シダの民族植物誌


はじめに

 
 シダ植物は最古の陸上植物である。化石の記録は古生代シルル紀の4億2000万年前まで遡る。アイルランドで発見されクックソニアと名づけられた植物だ。それは至極単純な形態の植物で葉のない細い茎が二叉分岐し、その先端に胞子嚢をつけていた。この後の4億年を越す時の流れの中で、シダ植物はさまざまな姿に進化し、たとえば石炭紀には巨大なシダ植物の森が茂っていた。これら多様なシダ植物の一部は裸子植物へと進化し、そして花の咲く植物へと姿を変えてきた。しかし4億年の昔に手に入れた、胞子で子孫を残してゆくシダ植物の本来の生き方に固執するものもあり、その子孫が現在のシダ植物である。
 一方、人類はといえば、その遠い祖先が熱帯の森を出て直立二足歩行を始めたのがせいぜい400万年前のことである。シダ植物のたどった長い長い歴史に比べれば、人類の歴史はその100分の1にも満たない。それどころか、現生人類のホモ・サピエンスの十数万年というそれに限れば、1000分の1以下である。
 とはいえ、私たちにとっては1000年という時間だけでも実感しにくいほどの長さである。したがって、有史以後のわずか数千年の間でもヒトはシダ植物とさまざまなかかわりをもっことができた。
  シダ植物の一部、たとえばワラビやゼンマイなどは昔から重要な山菜として食用されてきたが、食糧以外にもさまざまな用途でシダ植物が利用されていることは、一般にはあまり知られていない。しかし、近年になってシダ植物についての民族植物学的研究の成果が世界各地から報告されるようになり、この植物が思いのほか深く人々の生活とかかわってきたことが知られるようになった。

 このページではそんなかかわりの一端を紹介する。

伝説・俗信

 いま私たちはシダ植物が胞子で増殖することを知っているが、顕微鏡のなかった古代の人々にとっては、花も咲かず種子も結ばないシダが、大変奇妙な神秘的な植物に思われたようだ。そのためか、この植物にまつわるさまざまな伝説や俗信が生まれた。
 ことに中世ヨーロッパでは、神はそれぞれの植物の葉や花に特定の形を与えて、それがどの病に効く薬かを人間に教えているという考え方(肝臓の形の葉は肝臓病に、心臓形の葉は心臓病に効く、などと考えるいわゆる外徴説)が流布していたため、眼に見えないシダの種子を手に入れることに成功すれば透明人間になれると信じられていた。当然のことながらこの眼に見えない魔法の種子を手に入れるのは容易ではない。イングランドの伝説では、一株のシダを12枚の錫の皿でぐるりと取り囲んでおくと、真夜中に突然青く光る小さな花が咲いて、見る間に一個の金色の種子となり、ポトリと一枚の皿の上にこぼれるや次々と隣の皿に転がって行き、12枚目の皿に収まるのだという(真っ白なナプキンを広げておいて集めるという話もある)。そして、運良くこの種子を手中にしても、家に戻って夜が明けてみたらいつの間にやら消えていることが多いともいう。シェークスピアのヘンリー4世のなかでも、盗みに入ってもシダの種子があるから見つかりっこないというGadshillに、Chamberlainが、見つからないのは闇のおかげでシダの種子のせいなんかのわけがない、と切り返す一幕もある。

 結局のところ、透明人間になれた人はいたのだろうか?
 
 一方、オーストリアのスチリア地方には、この種子を手に入れたものは40人力となったり、隠された黄金を掘り当てたり、鳥や獣と話ができるようになるという言い伝えがあるそうだ。

 シダはなぜ花が咲かないのかということについてはこんな童話もある。それは大昔にはシダも花を咲かせていたのだが、キリスト生誕に際して世界のすべての植物が思い思いに美しい花を咲かせて、聖なる嬰児の誕生を祝ったのにシダだけがうっかりして花を咲かせそこなった。これを神が怒り、以後はシダから花を奪ってしまった、というお話だ。

 特定の種ということになると、伝説や民話や俗信に登場するもので私が知るものは多くはないが、そのうちの一部を紹介しよう。


その1: ワラビ 蕨 Pteridium aquilinum, Bracken, Eagle fern, Fougère commune, Adlerfern, Felce da ricotte
 

 
 プテリディウム・アクイリヌムという学名で括られているワラビは世界の熱帯から温帯に広く分布しているシダだが、所変われば品変わるで、熱帯のものと日本のものを比べると、どうしてこれが同じ種なのだろうと思うほど姿が違って見える。が、細かいことを無視すれば、ワラビはワラビである。分類の問題ははさておき、このシダは大昔から人間の身近に茂っていたため、ヨーロッパではあちこちの民話に登場し、子供たちの遊びの世界を豊かにしてくれるような俗信も伝えられている。
 なかでもよく知られているのは、葉柄の切り口に見える維管束系の模様が、敵に追われたチャールズ二世がその茂みに隠れて難を逃れることができたというオーク(カシやクヌギの類)の樹形に似ているために、魔除けや幸運を呼ぶ力があるというイングランドの俗信だ。また、この切り口の模様を知恵の木の両側に立つアダムとイヴに見立てたり、切る位置によって模様が変わるので、未来の夫や妻の頭文字だと若者たちが恋占いに使ったともいう。このほか、デヴォンシア地方ではワラビを燃やして雨乞いをしたなど、さまざまな習俗の報告がある。
 種小名のアクイリヌム(aquilinum)は葉柄の切り口の模様が羽を広げたワシ(ラテン語でaquilia)に見えるというのでリンネが付けたものだ。
 理由はよくわからないが、ウェールズ地方にはワラビを燃すと蛇や魔女が退散するという言い伝えがある。面白いことには遠く離れた日本の東北地方にも、ワラビをつぶしてその汁を手足に塗っておくと蛇にかまれないという俗信がある。これは、昼寝をしていた蛇が茅に刺し貫かれて苦しんでいるところをワラビがそっと持ち上げて助けてやった、という昔話がもとになっているのだろう。


その2: セイヨウゼンマイ 西洋薇 Osmunda regalis, Royal fern, Flowering fern, Felce florida, Köningsfarn

 
ゼンマイの仲間(Osmunda)も世界に広く分布するが、ヨーロッパから中央アジアにかけて見られるこのセイヨウゼンマイと極東からヒマラヤ西部に自生するゼンマイ(O. japonica)は大変よく似ていて、同じ種とみなす研究者もいるが、違いは実葉(胞子をつける葉)と裸葉(光合成をもっぱらとする葉)がそれぞれ独立している(ゼンマイ)か、いない(セイヨウゼンマイ)かである。
 属名のオスムンダ(Osmunda)はサクソン族の神オスマンダー(Osmunder)に由来する。この神はケルト神話の雷神トール(Thor)やローマ神話の火と鍛冶の神バルカン(Vulcan)に相当する。そして古代には沼地の底に沈んでいた鉄鉱石(bog iron)を精錬して鉄を取り出していたが、このボグ・アイアンが見つかるような沼湿地にゼンマイが群生するためこの名が付けられたというわけだ。また一説にはオスマンダという名の漁師が侵攻してきたデーン族の眼を逃れて妻と娘をかくまった湖の茂みシダに後の人がつけた名だともいう。
 イングランドの北西部湖水地方ではこのシダをヌマタマネギ(bog-onion)と呼び、本によっては地下部がタマネギに似ているからなどと解説してある。しかしこれは、明らかに "bog iron" から転化したものでタマネギとは縁もゆかりもない。この地方でにはヌマタマネギは6月になると真夜中に花を咲かせるが明け方には消えてしまって種だけが残るという言い伝えがある。ワラビのケースと似ていて面白い。


その3: タカワラビ 金毛狗 Cibotium barometz, Scythian lamb, Tatarian lamb, Vegetable lamb 

 バロメッツまたはタルタロスと呼ばれる植物をご存知だろうか。幹の先あるいは地中に羊を生み出すという伝説の植物である。14世紀の初頭にタタール地方で10年間を過ごしたフランシスコ派のイタリア人修道僧オドリコやマルコポーロの見聞録をもとに、自らもトルキスタンや中国を旅したイギリス人のJohn Mandevilleが1356年に著した旅行記のなかで紹介したものである。
 この不思議な想像上のものと考えられる植物の実体はシダではないかと考えたのがドイツの科学者で1725年のことだという。ほどなく、ジョージ2世の侍医でもあった Sir Hans Sloane が、これこそバロメッツの標本だとロンドン王立協会に持ち込んだものが、褐色の鱗片で覆われた小さな羊を思わせるタカワラビの根茎であった。それは中国から取り寄せた、羊に似せた民芸品か漢方薬として売られていたものらしい。
 中国では現在でもこの根茎を狗脊の名で薬として売っている。
 写真は峨眉山の麓で売っていた狗脊。


その4: ヒメハナワラビ 扇羽陰地蕨 Botrychium lunaria, Moonwort, Erba lunaria, Gemeine Mondraute

  

  北半球の温帯に広く分布し、南半球ではオーストラリア、ニュージーランド、南アメリカ南端部のパタゴニアにもあるハナヤスリ科の小型植物である。日本では高山帯の植物で、学生時代に仙丈ケ岳のカールで出会って感激した覚えがある。
 ヨーロッパでは、なぜかこのシダは大昔から霊草として知られていて、シャーマンは月夜に摘んだこのシダを呪術に使った。その根拠は例の外徴説で、半月形の羽片が月の支配下にあることを示しているからというのだ。錬金術ではこのシダが水銀を月の色をした本物の銀に変える力を持つとされていた。
 一方、この草には鉄を引き寄せる力があって、これがたくさん生えている草原に馬が踏み込むと、その蹄鉄が抜け落ちると信じられていた。そのため、Unshoe-the-horse という呼び名も残っている。この力はまた錠前をも壊すので、鍵がなくてもこの草を鍵穴に差込さえすれば開けることができるともいわれていた。この草で嘴を研いだキツツキは鉄板にも穴が開けられるとか、妖精が馬代わりにこの草を乗り回すなどという言い伝えもあった。
 あまりシダらしくもなく、さりとて花の咲く被子植物とも違う不思議な姿が、このような物語を生んだのであろうか。

 このように、各地の民族が遥か昔からシダ植物に対してある種の霊力の存在を、多かれ少なかれ、感じていたようだ。
 日本でも『古事記』にみられるように、天宇受賣命(あめのうずめのみこと)が、天岩戸の前で香具山の日影(ヒカゲノカズラ)をたすきに架けるが、時代が下がっても大嘗祭をはじめとする各種の節会でこのシダ植物が登場する。正月のお飾りにウラジロが付けられるのも、古代の俗信と無縁ではないだろう。

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