記事タイトル:「ヒガンバナ方言の隔離分布」について 


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お名前: 後藤史朗   
 柳田國男先生も「隔離分布」に興味を持っていたのですか。こんど時期を見て著作集
を読んで見ようと思います。

 三浦半島には安土桃山時代から江戸時代初期にかけて、紀州から集団移住して来た人々
によって作られた集落が点在しています。雑賀党や漁師の集団移住が有名ですが、このよ
うな集落でヒガンバナの里呼び名を採集していますが、今のところ和歌山と共通の里呼び
名は採集できていません。まだ始めたばかりなので、どんな結果が出るか楽しみです。
 全国にはこのように集団移住の時期とどこから移ってきたかはっきりしているところ
は沢山あると思います。全国的にこのような調査が始まると分布拡大の時期が推定でき
て面白いと思います。

  今日、仏教用語の本から、ヒガンバナの里呼び名の由来に関する情報を4つ見つけま
した。 カワカンジ…川灌頂(かわかんじょう)…溺死者の霊が花に変じたという伝説。
カンジンバナ…宮崎、愛媛でクヮンジンは乞食の事という。ゲドバナ…宮崎でゲドは外道
のことという。サンマイバナ…三昧とは墓場や火葬場の事を言う。不思議なものでコレ
クションが増えるのはとても嬉しいですね。それにしても、曼珠沙華に赤い花という説明
が加わるのは何時の頃からなのでしょうか。

お名前: 栗田子郎   
 里呼び名の分布様式はいろいろと情報を含んでいて面白いですね。
柳田國男も「隔離分布」に興味を抱いて、いろいろと考察しています。『虎杖及び土
筆』のなかでは遠く離れて分布する呼び名ほど古いものだろうといっています。
 ヒガンバナの場合、江戸時代以降に急速に広まったものはジャガイモ的な分布になる
のではないでしょうか。

お名前: 後藤史朗   
 『日本凶荒史考』に、ジャガイモやサツマイモの救荒植物としての風聞を聞いた庄屋
や代官が、種芋を取り寄せて農民に栽培させる様子が沢山記録されています。この場合
種芋の生産地での呼び名がその地方にも広がる事になります。このため、遠く隔たった
場所で同じ里呼び名が存在する「里呼び名の隔離分布」という現象が見られるようにな
ります。この現象には、住民の集団移住などが原因になることも考えられます。

  里呼び名は連続的な名前が多く数えるのがやっかいなのですが『日本植物方言集成』
にある方言名で数えると、隔離分布の割合は江戸時代中期から爆発的に分布を広げた
ジャガイモで約15%、在来植物のイタドリで約3%と成っています。ヒガンバナでは
約13%存在しています。統計的には、ヒガンバナはジャガイモに近いパターンを持っ
た植物であると言えると思うのですが、いかがでしょうか。

  先生の『ヒガンバナの博物誌』にヒントを得て、ヒガンバナの里呼び名から由来を推
定する作業を続けています。ヒガンバナの里呼び名には様々な情報が詰まっていてとて
も面白く感じています。

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