シダの民族植物誌


民間薬として利用されるシダ植物


 日本では食糧としての利用が専らだったが、世界的にみればシダ植物は薬草としての評価の方が高いようだ。
 1978年の May, L. E.の論文には103種の薬用されるシダ植物がリストアップされているが、その後の世界各地からの報告を合わせると、少なくとも160種のシダ植物が、何らかの形で薬として利用されている。 
 1世紀にディオスコリデスにより著され、以来15世紀以上の長きに亘り西洋薬物学の経典としての位置を占め続けた『Materia Medica 薬物誌』にも、すでに数種類のシダ植物が登場している。だが、その解説や挿絵を見ても、正確な種名を同定することははなはだ難しい。

 例えば、左の図のプテリス(PTERIS)の項には、その地下茎を18gほど蜂蜜水とともに服用すると条虫を排出するが、少量のセイヨウヒルガオやクリスマスローズと混用すればさらに効果がある、等々と記してある。これはセイヨウオシダDryopteris filix-mas)のことだというのが通説だ。
 古代中国に発祥した本草学もシダ植物の薬効に注目している。たとえば、最古の本草書といわれる、漢代に成立した『神農本草経』にある
貫衆(かんじゅう)と狗脊(くせき)はシダ植物とみなされている。中国ではその後数多くの本草書が編まれたが、そのうちの一つで南宋時代の1249年に刊行された『重修政和経史証類備用本草』をみると、狗脊も貫衆も特定の一種を指すのではなく、同じ薬効をもつ何種類かのシダのことだとわかる(右の図)。


 現代中国の植物学者はヤブソテツ属Cyrtomium)を貫衆に、コモチシダ属Woodwardia)を狗脊に当てているが、漢方ではこの2属のものだけでなく、さまざまな種の根茎部分をも貫衆・狗脊の名で調合している。明の時代以降になるとさらに多くのシダが本草書に取り上げられるようになる。 左の写真のカニクサLygodium japonicum)もその一つで、明の李時珍が著した『本草綱目』に「海金砂」の名で、解熱や利尿や結石除去の薬効のあるものとして載っている。

 欧米や日本などのような合成医薬品がいきわたっている国では、いまや野生のシダ植物の薬効などほとんど注目されないが、高価な医薬品には頼れない地域も少なくなく、そんなところでは結構頼りにされている。
 ニューヨーク植物園の Braian M. Boom は1983年から84年にかけてボリビア北部、アマゾン河支流ベニ川上流に住むチャコボ族(Chácobo)が利用しているシダ植物を調査した。その結果、彼らの生活圏で25種のシダを記録したが、そのうちの半数以上の16種が薬草として利用されていて、それぞれが解熱・下痢止め・虫垂炎・胃痛などの治療に使い分けられていた。なお、面白いことに、日本語のシダや英語のfernに相当する包括的な言葉は存在しなかったという。
 また、Alcorn, J.B (1984)によれば、かつて栄えたマヤの末裔でメキシコ北東部に居住するTeenek族は、居住地域に分布する31種の内、やはりその半数を超す16種を薬用している。
 1978年の May, L. E.の論文には103種の薬用されるシダ植物がリストアップされているが、その後の世界各地からの報告を合わせると、少なくとも160種のシダ植物が、何らかの形で薬として利用されている。 
 代表的なものをいくつか紹介しよう。


1) クジャクシダ(Adiantum pedatum)
 この孔雀が尾羽を広げたような美しいシダはヒマラヤから極東アジアを経て北アメリカまで分布している。インド・ネパール・中国での薬用の報告はないが、日本ではアイヌの人たちが葉を揉んで止血に使ったという。北アメリカでは原住民の多くの部族がこのシダを薬用している。例えば、ノースカロナイヤ州やジョージア州のチェロキー(Cherokee)は根茎の煎じ汁をリュウマチの腫れや痛みを和らげるために手で暖めて刷り込んだり、全草の絞り汁を悪寒を伴う発熱が出たときに嘔吐剤として飲ませる。また、喘息病みには葉を粉にして嗅ぎタバコのように鼻から吸い込むと効くという。ウイスコンシン州のメノミニー(Menominee)は赤痢の際の下痢止めや婦人病に根茎の煎じ汁を使う。東海岸沿いに居住するイロコイ(Iroquoi)は煎じ汁を肝臓病に、蛇にかまれたときには葉を叩いて潰したものを傷口に湿布する。
 数万年前、ベーリング海峡を渡って北アメリカに移住していった当時のモンゴロイドたちがすでに知っていた医療の知恵だったのだろう。


2) ホウライシダ(Adiantum capillus-veneris)
 クジャクシダと同じ属のホウライシダ(下左の図)は世界の熱帯から暖温帯にわたって広く分布している。そのため、さまざまな国で薬用されていて、その歴史も古い。
  最初の記述は紀元前4世紀のギリシャの『テオフラストスの博物誌』で、アディアントンと呼ばれているものがそれだというのが定説である。このアディアントンなるものの薬効については紀元77年に完成したという『プリニウスの博物誌』と同時代の『ディオスコリデスの薬物誌』が詳しいのだが、その実体には疑問が残る。テオフラストスのアディアントンには花が咲くことになっているし、プリニウスのそれは庭園向きの潅木だ。ディオスコリデスの場合は挿絵(右の図)が付いていてアディアントンがシダ植物だということはよくわかるが、私にはホウライシダのようには見えない。

 もっとも、中国の古代の本草書の挿画もそうだったが、古典に描かれている植物には実物とは程遠いものが少なくないので、これをもってにわかに誤りだと決め付けることはできない。印刷技術が進歩するまでは、写本を繰り返すたびに次第に原画とは違ったものになっていったとも考えられる。しかし、書物とは別に、師から弟子へ、親から子へと、実物と言葉で伝えられ続ける情報があるので、ヨーロッパの人たちはテオフラストスやプリニウスの言うアディアントンはホウライシダのことだと認めたのであろう。

 プリニウスのアディアントンには白いものと黒いものの2種類があるが、白いものがホウライシダということになっている。その薬効はさまざまで、『プリニウスの博物誌』には煎じ汁は喘息、肝臓、脾臓、胆汁過多、水腫などに有効とある。しかし、葉を未だ髭の生えない少年の尿に浸したものにソーダを加えて潰し、これを婦人の腹に塗りこめるとたるみが出るのを防ぐことができる、などと怪しげな記述もある。
 現代ヨーロッパでもホウライシダの葉は薬と認められていて、フランス、スペイン、スイス、オランダ、ロシア、スウェーデン、ベルギーなどほとんどの国の薬局方に載っている。
 ヨーロッパ以外では中近東ではイラクとイランで根茎の抽出液を咳止めにし、インドでは葉を潰して蜂蜜に混ぜ鼻炎の薬とし、ベトナムやタイでは痰きりに、ネパールでは月経不順や頭痛に、中国では結核や蛇に咬まれた傷に処方する。北米では原住民が利用する。Mahuna族はリュウマチに使い、Navajo族は蜂やムカデに刺されたときの薬とし、Kayenta族は精神安定剤とする。また、メキシコでは
キュラントリージョと呼び、食欲増進効果があるとしている。

 
クジャクシダ属のシダは薬用されるものが多く、アジアの熱帯に広く分布するオキナワクジャクA. flabellulatum)はベトナムや中国で全草を解熱・解毒・利尿・火傷の湿布などに使う。日本、中国、韓国に分布するホウライクジャクA. capillus-junonis)も中国では下痢止め、蛇毒の中和などに使う。西アフリカの象牙海岸ではウォゲリイ・クジャクシダの煎じ汁を強壮剤にし、水腫やハンセン病の皮膚の治療に処方する。アフリカに広く分布するアエティオピカム・クジャクシダA. aethiopicum)は南アフリカの原住民が利用し、葉の煙は精神安定に、根茎の煎じ汁は堕胎効果があると考えている。中南米の熱帯では、テネルム・クジャクシダの煎じ汁は月経不順を治すといわれている。
  


3) ミミモチシダ(Acrostichum aureum)
 ミミモチシダは世界の熱帯のマングローブ林の中やその周辺に、ぐるりと地球を取り巻くように分布している。最初にこのシダの名を教えてもらったとき、いったいどこに耳があるのだろうといぶかったことを思い出す。耳などどこにも付いていない。後で知ったのだが、最初にこの標準和名を付けた学者が、学名の aureumauriculatum (耳片のある、の意味)と取り違えたのが始まりだそうだ。今ではこの名が定着してしまった。誰もがその誤りを言い出せないほどの、よほど偉い学者さんだったのだろう。
 いきなり脱線してしまったが、分布が広いにもかかわらずミミモチシダを薬用する地域は東南アジアに限られているようだ。フィリピンでは根茎を傷薬として慢性の潰瘍に、マレイシアでは切り傷や吹き出物に、中国では虫下しや膀胱炎に用いる。インドネシアでは胞子をつけた葉が梅毒による潰瘍に効くと考えられている。

 上の写真の株は、コスタリカのカリブ海に面したジャングルの中の水辺でも見かけたもので、現地の人に尋ねたところ、仮小屋の屋根葺き用に使うことがあるそうだ。

 
 

4) チャセンシダ(Asplenium trichomanes)

  チャセンシダ属のシダも薬用されるものが多い。歴史の古いものの筆頭は右の写真のチャセンシダであろう。プリニウスやディオスコリデスがホウライシダ(白いアディアントン)とともに「黒いアディアントン」の名で取り上げている。右の図はディオスコリデスのものだが、比較的よく特徴が出ていると思う。薬効はホウライシダと同等ということになっている。このシダも分布が広く南北両大陸の温帯・暖帯に成育し、岩に着生することが多い。分布が広いので地理的変異や細胞学的変異があり、いくつもの亜種・変種に分類する研究者もいる。

 チャセンシダは現代でも薬効のある成分を含むと認められていて、フランスでは葉を熱湯に浸して蜂蜜を加えたものをポリトゥリコンと呼び一種の万能薬としている。インドでは全草の煎じ汁を下剤や痰切りに処方し、葉をいぶした煙は精神安定効果があるとしている。中国では吹き出物や熱に効くとされ、北米原住民のCherokeeは月経不順や乳房の病気に服用している。
 チャセンシダ以外では、
ムニンシダA. falcatum)、イチョウシダA. ruta-muraria)、シマオオタニワタリA. nidus)などさまざまなチャセンシダ属のシダが各地で薬用されている。
 ムニンシダは旧世界の熱帯に広く分布していて、インドやアフリカ北部では煎じたものを黄疸やマラリアの治療に使う。
 シマオオタニワタリ(この種の分類は困難で、複数の種がこの名前で呼ばれている可能性がある)はやはり熱帯に広く分布するシダで、フィリピンでは葉の絞り汁に浄血作用や鎮静効果があるとされる。ハワイでは葉を潰して絞った汁が小児の虚弱体質を改善したり口内炎を治したりする効果があると考えられている。
 イチョウシダは薬用植物といっても人間のためのものではなく、乳牛や羊の薬だ。アルプス地方では、昔のことだが、乳の出が落ちると乳絞りの娘さんがこのシダをたくさん集めて食べさせた。当時は家畜の乳の出が悪くなるのは魔女の所為ということになっていて、その呪いを解く力がこのシダにあると信じられていたからだという。魔女云々は置くとして、乳の出をよくする成分が含まれているのだろう。

  またまた脱線だが、ヴィケリイ(R. Vickery)の『植物民俗辞典』に、恋人に捨てられた女がその男の結婚式でイチョウシダの束を投げつけて「命ある限り一生呪ってやるわ」と呪いをかけるという俗習がイギリスにあると書いてあった。あな恐ろしや。


5) オシダ(Dryopteris crassirhizoma)
 オシダ属Dryopteris)にも薬用されるものが多い。May, L. W. のリストだけでも12種が挙げられている。そのうちの一つが日本を含む極東に分布しているオシダだ(左の写真、春の芽立ち)。中国では古代から漢方薬の貫衆の一種として解熱、解毒、止血、殺虫などの薬効のあるものとして処方されてきた。日本では根茎の部分を綿馬根と呼び、消化器系の寄生虫、とくに条虫駆除に活躍した。アイヌの人たちはカムイ・ソルマ(神のシダ、または熊のシダ)と呼び、胃の痛みや打撲傷に根茎と葉柄の煎じ汁を使ったそうだ。

 オシダという標準和名は最初にこのシダを研究した学者が、ヨーロッパに広く分布する Male Fern (D. filix-mas;右の図)と同じものと考え、英語名をそのまま日本語訳したものである。しかしその後の研究で別物とわかり新しい学名が付けられたものの、和名はそのまま残ってしまった。セイヨウオシダはどちらかといえば日本のオクマワラビD. uniformis)に似ているが、オシダ同様の駆虫作用があり、ディオスコリデスの時代にはすでに薬用されていた。フランスのルイ14世がこの条虫駆除の特効薬をスイスの外科医の未亡人という触れ込みのヌファー夫人(Madam Nouffer)から15000フランで購入したという話は有名だ。1775年のことだというから、現代の貨幣価値では100万円くらいだろうか。
 ヨーロッパや極東ばかりでなく、アフリカ、インド、東南アジア、北米、中南米など世界のほとんどの地域で、オシダ属のシダを駆虫薬として利用している。


6) その他: 日本で薬用されたもの

 日本でのシダ植物の薬用は、一部を除いて中国の本草学と漢方の受け売り、ないしはその応用である。
 上の写真の左は
ヒトツバPyrrosia lingua)で、中国では石韋(せきい)の名で『神農本草経』の時代から淋病や刀傷の治療などに使われた。日本でも江戸時代から薬用し、葉を煎じて利尿・淋疾に、黒焼きにして粉にし菜種油と混ぜて膏薬に、乾燥させた葉を粉末にしてナスの枝を煎じた汁で練って切れ痔につけたりした。ちなみに、熱帯アフリカからポリネシアにかけて分布するアドナスケンス・ヒトツバPyrrosia adnascens)は、その根茎が赤痢の薬にされている。
 中央の写真は
ノキシノブLepisorus thunbergianus)で、中国の瓦韋(がい)に当たるものだが、これも古くから民間薬とされていた。全草を乾燥させ、適量ずつ煎じてお茶のように服用すれば、ヒトツバと同様の効果があるとされた。
 右の写真は
マツバランPsilotum nudum)で、江戸時代には園芸植物として熱心に栽培されたが薬用の記録は知らない。しかし、酒に漬けて飲むとリュウマチの痛みを止めたり胃潰瘍などの出血を抑えるという。これは比較的近年に知られるようになった利用法らしい。
 このほか、
ウラジロGleichenia japonica)が肋膜炎や腹膜炎に効くという。中国では近縁のコシダDicranopteris linearis)を利尿剤として使っている。

  

 全体としてみると、薬用されるシダが含まれる属には偏りが見られる。多くの種が利用されているのはクジャクシダ属オシダ属チャセンシダ属などであるが、いずれの属にも多数の種が含まれているので、単にその反映といえるかもしれない。とはいえ、イノモトソウ属Pteris)、メシダ属Athyrium)、ヘゴ属Cyathea)のように大きな属にもかかわらず薬用されるものがごくわずかというものもある。これは、シダ植物の系統群ごとに生成される化学物質が異なることを示唆しているのかもしれない。

 ところで、もうずいぶんと昔の話になるが、ウクライナのキエフ生物学研究所でヒカゲノカズラ類のコスギランLycopodium selago)から抽出されたアルカロイドの一種であるセリャギンはその後利用されているのだろうか。この物質には副作用がまったくなく、しかもたいそうよく効くアルコール中毒症治療薬だというふれこみだったのだが。