立たないので区別できるという。葉の形もこちらの方が丸みが強いらしい。


ツクバネソウ Paris tetraphylla
このひっそりと林床に育つ可愛い草を見ると、昔一緒に染色体を研究したKG大学のJM準教授を思い出さずにはおれない。
この季節、彼女はきっと西南諸島の植物を楽しんでいることだろう。
花芽が顔をのぞかせたこの季節の若葉は食用される。
ヤマルリソウ Omphaloides japonica
林床の木漏れ日が集まる場所にヤマルリソウが微笑んでいた。目立つようで目立たないのか、気付かずに通り過ぎる人も少なくない。それでも愛好家は少なくないようで、
土屋文明も「山瑠璃草の霜枯れし鉢を取りいでて今日の春日に置き並べたり」と詠んでいる。


クサソテツ Mattuicicia struthiopteris
根茎が直立するシダ類の若葉の展開する姿は真に美しい。私は緑の杯と呼んでいる。その杯の中でもクサソテツは格別である。こぶしのような形のコゴミの味も捨てがたい。
フデリンドウ Gentiana zolligeri
落葉樹の多い林に入ると、積もった枯葉の間からフデリンドウが遠慮がちに顔をのぞかせていた。東アジアの暖帯〜温帯に広く分布していて、中国植物図鑑にも筆竜胆とあった。多分和名をそのまま使ったのだろう。


ヨゴレネコノメソウ Chrysospernium macrostemon var. atrandrum
トウゲシバ Lycopodium serratum


 

ナガバノスミレサイシン Viola bisseti
私にとってはスミレの仲間は識別に困るものが多いが、このスミレサイシンは大変わかり易い。長細い大きな葉が特徴的である。分布も関東以西の太平洋側に限られていて、日本海海側だけに分布するスイレサイシンと対照的である。
キスミレ Viola orientalis
このスミレも間違えようにないものの一つである。静岡県から九州にかけて、ほとんどが富士山麓などの火山の麓とその近辺に生育している。花茎の先に一輪の花を咲かせるのでイチゲキスミレ(一花黄菫)とも呼ばれる。


フジザクラ Prunus incisa ヤマグワ Morus australis


コクサギ Orixa japonica
雌雄異株のミカン科の低木で1属1種。沢沿いに多いので、伊豆にはサワフサギの名もある。特有の臭気があり、駿河ではボーズクサイなどとも呼ぶ。昔は家畜の虱を殺すためにこの葉をもんで摺りこんだそうだ。この写真は雄株である。
ウワバミソウ Elatostema umbellatum
イラクサ科の多年草で、蛇が出そうな湿ったくらい環境に群生するのでこの名があるという。おいしい山菜の一つとして知られていて、若い茎を茹でて食べる。擂り潰すとトロロ状になり、“みずとろろ”と呼ばれる。


ツルカノコソウ Valeriana flaccidissima ヤマキケマン Colydalis ophiocarpa


イノデ Polystichum polybrepharum メヤブソテツ Cyrtomium caryotideum


ラショウモンカズラ Meehania urticifolia と 白糸の滝
滝壺からのさわやかな風が吹き上がってくる斜面のニリンソウの群落に混じって、薄紫の花穂が立っていた。
ラショウモンカズラだった。
花の形が渡辺綱が羅生門で切り落としたという伝説の鬼女の腕にみたててつけられた名らしいが、この命名は私にはよくわからない。乾燥した褐色の押し葉標本の、毛の目立つ花からの連想だろうか。

富士よりも高く泳ぐや鯉幟     静

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