シダの民族植物誌


食糧として利用されるシダ植物


 一般的にいえば、ほとんどのシダ植物は食糧として適しているとはいえない。葉柄は木質化して硬いものが多いし、おまけに鱗片だらけである。葉もほとんどのものが紙質でかさかさしているし、有害物質をもつものもある。地下部の根茎も繊維質で硬くタンニンを含むものが多い。おまけに花が咲き果実が実ることもない。
 そこで、このようなシダを好んで食べるような物好きな民族は日本人くらいなものだろうと思っている方がけっこういるが、そんなことはない。 調理法方に工夫を凝らして、さまざまなシダが世界各地で食べられてきた。
 いくつかの、比較的よく知られたケースを取り上げてみる。


  最も多くの民族によって食用されているものは、やはり汎世界的に分布するワラビPteridium aquilinum) である。地下茎に多量に含まれる澱粉を救荒食として利用するのである。例えば、カナリヤ諸島では根茎を挽いた粉と大豆の割り挽きとを混ぜて一種のパンを作る。これはゴフロ(goflo)と呼ばれている。北アメリカ北西部の原住民(Chehalis, Cowlitz, Green River Group, Lummi, Skagit など)は根茎を焼いて皮(周皮)をはいで中心部の澱粉の多い軟らかな部分を食べる。
 ニュージーランドではマオリ族の食糧だった。1769年から70年にかけて、クック船長の率いるエンデヴァー号でこの地を訪れたジョセフ・バンクスも、アルエ(aruhe)と呼ばれるワラビの根茎料理を食べた。彼は「少し甘みのあるねばねばしたそれは、決して美味しいものではないが、まあまあ食べられれた。しかし、硬い繊維が大部分という感じで、マオリの人たちは足元の籠に噛みかすを吐き出していた」と記している。マオリの人たちのワラビ調理法はいろいろあるようだが、ふつうは、先ず干して、それをよく茹でてからもう一度干し、これを残り火の中で焼いて、根茎の中心部を貝殻などでこそぎとり、平たい石の上で骨や木製の棍棒でたたいて潰して、これを皿に盛るそうだ。バンクスの試食したアルエもこれだったのだろうか。

 シベリアやノルウェーではビールを醸造するときホップの代用にした記録もある。
 日本人のように水晒しの技術を持つアジアの照葉樹林帯の人々は、根茎をつぶして水に晒し有害物質を除去して澱粉だけを集め、蕨餅などに加工し食用してきた。

 ヨーロッパでは早蕨をたべる風習はないようだが、アジアでは日本でやっているように、あく抜きをして食べる地方が多い。

        石ばしる垂水の上のさ蕨の萌えいずる春になりにけるかも    志貴皇子(万葉集巻八)

 北アメリカ西北部のコウリッツ族の人々やマオリ族の人々も早蕨や根茎の軟らかな先端を食べるが、生のままでかじるという。ねばねばしてアーモンドの香りがするそうだが、発癌物質の問題がある。



 ゼンマイOsmunda japonica)を食べるのは日本人の十八番だが、中国でも食用している。オニゼンマイOsmunda clytoniana)はゼンマイより苦味が少なく、日本だけでなくネパールでも食べる。ヤマドリゼンマイOsmunda cinnnamomea)も食用され、北米原住民でケベック州のAbnaki族は若い葉柄の基部を生でかじり、ウイスコンシン州のMenominee族は若い葉を煮込んでスープにして飲むが、ハンターたちは、この葉を食べる鹿に近寄るとき、生の芽立ちをかじる。人間くささを消すためと考えられている。セイヨウゼンマイの方はなぜか食用されていないようだ。
 右の写真は群生するヤマドリゼンマイ。


 リュウビンタイ属Angiopteris)の植物は分類が難しく、正確な種の数は未だわかっていないが、一部の種がアジアのあちこちで食糧として利用されている。
 ブータンではパティと呼ばれるリュウビンタイを澱粉源としている。このリュウビンタイは葉柄の下部が肥大して肉厚の托葉状になっている。この部分を輪切りにして、大きな竹で編んだ籠に入れ、沢の水で2〜3日の間水晒しをする。これを乾燥させ保存食とし、食べるときには臼でついて粉にした後、さまざまに調理する。
 中国の雲南省では
クワレリュウビンタイAngiopteris esculenta)の澱粉が採取され救荒食となる。
 
インドでは食用するほか、ルシッヒ(ruchshi)という興奮作用のある飲料を作る。
 ニュージーランドではマオリ族が近縁の
リュビンタイモドキ属Marattia)のパラ(Marattia salicina)の肥大した根茎を食べる。Colenso(1880)によればこのシダはマオリ族の重要な食料の一つで、栽培されたという。ただし成長が遅いので、5年かかってやっと大人が一回に食べる量になる。サンドウィッチ諸島では同じ属の、やはりパラと呼ばれるM. alata の若い葉柄を、ハワイ諸島ではM. douglasii を蒸して食べた。ハワイのパラは野生化したブタに食べられて絶滅に瀕している。 左の写真は日本産のリュウビンタイAngiopteris lygodiifolia)。


 東南アジアで食用される頻度が高いのはクワレシダDiplazium esculentum)だ。油でいためたりスープに入れたりして食べる。写真は中国雲南省のシーサンパンナ(西双版納)のクワレシダ畑で若葉を収穫しているところと、市場で束ねて売っているクワレシダ。
 日本では長崎・鹿児島県に分布している。


 ヘゴ属Cyathea)やタカワラビ属Cibotium)の葉柄に含まれる澱粉を利用する所も多い。ハワイ諸島ではタカワラビ属の1種、ハプウC. billardieri)の根茎を蒸し焼きにする。ヘゴ属を利用する地域は多く、ニュージーランドではママクC. medullaris)やポンガC. dealbata)の澱粉の多い茎の上部(コアタ)の髄を食用する。ママクはオーストラリア原住民も利用する。ニューカレドニアではビエラルディヘゴC. viellardi)の葉柄の基部に分泌されるゼリー状の物質を食べ、マダガスカルではカナティクラタヘゴC. canaticulata)の澱粉を採る。日本でも奄美大島以南に分布するヒカゲヘゴ(C. lepifera)や小笠原諸島の固有種マルハチC. mertensiana)のゼンマイ状に巻いた若葉を食べる。密生する褐色の鱗片は表皮ごとそぎ落とし、茹でてよく冷やしたものをスライスしてわさび醤油などで食べる。 写真は小笠原父島のマルハチ。


 早春の土筆(スギナ Equisetum arvense の胞子嚢穂を乗せた地上茎)の卵とじや三杯酢はまさに日本の春の味覚だが、杉菜と呼ばれる光合成をする茎も、輪生する葉が伸びだす前の芽立ちのころは湯がいてから佃煮風に煮込んで食べることができる。現代のヨーロッパでは食糧としては利用していないようだが、古代ローマでは食べていたという。
 私たち日本人の遠い親戚でもあるイヌイットや北米原住民はこの属のさまざまな種を食用している。
 アラスカのエスキモーはスギナの地下茎の節ごとにできる瘤状の貯蔵器官(tuber)を集めて食べるが、これはけっこう大変な作業で、彼らもたまにしかやらない。しかし、ツンドラ地帯に生息するレミングなどのネズミの仲間がこの器官を地下に貯蔵する習性があり、これを横取りしてしまうこともある。この棚牡丹の恵みを”mouse nuts”と呼んでいる。ブリティッシュコロンビア州の太平洋沿岸地帯のHesquiat族などの原住民はスギナが地中から顔を出すか出さないかというころ掘り取って、袴を外して軟らかな茎の部分を生で食べる。ときにはかなり遠出をして20kg以上もの大量の芽立ちを採集して帰り、親戚縁者を集めて「スギナの宴会」を開くという。ロッキー山地では茎を乾燥させ砕いて粉末としてから粥に入れたり小麦粉の増量材にしたり、ときにはお茶に代用する。
 
プラテンセスギナE. pratense)の貯蔵器官はイヌピアット・エスキモーが生のままアザラシの脂をつけて食べ、余れば脂漬けにして保存する。
 日本ではトクサE. hyemale)を食べないが、ワシントン州のCowlitz族は茎の上部を集めて乾燥させすりつぶしてどろどろにしたものを鮭の卵にかけて食べ、オリンピック半島のHoh族は成人式に際して根茎を食べる。
 カナダからメキシコの北部まで分布する
ナメラカトクサE. laevigatum)もあちこちで食用されているが、アリゾナ州北東部のHopi族は乾燥させた茎を粉にしてコーンミールと混ぜてマッシュというトウモロコシ粥にするとともに儀式用のパンを作る。


  日本では上に挙げたワラビ、ゼンマイ、スギナ、ヘゴなどの他、20種ほどのシダが食用される。個人的な好みもあろうが、食べれば食べられるという程度のものから、大変美味しいものまである。
 大部分の人が「美味しい」というものは多くはないが、コゴミという名の方が通りがよいクサソテツMatteuccia struthiopteris写真)はその一つだろう。それ自体は淡白な味で、どんな調理法にも合う。北半球の温帯に広く分布するが、ヨーロッパでは稀で、アジアと北米に多い。アメリカ原住民も昔から食べていて、入植してきたヨーロッパの人々にその味を紹介した。今ではカナダのスーパーなどでも缶詰にして販売している。
 ミズワラビCeratopteris thalictroides)、シマオオタニワタリAsplenium nidus)、ヒリュウシダBlechnum orientale)などは日本だけでなくアジア・オセアニアで広く食用されているシダである。
 
 以上のほか100種を越すシダ植物が世界各地で食べられている。