マダガスカルで出逢った花たち

MADAGASCAR

 この島の名前を知ったのは片田舎の中学生の私が、付け焼刃の受験勉強をしたときでした。どれほど珍しい動物や植物がそこにいるのかなど知る由もなく、日本から気の遠くなるほど遠く離れたアフリカのそばにある島だと記憶しました。それも、実体を知りもせずに、「未だ微かにある島」などと語呂合わせをしたものでした。
 マダガスカル島はモザンビーク海峡によってアフリカ大陸から400kmほど隔てられた、日本の約1.6倍の面積を持つインド洋上の大きな島です。恐竜たちが跋扈するジュラ紀の終わりごろ、ゴンドワナ超大陸の分裂に伴ってアフリカから切り離され、インドガスカル大陸として北上を始めたと考えられています。間もなく、といっても数千万年後ですが、インドからも切り離され、海洋のただなかに取り残され、現代の姿になったといわれます。

: マダガスカル島の南端に近い静かな港町、フォール・ドーファンの朝。
: 最南端セントマリー岬の近くにある私設のベレンティー自然保護区へ行く途中の村で出逢った可愛い娘さん。

バオバブの島
 マダガスカルを代表する植物はといえば、なんと言ってもパンヤ科のバオバブAdansonia)でしょう。バオバブの名はサン=テグジュペリの『星の王子様』に登場する「早く追い払わないと星の上一面にはびこり、その根で星を破裂させてしまう剣呑な」植物として世界中の子供たちに知れ渡りましたが、実物は葉も果実も食用され、樹皮の繊維からは綱や布ができる有用植物です。
 バオバブ属には9種があって、アフリカに1種、オーストラリアに1種、そして残り7種がマダガスカル島に分布しています。この飛び離れた分布の仕方はゴンドワナ超大陸が存在した証の一つだといわれます。
 中央の写真は、モザンビーク海峡に面したムルンダヴァで出逢ったグランディディエリ・バオバブAdansonia grandidieri)です。著名な観光スポットのバオバブ並木に近い場所です。バオバブの中では最も大きくなり、樹形も美しい種類です。幹が赤味を帯びているのは夕日を浴びている所為です。実際の樹皮は銀色かかった灰色です。
 はベレンティーへ行く途中のアンボシャリーあたりの棘植物の多い乾いた林で見たザ・バオバブAdansonia za)です。雨季が終わったばかりで、未だ葉が茂っています。 

今は亡き、精霊の宿るグランディディエリ・バオバブ

 2004・1・14の朝日新聞にマダガスカルの主(と一部のファンがひそかに呼んでいる)湯浅浩史さんが投稿された「聖なるバオバブが倒れた」という記事で、私たちが2000年に出逢った、この幹の直径が4m以上もある巨大なバオバブが枯死倒伏したことを知り驚かされました。自分を守るように茂っていたタマリンドの木々をなぎ倒し、巨鯨のように横たわっている写真が載っていました。この木を守り続けてきた呪術師が亡くなり、村人が周囲を水田にしたため根腐れを起こした結果だろうということでした。熱帯スイレンが咲き乱れる沼(水田?)のほとりにも立派なバオバブが立っていましたが、彼らも同じ運命をたどるのでしょうか。


 マダガスカル島のモザンビーク海峡に沿った西南部には乾燥地帯で、「棘の森」と呼ばれるマダガスカル特有の植生が発達しています。
 上の3枚の写真はその一つで、マダガスカルに固有のディディエレア科(=カナボウノキ科)の1種(Didierea sp.) です。若い枝はまるで原猿類の尻尾のようですね。遺伝子を比較した最新の研究報告では、スベリヒユ科のハゼランやヌマハコベがディディエレア科にもっとも近縁ということになっています。

の写真、は典型的な「棘の森」の観景です。棒を束ねて立てたような植物はディディエレア科のもう一つの属、アルオウディアの1種、アスケンデス(Alluaudia ascendes)です。地元の人はこの木を建材に使っていました。一緒に生えている比較的背の高い木はトウダイグサ科のものです。中央は近くで見たアルオウディアです。緑のコインのような葉の並び方が特徴的です。は熱帯・亜熱帯にある都市の街路樹として目にすることの多い火炎樹(鳳凰木、Delonix regia)ですが、これはマダガスカルが原産地です。1828年に東海岸でこの美しい木を見つけたオーストリア人のボヘールがモーリシャスへ移植したのが始まりで、その子孫が世界中に広がったといわれています。カリブ海のプエルトリコでは国花に選ばれています。

 上の写真、マダガスカルウツボカズラ(Nepenthes madagascariensis)。ウツボカズラ属の分布の中心は熱帯東南アジアで、マダガスカルはその最西端だ。蓋付の捕虫嚢は蔓状に延びた葉の先端につくられる。捕らえた虫は、先ず共生するバクテリアが分解し、それを植物の消化酵素がアミノ酸までに分解して吸収しているという。
 中央はキツネノマゴ科のバーレリア・アルアウディBarleria alluaudii)。ベレンティーへの幹線道路のあちこちで、こんもりと茂って、淡い黄色花を咲かせていました。鋭い棘があるので手折ろうなどと思わないことです。
 はトウダイグサ科のハナキリン類の1種(Euphorbia sp.)です。花びらのように見えるのは苞葉で、中心の小さな突起が花です。この仲間もマダガスカル生まれです。

はキョウチクトウ科のニチニチソウ(Catharanthus roseus)。園芸植物として広く栽培されていますが、原産地はマダガスカルです。放牧地などで群落を作っているのは牛が食べないからだそうです。南部のアンタンドロイ族の人たちは昔から腹痛の薬にしていたのですが、1960年代に小児白血病などに効く成分のあることがわかり、栽培されるようになったそうです。
 中央の水中に生えたバナナのような植物はサトイモ科のティフォノドルム(Typhonodorum lindleyanum)。1属1種で東アフリカ沿岸部、マダガスカル、マスカリーン諸島だけに分布しています。英語名はエレファント・イヤー。大きな葉からの連想です。水中の巨大な芋は救荒食になるが、有毒成分を含むそうです。スライスしてよく水で晒してから蒸して食べる。
 の小さな黄色の花はキンバイザサ科のコキンバイザサHypoxis aurea)によく似た1種。

 上の写真、は世界の熱帯・亜熱帯の海辺に広く分布しているグンバイヒルガオ(Ipomoea pes-caprae)です。こころなしか日本の浜辺のものよりたくましく見えました。
 中央はトウダイグサ科のユーフォルビア・プラジアサンEuphorbia plagiantha)。シラカバのように樹皮がはがれるので、紙の代用にしたり屋根を葺いたりするそうです。
 はベンケイソウ科のカランコエ・ベハレンシスKalanchoe beharensis)。カランコエの中では3mにもなる最大の種で木化します。ほとんどの種が棘や小さな葉をつけている棘の森では、この大きな葉は特別です


 左端の白い花を咲かせた棘だらけの木はキョウチクトウ科のパキポディウム・ラメリPachypodium lameri)。この属はアフリカ南部とマダガスカルの特産で、それぞれに10種ほどが分布しています。
 中央の2枚はワサビノキ科ワサビノキ属のモリンガ・ドロウガルティ(Moringa droughardi)です。南部の乾燥地に分布しています。写真はベレンティー保護区に植栽されているものです。
 右端は有名なタビビトノキ(旅人木、Ravenala madagascariensis)。ゴクラクチョウカ科の植物です。喉の渇いた旅人がこの木の葉柄基部に溜まった水を飲むのでこの名がついた、というのですが、ほとんどの場合は水辺近くに生えています。美しい姿をしているので、熱帯各地の庭園に植えられています。硬い幹は柱にしたり二つ割して壁の材料にしたりと、利用価値の高い有用植物です。


 マダガスカルではシダ植物も多様化していて586種(未記載のものもあり多分600種以上)が知られています。また、固有率も高く47%に達すると見積もられています。
 はウラジロ科のマダガスカルコシダGleichenia madagascariensis)ですが、東アフリカのG. umbraculiferaによく似ています。
 中央はフサシダ科のイリオモテシャミセンズルによく似たランケオラツムカニクサ(Lygodium lanceolatum)です。
 はコバノイシカグマ科のヒポレピス・ヴィロソヴィスキダHypolepis villoso-viscida)で、イワヒメワラビに似ていました。

キツネザル類の島、マダガスカル

 アフリカ大陸から切り離されてマダガスカル島が誕生したころには、まだ霊長類は地球上に現れていなかった。その後、暁新世から始新世にかけてローラシア大陸で進化した原始的な猿の一部が、東アフリカから流木に乗ってマダガスカルに流れ着き、これが原猿類の一つであるマダガスカルに固有のキツネザル類の祖先となったと考えられている。
 現在のマダガスカルには33種(亜種もいれれば51分類群)のキツネザル類がいますが、そのうちで私たちが出逢うことのできた3種を紹介します。
 の親子連れはワオキツネザル(Lemur catta)です。雄雌ほぼ同数の20頭前後の群れで行動し、子連れの雌がリーダーとなっています。飼育がしやすいようで、各地の動物園で目にすることができます。
 中央はTVのコマーシャルなどにも登場する「横っ飛び」で移動するのが特徴的なベローシファカPropithecus verreauxi)です。朝日が昇るときには高い木の上で手足を広げて太陽を迎える姿が印象的です。そのため、太陽崇拝者というあだ名でも呼ばれます。
 の、ちょっと怖い目つきのお兄さんといった風情のサルはカッショクキツネザルLemur fulvus)です。にぎやかなサルで、群れで移動するときもグッグッとなき交わしていました。聴きようによっては、ブツブツこぼしているようにも聞こえます。


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            参考文献

1)湯浅浩史、『マダガスカル異端植物紀行』、日経サイエンス社 2)湯浅浩史、『森の母バオバブの危機』、NHK出版 3)吉田彰、『誰も見なかった楽園』、草土出版 4)近藤典生、『バオバブ、ゴンドワナからのメッセージ』、信山社 5)Jolly, A. et al. (eds.), Madagascar, Pergamon Press, 1984. 6)Preston-Mafham, K., Madagascar: A Natural History, Facts On File, 1991. 7)Garbutt, N., Mammals of Madagascar, Yale Univ. Press, 1999. 8)Goodman, S. M. & Benstead, J. P., The Natural History of Madagascar, Univ. Chicago Press, 2003. 9)Jacobsen, W.B.G., The Ferns and Fern Allies of South Africa, Butterworths, 1983.