シダの民族植物誌

繊維源として利用されるシダ植物


 繊維源植物としてはマイナーな存在ではあるが、シダ植物は昔から世界のあちこちでロープを作ったりバスケットを編んだりすることに利用されてきた。 その利用例の一部を以下に紹介する。


  雪解けを待ちかねたように淡褐色で防水性に優れた軟毛を被って地上に顔を出すのは北国のゼンマイだが、日本では奥羽の山里の人々が、このゼンマイの綿毛を江戸の時代から織物の原料の一つとしていた。打ち返した布団綿にゼンマイの綿毛を混ぜて糸に紡ぎ、自家用に防寒・防水に優れた布を織っていたのである。この技術も近年はすっかり忘れられていたのだが、米沢市の工房、米織助左エ門の馬下昭一さんが復活させた。
 馬下さんは縦糸に生糸、横糸には真綿とゼンマイの綿毛を4:6の割合で混ぜて紡いだものを使って織っている。試作品の帯を一本仕上げるのに3年もかかったそうだ。無理もない、10kgの生ゼンマイを集めても綿毛は100gほどしか採れないからだ。江戸時代は山採りできるゼンマイの量が現在より遥かに多かったのだろう。

 
ワラビの根茎には多量のデンプンが含まれ、縄文時代には既に重要な食料の一つであったということは「食糧」のページに書いたが、デンプンを採取した後に残る維管束や靭皮繊維も同時に利用されていたであろうことは想像に難くない。根茎は長く地中を這い、10m以上にもなる。したがって撚ってロープにしたり、編んでバスケットを作ったりした。家や蔵を建てるとき土壁が使われるようになると、ワラビ縄は塗りこめる竹格子をとめる”木舞縄”として重用されるようになる。耐久性に優れているだけでなく見た目にも美しいので、庭園の竹囲いなどを縛るのにも使われた。


 繊維源としてのシダ植物の利用は、むろん日本にとどまるものではない。世界の各地でもさまざまに利用されてきた。
 
ワラビ北米原住民のWasho, Yokut, Mewk, Pomo, Ukiah などの諸族が、根茎を縦に裂き、細い帯状にほぐしたものを、そのまま編んでバスケットにしたり、撚ってロープにしてから丁寧に編んで袋状の入れ物を作ったりした。この繊維は茶色なので、煮ると真っ黒になる根も一緒に編みこんで模様付けをした。赤い彩を加えたいときにはジャイアント・ファーンと呼ばれるフィンブリアタ・コモチシダWoodwardia fimbriata)の茎の繊維をハンノキの樹皮で染めたものを加えたという。また、光沢のある黒い素材にはクジャクシダ(Adiantum pedatum) やゴールデンバック・ファーンPityrogramma triangularis) の葉柄も利用している。
 
東南アジアではカニクサ属のシダがしばしば利用される。タイの南部でヤ・リ・パオ(Ya li pao)と呼ばれているサリキフォリウム・カニクサL. salicifolium) の葉軸はときに12mもの長さになるが、これを刈り取って天日で乾燥させると複雑な縞模様がつく。中心部の硬い仮導管部は抜き取り、縞目のついた外側だけを細く裂き、これで美しいバスケットを編みあげる。小さなものを作るだけでも3〜4日はかかる手仕事のため、今では滅多にこの美しい工芸品を目にすることがない。
 
マレー半島からジャワ島にかけてはコシダDicranopteris linearis) の長い葉柄が利用されていて、帽子や煙草入れなど、さまざまなものに加工されている。

 フィリピンでもシダ植物の繊維はさまざまに利用されている。
 
プテロイデス・オシダDryopteris pteroides)の根茎を潰して取り出した維管束は他の素材と混ぜて装飾的な使い方をする。ヤンバルタマシダNephrolepis hirsutula)の維管束も同じように取り出して籠やマットや帽子に編み上げる。シシガシラ科のパク・アカールStenochlaena parustris)の蔓は丈夫で海水に強いので、編んで魚を追い込むトラップにしたりロープに加工したりする。このシダはマレーシアでも同様の使い方をしている。ちなみに、メダチの軟らかな赤い色をした葉は食用される。
 
ハワイではホウライシダAdiantum capillus-veneris)の葉柄を編みこんだ飾り籠などを作る。また、首にかけるレイの骨格をタマシダやフモトシダ属の根茎や葉柄を編んで作り、これをプルメリアなどの花で飾る。
 西アフリカの
リベリアなどではヒカゲノカズラ類Lycopodium)の匍匐茎を編んで漁具にしている。茎を目の細かいムシロ状に編み、これを流れに立てて魚を追い込み捕らえる。たくさん取れた場合はこの網をしぼって、円筒状の生簀にすることもある。ヒカゲノカズラ類の茎は他の国でも利用していて、スウェーデンではマットに編み、フィリピンではバスケットや虫篭も作る。
 繊維の利用とは少し違うが、いろいろなシダの鱗片や毛は詰め物や梱包材に使われた。
 有名なのは
ハワイプル(pulu) である。これはタカワラビ類サドレリアSadleria:ハワイ諸島に固有のシシガシラ科のシダ)の毛状鱗片のことで、優れた梱包材のため19世紀末には盛んに輸出されたことがある。その後はより具合の良い人工の梱包材が作られ、今ではほとんど見ることはない。ヘゴ属の鱗片(マレーシア)やタカワラビ属の毛(アゾレス諸島)も同様に利用された記録がある。

染料として利用されるシダ植物

 いまや世は人工色素であふれている。その反動か、天然色素への憧れも強い。例は少ないものの、シダ植物も染色に利用されてきた。


ワラビ チシマヒカゲノカズラ
  世界で広く利用されているのはワラビだ。
 アイルランドでは若葉の先を20分ほど煮て、ライトグリーンの色が出たところへ羊毛を入れ、40分以上かけて染色した。フランスでは芽立ちの葉を使って絹を灰緑色に染めたが、その発色には硫酸第一鉄を媒染剤として加えている。高地スコットランドではタータンチェックを暗黄色に染めるためワラビの根茎の煮汁を使ったが、ここでは明礬を媒染剤とした。17世紀に北米東部に入植したプリモスの人たちもワラビ染めをしたが、彼らは明礬と一緒に銅も媒染剤として加えてオリーブグリーンに発色させている。

 日本では江戸時代の『公益国産考』のなかに「風流の垣を結うには緑礬を水にて煮、その中に此縄を入れて引上ぐれば、真黒に染まる也」とある。垣根を結うためのワラビ縄を硫酸第一鉄で媒染したのである。
 ヨーロッパではトクサ類も染色に使われた。
ノルウェイではフサスギナEquisetum sylvaticum) の茎の灰緑色の絞り汁を染めに利用した。また、チシマヒカゲノカズラLycopodium alpinum) の胞子を集めてコケモモの一種のボグ・ワートルベリーの葉と一緒に煮ると毛織物を美しい淡黄色に染めることができるという。ハワイではサドレリアの1種(Sadleria cyatheoides) の皮層の部分を叩いて潰して絞り汁を容器に採り、これに焼け石を落として煮詰めて赤い染料を作った。また、ホラシノブSphenomeris chinensis) からも赤い染料をとった。
 
日本でも近年は草木染の人気が高いが、茅野市の”おだまき工房”の市川史さんも、ワラビやヒカゲノカズラなどを使った風雅な染めに成功している。


その他の利用例

これまでに紹介したもののほかにも、まだ多くのシダ植物の利用例が知られている。その一端に触れよう。


 まずは香料としての利用である。
 ヨーロッパにしばらく滞在したことのある人なら、"Fougère" という商品名のドイツ製の石鹸がよく使われていることに気づいたことだろう。この石鹸がドイツ西南部に広がる”黒い森”に生えているカム・ウルムファーン(Kamm-Wurmfarn, Dryopteris cristata)から採取した芳香性のオイルで匂い付けされているのである。ちなみにこの商品名はフランス語でシダを意味する。
 ヒカゲノカズラLycopodium clavatum)の胞子は松石子の名で知られ、乾燥重量の50%もの脂肪(oleic glyceride)を含んでいるので薬用の散布剤や丸衣として使われている。
 トクサEquisetum hyemale)の茎は珪酸塩を含んでいて硬いので、研磨剤として古代から使われていた。昔のヨーロッパでは家庭の主婦がこれを使って台所用具や牛乳桶や床を磨き、職人たちは細工用の骨や象牙や金属を磨くのに使った。日本では砥石の代わりに使われることが多かったが、柘櫛を作る職人は婦人の髪を傷めない滑らかな木肌に仕上げるために、茎を裂いて細帯状にしたものを使った。
 ヘゴの1種の(Cyathea arborea)は崩落地などにすばやく入り込むパイオニア的なシダで、一年に30cmずつ延びるほど成長も早いが、幹にワックスが蓄積しているためカリブ海域の人たちは建材に利用していた。
 
 シダ植物の用途は実用的なものばかりではない。
 「石ばしる垂水の上の早蕨の萌えいずる春になりにけるかも」と詠われたり、室町時代の『菊羊歯蒔絵香箱』に美しくデフォルメされた姿を残したり、江戸琳派の描く花鳥画などの美術工芸品のなかにさまざまな姿で登場して、私たちの心をなぐさめ楽しませてくれるのである。



〜 参考文献 〜

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